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合否



 暁音さんから後から聞いた。

 試験はだいたい、圧勝か惨敗かの二択になるらしい。

 自分の実力が試験のレベルを上回り解法を考える間もなく瞬殺するパターン、もしくはその逆。

 基本的に時間が足りないテストなどでなければ、最後の一秒まで全開で戦い続けるなんてのは稀。

 よっぽど実力が適正レベルだった場合くらいだろうと。

 ギリギリの戦いになったのは僕の実力不足もあるが、前回に比べて難化したのも原因としてある。

 合格点も難易度によって多少は前後するが、あくまで微々たるもの。

 ケアレスミスなどを除けば、合否は何となく手応えと一致するそうだ。

 であるならば、僕の合否は……。


 

 数日経って、図書館にて。


「石上悠里様ですね。こちら試験の結果です」


 いつか、頑張ってくださいと声をかけてくれた受付のお姉さんから手渡される結果を手の内に握り、僕は一言お礼を言ってから、暁音さんの待つ席に戻る。

 受け取り待ちの列の脇には、一足先に自身の結果を見た受験者の姿が。

 難関資格なだけあって、ほとんどの人間が項垂れるかため息をつくかだが、ごく一部、喜びのあまり狂喜乱舞する者も。

 これまでの努力が実る瞬間、きっと何にも変え難い喜びを味わっていることだろう。

 

 僕がどっちかは、もう既に決まっている。

 手中に収まるこの紙には、記されている。

 変わることの無い結果を、あとは確認するのみだ。


「あ、きた」


 待ちくたびれたよ、と言わんばかりに背筋を伸ばす暁音さん。

 彼女の前に僕も座り、いよいよ縛られた紙を解く時。

 暁音さんと二人で見る合否は。








 





 

 

「不合格」










 


 

 分かりきっていたはずの結果。

 それでも、僕らの間に流れるのは沈黙だった。

 流れたその沈黙は一瞬のようでもあり、永遠のようでもあった。

 何となく、断言はせずとも分かっていた。

 でも、結果を見て初めて突き抜けるこの喪失感に似た何かが、痛い。

 あーあやっぱりね、と少しおどけたことを言おうともしたが、感情に正直になると言えない。

 苦しいとか悲しいとか、言葉にすればそんな単純なことなんだろうけど、その大きさがこれまでの何にも比較できないほど大きい。

 一年分の努力が実らなかったという事実が、自分の中の最大限を費やしても合格できなかったという事実が、今はただ、大きく重くのしかかる。


 


 先に沈黙を破ったのは暁音さんだった。

 


「今、悠里くんには二つの選択肢がある」

 


 彼女はさして抑揚をつけない。


「悠里くんに残った寿命はあと一年と三ヶ月ほど。こっちに来て経過した一年と三ヶ月。そして代償にした半年分。それを三年から差し引いたら残るのは、一年と三ヶ月」 


 

 試験後家に帰ってから、僕と暁音さんはテストの話を一度もしなかった。

 僕は自分のテストの出来を分かっているから不合格を覚悟していたけど、冷静にそんな計算に移れるのは、きっと暁音さんも僕の態度から薄々察していたからなのだろう。

 覚悟していたはずなのに、すぐには飲み込めない僕と違って暁音さんは言葉を続ける。

 

「残る一年三ヶ月のうち、元の想定通り動くのなら、最低でも稼ぐために一年は欲しい計算になる。となると、自由に使える時間はあって三ヶ月。その三ヶ月を使って何をするか。選択肢は二つ、次の試験を受ける準備をするか、私のチケット使って帰るか」

「……」

「前者は、四ヶ月後にある試験に向けて勉強を続ける。この場合、次の試験で合格出来ればなんとか元のルートに戻れる。でも、この方法で帰る場合、せっかく帰れても向こうで過ごす時間が取れない可能性がある。要はダメ元で足掻いてみるってだけの方法」

「後者は……」

「読んで字のごとく。私の持ってるチケット使って悠里くんは元の世界に帰る。こっちなら寿命一年三ヶ月がまるまる残った状態で帰れるから、きっと向こうでもそれなりの年齢までは生きられるはず」


 それだけ聞けば後者を選ぶ他ないが、彼女の説明には、重要なことが抜けている。


「でも、そっちを選んだなら、暁音さんは」

「ええ。私のチケットで悠里くんが帰るんだから、私はこっちに残ったままになる。分かりやすく言えば、私は寿命で死ぬってこと」


 囚われだった暁音さんを助けてから、彼女はずっと言う。

 悠里くんが帰らないのなら私も帰らない、と。

 帰還用のチケットが今この場に一枚しかない以上そのチケットを使うのは、僕ということになる。

 でも、そんなのって……。


「決断は早い方がいい。悠里くんがどちらを選んだとしても、私は明日以降の生き方を変えなきゃならないから。特に前者を選ぶのなら私は明日から稼ぎに出ないと、とても間に合わない。最も間に合っても数日の命になる可能性は捨てきれないけど」


 前者と後者。

 寿命ギリギリの状態で二人で異世界を抜け出すか、寿命をたんまり残して僕一人で抜け出すか。

 仮にどちらを選んだとしても、僕は確実に後悔する。

 これも全部、僕が合格できなかったのが悪い。

 後悔が少ないのは間違いなく――。


「次回の試験を受けるよ」


 つまり、前者。

 二人で異世界を抜け出す方を選ぶ。


「分かった。じゃあ、これだけは約束して。もし次回落ちたら、その時は君がチケットで帰って」

「……!」

「次がダメならいよいよ間に合うことはなくなる。そうなったら二人ともで帰る方法は無くなるってこと。その時は、君が帰って」

「暁音さんのチケットなんだから、暁音さんが帰るべきじゃ……」

「君無しで、明日を生きようなんて思えない」


 その言葉が、暁音さんなりの答え。

 覚悟と言ってもいい、例え自分の命が尽きようとも僕だけは帰そうとする強い意思だ。

 彼女を助けた時から変わらない結論に、今になって頭を悩ます。

 

 次回の試験を受ける。

 簡単なことのように聞こえるが、僕も色々と覚悟を決めないといけない。


「……分かった」


 口にしてしまった以上、もう引き返せない。


「ごめんね、こんな決断させちゃって」


 暁音さんは謝るが、全部僕が悪い。

 受からなかった僕が悪いんだ。


「さてと、今日のところはご飯でも食べて、明日のことは明日考えよ」


 深刻な雰囲気を砕くべく、暁音さんは普段通りのテンションでそう言う。

 僕も頷き席を立つ。

 くしゃっと丸めた不合格の紙を手に、僕はこの場を後にする。

 不合格と命がかかった決断、重たい二重苦によって心にはだいぶな負荷がかかるが、大変なのはこれからだと一人で気合いを入れ直す。

 暁音さんの後を追う帰り道。

 心に巣食う暗い影に今は気づいていなかった。

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