おしまい
暖かなスープを飲むと、また泣き出してしまいそうになる。
具の入ってない質素なスープなのに、今はこれ以上の何もいらない。
いつも通り、普段通りの食事のありがたみを知る。
僕は、暁音さんにこれまでのことを全て話した。
寝付けないことも、物に当たってしまったことも、意味もなく叫びたくなることも、理由もなく泣きたくなることも全部話した。
「事情はなんとなく分かったよ」
「ほんと……?」
「ええ。私も似たような症状に陥ったことがある。いや、もしかしたら悠里くんの方が酷いかも」
暁音さんは言う。
「多分、受験うつ。受験生が過度なプレッシャーや追い込みによって精神に影響が出てしまうの」
彼女は、自分は医者じゃないからあくまで参考程度に聞いて、と言って続ける。
「多くの受験生は、何かしらの要因で受験うつに陥ってしまう。軽い人は受験が終われば元に戻るんだけど、重たい場合、受験が終わっても引きずり続けて、最悪命に関わる事だってある。症状は様々、上手く頭が回らなくなったり、悠里くんみたいに物に当たりがちになったり。原因は受験によるストレス、ってそれだけ聞くと軽く聞こえるだろうけど、試験なんて大抵人生に関わるわけだから、それによるストレスなんて計り知れないはずだよ」
「僕が、それだって……」
自覚は無い。
でも、自分から見ても明らかにおかしい行動を取り続けていた。
泣いて、叫んで、物に当たって。
自分のした行動だからこんなこと言うのは無責任なのかもしれないけど、まるで自分が自分じゃないみたいだ。
「甘え、なのかな。ストレスごときで不調を訴えるなんて、こんなことしてる場合じゃないのに」
「甘えじゃない。悠里くん、無理はダメだよ」
「でも実際問題、試験は迫ってきてて、また落ちれば暁音さんは……」
僕は震えながら息を切らす。
最悪の場合が、もう目前まで迫ってる。
そんな時にストレス程度で……。
「暁音さん、解決策は」
「無いよ」
「えっ……」
「万能な解決策なんて無い。ストレスの元をなくせばある程度は解決するはずだよ。でも今回でいうストレスって試験でしょ。仮に試験から逃げたって、悠里くんは後悔っていう新たな傷を負う。今のまま進み続けたとしても、今ある傷口は広がる一方。どちらを選んだって、君は傷だらけになるよ」
「そんな……」
試験から逃げるということは、つまり暁音さんを残して帰るということ。
そりゃ、そんな選択を取れば確実に後悔するに決まってる。
ならその逆、試験に立ち向かう選択を取ればいい。
そうは分かっているのに……。
「試験を受ければいいってのは分かってるのに、どうしても怖くて」
「怖い、ね。真っ当な反応だと思うよ。ただでさえ何千時間と費やしてきて、その成果が実らないかもしれないなんてなったら、怖くもなるでしょ。加えて、悠里くんのことだから、きっと私の命にも責任感じてるはず、でしょ?」
「……」
「悠里くんは、一度落ちてる。かかってるプレッシャーが強すぎて、合否ってもの自体がトラウマになってる可能性すらある。そんな中で、もう一度自分を信じて勉強を続けろなんて、とても酷だよ」
今から平常心で勉強を続けるのは難しいことくらい、自分でも分かる。
暁音さんが傍にいなきゃ、また泣き叫ぶかもしれないほど追い詰められてるのも自覚した。
でも、だからって、試験から逃げれば……。
「なんの足しにもならないかもだけど、私の気持ちだけは伝えさせて。ここまで悠里くんはよく頑張ったよ。自分があんなふうになるまで追い込んで、ボロボロになってもまだ立ち上がろうとしてる。誰にでもできることじゃない。例えもう一度試験に向かえなくったって、私は君を責めない。君に助けてもらって、君の頑張りを見て、私は間違いなく勇気をもらった。夢を見れた。だから、もう大丈夫」
暁音さんは、優しい言葉で僕に言う。
「ありがとう悠里くん。君と過したこの一年、幸せだった」
涙ながらに、僕は噛み締める。
受け取った言葉は何より嬉しく、何にも勝る達成感をくれた。
きっと、この時のために勉強を続けてきたんだと、そう思わせてくれるほどに。
僕と暁音さんは、最後、いつもの図書館へと向かった。
借りていた本を返すためだ。
扉をくぐり、吹き抜けてくる風は普段と変わらないはず。
なのに、どこか清々しい気分にすらなった。
受付のお姉さんに本を渡し、これで僕の勉強生活は終わる。
「ユーリ!」
はずだった。
たった今、扉をくぐって現れたのは、ここにいるはずのない人物。
「ゼラさん……」
「ユーリ。君の合格を、私はまだ聞いていないよ」




