修了
「さて、これにて上級講義は終了となる」
ゼラさんの言葉の通り、たった今、一級の試験範囲の授業が終わった。
エーテルの基本式から始まり、エーテルエネルギー保存則、熱、エーテル回路……など。
膨大とも言える範囲をとりあえず教わり終えた。
学習しきれたかと言われれば、まだまだ足りない部分はある。
でもとりあえずは終わった。
これ以上知らない範囲が出てくることは無くなったのだ。
「当初より、参加人数は半数程度になってしまったが、長い講義に共に付いてきてくれたこと、大変励みになった。授業は一人で行うものではない、皆がいて初めて成り立つのだ。この場を借りてお礼させて欲しい、ありがとう」
何故だか、僕らに感謝を述べる彼女。
授業に付いてきてくれてありがとう、か。
よく分かってないけど、教員側になるとそんな視点も生まれてくるんだろうか。
「私の授業は、おそらく至らぬところが多々あったことと思う。もし、学習内容で不明瞭な点があったならば、この後、遠慮せず申し出てほしい。なるべく解決できるよう努めるつもりだ」
時計を見ると終わるまでまだ、15分くらいある。
予定より少し早く終わって解散になることはままあったので、今日もそうなるのかと思った。
ゼラさんの授業は、決して時間が伸びることは決してないが、もし時間が余ったら生徒に即還元。
授業を受ける側からすると、こんなに出来る先生いないよと思うレベル。
必要な点は的確に教え、それ以外の無駄はなるべく省く。
笑ってしまうような楽しい授業では無いが、真面目に聞けば退屈することは無い。
一つの理想の授業の形になっているとは思うが、半数程度の人間がゼラさんの授業を見限ったという事実もある。
実際、僕も高校の授業の一環で彼女の授業を受けるとなったら、あまりの真面目さについ眠ってしまっていたかもしれない。
エンタメ性は時たま出てくる例くらいなもので、あとはひたすら説明。
そんな授業を僕が真面目に聞き続けられたのは、間違いなく僕が一級試験に本気で取り組もうとしていたから。
要するに意欲がまだあったから。
彼女の授業は、意欲が無い人間には退屈に感じる授業だったんだろうなとは思う。
予備校のCMとかでよく見る、やる気が出る授業ってのは、授業は先生が笑わせてくれたりするっぽいんだけど、ゼラさんのはそういう授業では無い。
じゃあ、笑わせてくれる授業が正義なのかと言われれば、ゼラさんの授業を受けた僕はそんなこと無いと思う。
教えるための授業と、意欲を沸き立たせるような授業はきっとまた別なんだろう。
学校の先生は、そこら辺を上手くやりくりしていかないとならないから大変なんだろうなぁ。
とまあ、そんな教える側でもないのに授業の構成を考えていた僕を前に、ゼラさんは口を開く。
「さて、最後にここからは余談になる。だから、関心のない者は退出してもらって構わない」
余談だって……?
余談なんて単語、ゼラさんの授業で聞くのはいつぶりだろう。
雑談ってことは無いだろうけど、何話すんだろ。
「ここまで授業を受けたということは、十中八九試験を受けるということだろう。試験範囲とは関係ないが、試験には関係することを話したいと思う。いわゆる心構えのようなものだ」
心構え……か。
ゼラさんが言うことだし聞いて損は無いはずだ、心して聞こうか。
「まず、試験前日。あまり食べすぎないことだな」
なんか、そりゃそうだな。
「腹痛に見舞われると、本来の実力も出せない。同様の理由で、生魚もおすすめしない。最近流行ってるらしいからな、注意してほしい。そして、睡眠時間を十分に確保して欲しい。よく眠った次の日は、頭の回転がいいというのが私の経験談だ。一級は、直前に詰め込んでどうにかなるレベルの試験では無い。足掻くこともまあ大切ではあるが、本番前は、体調管理に時間を割くべきだろう」
食べすぎないで、早寝しろ。
なんか元の世界でもあたりまえに言われてることだな。
「そして当日の朝、おそらく緊張で寝付けなかった者もいることだろう。緊張は、油断ならない大敵だ。紛らわす何かを今のうちから準備しておくといい。会場に持ち運べるものなら特にいいな」
緊張は、多分性分的にするだろうな。
紛らわす何かってのはなんでもいいんだろうか。
後で暁音さんに相談してみようかな。
「そして朝食、これも食べすぎないことだ。試験中は手洗いに行けないからな。かといって、無理に食べずに向かうとそれはそれで力が出ないだろう。普段の食事を適切な量食べることだ。そして、持ち物。事前に受け取っているだろう控えを持っていくことだ。自分の名が書かれているか確認しておくことも忘れずに。なお、ここにいる者の中には居ないだろうが、替え玉受験は死罪になる」
え、重っ。
「依頼した側、受けた側共にだ。くれぐれも関わりなきように。さて、会場まで着いたらやるべきことは試験問題と向き合うことだけだ。これまで学んできた全てを発揮し、とはよく言うが、正直なことをいえば実力の八割程度出れば上出来だろう。ほとんどの者がここで試験を受けるだろうから、場慣れはしているだろうが、どうしても試験本番というのは普段と違う空気が流れるものだ。油断していると足元掬われることがある。魔物が住んでるともいうな」
魔物ねぇ……。
ゼラさんほどの人でもそんな都市伝説みたいなものを信じるとなると、試験ってのは恐ろしいんだなと実感する。
僕としては落ちたら死ぬ身分だから、そんな奴居ないことを祈るしかないんだけども。
「最後に精神面も話しておこう。実力が出るか、試験に受かるか、きっと不安になることだろう。試験に持ち込めるのは、己のみだ。己が不安定だとやはり実力は出ない。やれるだけをやりきれば、自信も自然とついてくるはず。やった分だけが、己を守る盾となる。残りの日程、どうか自身を労りながら勉学に励んで欲しい」
やった分だけ盾になる、勉強した分だけが自信に繋がると。
一見厳しい言葉だけど、きっと僕はその言葉に縋る日が来るんだろうな。
「以上が試験前の心構えになる。根拠が私の体験によるところが大きいため、一概に参考にしてよいものではないが、何か、皆の糧になればとは思う」
チャイム代わりの鐘の音が鳴って、ちょうど授業は終わる。
「じゃあお兄さん。試験頑張ってね」
「おば様も。頑張ってください!」
毎授業隣りに座ってたおば様も、今日でお別れ。
多くは語らず、僕らは互いに握手を交わす。
さあ、いよいよだ。
残すところあと半年、それで僕のすべてが決まる。




