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完成は64パーセント 2

 休憩中、暁音さんから最後の授業を受ける。


「直前期の心構え、なんて、私が教えられるほど場数踏んでないからあんまり参考になりそうなものは教えられないんだけどね」


 そんな語り口で話し始めた彼女。

 暁音さんの話で、ためにならなかったことなんてほとんど無い。

 休憩中とはいえ、真剣に耳を傾ける。


「もし、今悠里くんが不安を抱えているならば、それは本番まで一緒に着いていくものになる。だから、今のうちに減らせる不安は減らしておこう。もし不安が勉強面なら尚更、遡ってでも不安の種は潰していこう。……けどね、そうは言ったって全て潰すのは不可能なんだよ。基礎八割、応用八割を、私たちは限られた時間の中で学んできた。現役生なんて多分特にそう、今の時期は無限に深掘れる二割の方が不安に思えてくるはず。今の時点で分からない箇所知らない知識が、ブラックホールくらい暗く深く恐ろしく見えてくる。その引力はあまりに強力、それだけで十分ご飯が喉を通らなくなるほど」

「じゃあ、どうすれば」

「解決法は無い。未来の自分に丸投げも、もう通用しないからね。こればっかりはどうしようもないよ」


 どうしようもない。

 ほとんどのことを解決してくれたあの暁音さんが、どうしようもないと。

 世の中に絶対などないと、僕は今まさに痛感している。


「根本の解決はできない。だから、視点を変えてみようかなって」

「視点……?」

「私たちの完成系は基礎八割、応用八割、かけて六十四パーセント。六割四分の出来で、完成なんだよ」


 六割四分、プラモデルなら、胴体から上だけが組み上がったみたいな状態だ。

 それで完成、なんというか中途半端だよな。


「それでいいの……?」

「だって仕方がないじゃない、範囲に対して明らか時間が足りないんだもの」

「だからって……」

「本質を忘れちゃいけないよ。だってそもそも、私たちは百パーセントを目指してない。合格点さえ取れれば、それで十分だったでしょ? 不出来な箇所があろうとも、合格点さえ取れれば十分。しかも、ただの六割四分じゃない。限られた時間の中で、必死こいて作り上げた六割四分。そんなの、十分完成系じゃない?」


 色々意味はこもってたと思う。

 六割四分に込められた、暁音さんなりの思い。

 きっと受け手がどんな解釈をしたっていいはず。

 だから細部は言わずに、六割四分。

 正直納得しきれたかと言われれば、そうは思わない。

 でも、僕はそんな六割四分を信じてみようと思った。

 

 なぜならそこにあるのは、




 前へ進めという確かなエールだから。




「さてと、私の話はこれくらいにしよっか。結局は勉強が一番の薬だよ、頑張って悠里くん」

 


 期待と覚悟を胸にして、僕は再びペンを走らせる。

 六割四分の完成を思い描き、今はやれることをやるだけだ。



 勉強は夜まで続き、残すのは就寝だけとなった。

 暗闇の中、目を閉じてもすぐさま眠りにはつけない。

 色々身体は疲れているはずだし、すぐさま眠りについてもおかしくないほどなんだけど、どうやらそれとこれとは話が別らしい。

 身体じゃなくて精神的な理由、有り体にいえば僕は多分緊張しているということだ。

 

 いよいよ全てが決まる日が来る。

 数日後に控えた、一級試験。

 それに合格出来れば首の皮一枚繋がって、できなければ死を待つのみ。

 人生一大の大勝負、なんて大げさに言ってみると他人にもこの規模感が伝わるんだろうか。


 緊張してるとは言っても、まだ数日あるからか分かりやすく震えが止まらないとかはない。

 胃がキリキリ、みたいな不調もほとんどない。

 なんと言うか、気分なら不思議と異世界に来る直前に神様と会った時に似てる。

 かもしれないというか、無限の想像力が溢れ出してワクワクが止まらないというか。

 決して浮かれてるわけじゃないが、興奮で頭が冴えてしまう。

 なぜ興奮と言われるかもだけど、こればっかりは自分でもよく分からない。

 理由は色々あるんだろうけど、どうにもこう冴えて寝付けない。

 こんなの人生で初めてかもしれない。

 こういう時にスマホとかあれば、何が理由でってのを調べられるから便利だなと思う。

 が、ここは異世界。

 そんなものは、共に持ち込まなかった時点でありはしない。

 てか持ってきたとて、そもそも電波入らないな。


 寝付けない頭で少し考えてみる。

 もしかして、僕は試験が楽しみだったりするのだろうか。

 遠足の前日に楽しみすぎて知恵熱を出す子がいるように、もしかしたら、僕も楽しみのあまり似たような状態に陥っている……のか?

 いやまあ、試験が待ち遠しいってのは少しだけあるな。

 まだ来るなって思いが半分、もう半分はいっその事早く来て終わってくれって。

 この一年で積み上がった苦労といえば、それこそ山をも超えるほど。

 それを背負い込む僕としては、早く肩の荷を下ろしたくてしょうがない。

 合格が前提ではあるが、この肩の荷がいち早く下ろせるのなら今すぐにでもというのが心からの本音。

 プレッシャーも相まって、今が一番重たく感じる時期。

 そんな中でもう直前まで見えたゴールテープを、脳は喜んでしまっている。

 今になってようやく分かる、この一年僕は苦しかったんだなって。

 そして、こんな訳の分からない喜びを覚えてしまうほど、僕はよく頑張ったんだなって。



 客観視できて、少しは興奮も治まってきた。

 ゴール目前だからって油断しちゃならないのは確かだ。

 どうせ寝れないのなら、せめて勉強でもしておこうか。





 そして一日、また一日と日は過ぎて。

 来たる、試験当日。


「受験票は持ったね」

「うん、大丈夫」

「トイレには行った?」

「うん、八回行ったから大丈夫」

「……それって大丈夫、なの?」


 いつもとさほど変わらない朝を過ごして、いよいよ玄関へ。

 靴を履いて、鞄を背負って、いよいよ準備万端だ。


「会場まではついて行けるけど、一人で行くんだね?」

「うん。暁音さんは、家でご馳走作っててほしい。わがままだけど、いいかな」

「任された。今日は予算青天井で腕によりをかけるから」

「へへっ、やった……!」


 緊張をなるべく表には出さずにいた。

 だけど、扉に手をかけた途端、そいつは一気にきた。


「……ごめん、なんか弱気になってきたかも」

「おやおや、励ましの言葉が欲しいのかな?」

「うん。うんと効くやつを」


 おどけた口調だった暁音さんも、僕の言葉を聞いてマジトーンに。


「悠里くん、失礼なこと言うね。私ね、悠里くんがここまで自分を追い込めるなんて思わなかった。一日の大半を勉強に費やして、自分自身と向き合い続ける。その痛みも苦しみも私には分かる。だから、絶対途中で折れると思ってた。でも、君は最後まで己と向き合い続けた。これから何があろうとも、この経験は無駄にならない。いいや、無駄にしないような生き方ができるはず。例え誰に分かられないものだったとしても、私はあなたの頑張りを保証する。どんな試練や困難が訪れようと、私が保証する。君は、君だけは、乗り越えられるって。私から何か言えることがあるなら、あるのなら、これだけ」

 

 すうっと、深呼吸して。

 彼女は、言う。


 

「今は自分を誇りなさい」



 同じ瞳をしている彼女の言葉は、確かに僕の元に届く。

 誇れと言われて涙が一滴こぼれ出るのは、僕が頑張ってきた証。

 手の甲で拭って、覚悟を決める。


「ありがとう。じゃあ、行ってくる」

「うん、行ってらっしゃい」

 

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