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こんげーむ!  作者: 我楽太一
第七章 狐の札
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1 狐の札(ふだ)

「あーっ!」


 コンが叫ぶような嘆くような声を上げる。


 反対に、与人は大勝に笑い声を上げていた。


「ほぼ一色とか、初めて見たな」


 この日、二人はオセロで対戦していたのだった。


 オセロは、表が黒、裏が白に塗り分けられた石と、8×8マスでできた緑色の盤を使って遊ぶ、二人用のボードゲームである。


 プレーヤーは黒(先手)と白(後手)に分かれ、自分の色を表にした石を、交互に盤に打っていく。オセロの石は、相手の石を自分の石で挟む形でしか打つことができず、挟んだ相手の石はひっくりかえして自分の石にすることができる。これを繰り返して、最終的に相手より石の数が多かったプレーヤーの勝利となる。


「もう一回。もう一回やりましょう」


「はいはい」


 コンに急かされるままに、与人は次の勝負の準備を始めた。


 オセロは後手有利のゲームだと言われている。実際、コンピューターを使った解析で、既に4×4マスや6×6マスのオセロでは後手に必勝法があることが分かっている。その為、二人は先後を入れ替えて二戦目を始めるのだった。


 その二戦目の最中、後手のコンが尋ねてきた。


「そういえば、オセロってどういう意味なんですか?」


「シェイクスピアの『オセロー』が由来らしい」


「?」


「『オセロー』っていうのは、黒人の将軍オセローが、白人の妻デズデモーナに不貞の疑いを持つことから起こる愛憎劇なんだ。この黒人と白人の二人を中心に、周囲の人間関係が次々に変化するストーリーにちなんで、オセロと名付けられたらしい。盤が緑色なのも、イギリスの草原をイメージしてるんだそうだ」


 与人がそう説明すると、コンは「へー」と感心したように相槌を打つ。


「じゃあ、イギリスのゲームなんですね」


「いや、日本産だけど」


「えっ」


 意外そうな声を上げるコン。だから、与人は解説した。


「イギリスで生まれたリバーシが先にあったのは確かだけどな。オセロはそれとは無関係に誕生したとも言われてるんだ」


「私はてっきり、チェスみたいに外国のゲームかと思ってました」


「それは分からんでもない」


 与人はそう同意する。実は、昔はコンと同じ勘違いをしていたのだった。


「でも、オセロなんてハイカラな名前をつけましたね」


「そりゃあ、できたのわりと最近だからな」


「えっ」


 コンは再び意外そうな声を上げる。


「終戦直後のことらしいから、オセロが発明されたのは1940年代後半だな。商品化されて普及し始めたのは、確か70年代に入ってからのはずだ」


「私はてっきり、チェスみたいに昔からあるゲームかと思ってました」


「それも分からんでもない」


 やはり昔同じ勘違いをしていたから、与人はそう同意するのだった。


 そんな風におしゃべりしている間にも、勝負は進んでいき――


「また俺の勝ちだな」


「うぅ……」


 二戦目も与人の圧勝で終わったのだった。


 またコンが次の勝負を急かしてくるかと思いきや、彼女はその前にまず質問してきた。


「何かコツとかないんですか?」


「そうだなぁ……」


 与人はそう言ってこれまでの勝負を振り返ると、逆にコンに尋ねた。


「コンはどういう風に石を打ってる?」


「どうって、なるべくたくさん自分の石が増えるようにしてるつもりですけど……」


「ああ、それはよくないな」


「そうなんですか?」


 セオリーの一つなのだが、やはりコンは知らなかったらしい。驚きに目を丸くしていた。


「オセロは逆転のゲームだからな。序盤はむしろ自分の石を増やさないようにした方がいい。そうすれば、終盤で石を打った時に、ひっくり返って自分の物になる石が増えやすくなる。要するに、負けるが勝ちってことだな」


 後手が有利なのも、おそらく同じような理屈からだろう。一手分だけ先手の石が多い状態で打てる為、後手は自分の石を増やしやすいのだ。


「なるほど……」と頷くコンに、与人は続けて言った。


「他にも色々あるんだけど――」


 序盤に自分の石を増やさない打ち方を更に発展させた開放度理論、石に囲まれたマスが偶数個の場所には打たないようにする偶数理論、偶数理論に対抗する逆偶数理論(奇数理論)…… それらを説明する途中で、与人は唖然としていた。


 目の前にもう一人の自分が座っていたからである。


「……何で俺に変化したんだ?」


「ちょっとコツを聞いたくらいじゃ勝てないと思いまして」


 与人の姿と声で、コンはそう答える。


 しかし、与人にはよく意味が分からなかった。


「それで?」


「前に、自分と同じ顔のやつがいると気持ち悪いっておっしゃってたじゃないですか。だから、こうすれば与人様の集中力が切れるんじゃないかと」


「ああ、盤外戦術ってわけか」


「そうです」


 自信たっぷりという顔をするコンを見て、与人は対照的に渋い顔をしていた。


「お前、変なことばっかり覚えるなぁ……」


 自分のイカサマが、コンに悪影響を与えているのではないか。そう考えて、与人はコンの両親に申し訳ない気持ちになるのだった。


 そうして、二人が「さぁ、もう一回やりましょう」「えー」などと言い合いを始めた時のことである。


「失礼するよ」


 それだけ言うと、「どうぞ」と答える暇もなく、切子が部屋に入ってきたのだった。


「…………」


 与人と与人に化けたコンの二人を見比べると、切子は与人の方を見ながら言った。


「勝負当日にオセロとは、随分余裕があるじゃないか、沢村君」


「……よくこっちが本物の俺だって分かったな」


「偽物だけならともかく、本物と見比べていいなら、そこまで難しいことじゃないよ」


 驚く与人に対して、切子は平然とそう答えた。


 鏡のようにそっくりだと思っていたが、彼女にしてみれば別人に見えるらしい。


「本物の方がひねくれた顔つきをしている」


「悪かったな、ひねくれ者で」


 与人は眉根を寄せる。もっとも、こういう表情をするから、変化したコンと簡単に見分けがついてしまうのかもしれないが。


「それで何の用だよ? 今オセロで忙しいんだけど」


「東条の憑き物について話しておきたいことがある」


 その一言に、与人は色めきたつ。


「正体が分かったのか?」


「いや。だが、知り合いの半グレが東条とギャンブルをしたらしくてね。その時の話を聞かせてくれたんだ」


 そう言って切子の渡してきた紙には、大小のゲーム展開は勿論、装置やサイコロの様子から、羽黒と澄香の会話まで事細かに記されていた。だから、与人は資料を読むだけで、十分に二人の勝負を思い浮かべることができたのである。


 勝負は澄香のワンサイドゲームだった。彼女は1ゲーム目でいきなり1000万を獲得。その後は10万のミニマムベットで様子を見ながら、ここぞという時に100万、200万の大きな勝負を仕掛けて勝っている。そして、第37ゲームでは500万を賭けて、羽黒のチップを0どころかマイナスにまでしたのだった。


「どう思う?」


「これだけじゃあ何とも言えないけど、大雑把に言えば二つのパターンが考えられるかな。

 一つ目は、出目をあらかじめ把握しているパターン。要は、透視でカバーを無効化してるとか、予知で未来の情報を得てるとかな。

 二つ目は、出目を操作しているパターン。これは念動力でサイコロを自由に動かしたり、機械を操る能力でマシンの動きに介入したりってところか」


 これだけ候補があると何も分かっていないに等しいが、あとは実際の勝負を通して絞っていけばいいだろう。情報がない状態で挑むよりははるかにマシである。


 だが、切子は全く別のことを考えているようだった。


「二つ目のパターンには、狐がマシンに変化してるのも含まれるんじゃないか? 君たちがチョボイチの時にやったみたいに」


「まだ根に持ってたのかよ。悪かったよ」


 切子の皮肉に、与人は渋い顔をした。負けを認めるようなことを言っていたくせに、こういう時には持ち出してくるのだからたまらない。


 ただ、彼女の意見自体は真っ当なものである。仮に自分が大小で勝負するなら、コンを機械やサイコロに変化させて出目を操作するだろう。相手が憑き物と組んでいるからといって、必ずしも憑依した状態で能力を使ってくるとは限らないのだ。


 しかし、与人は更にその前提をも疑っていた。


「でも、そもそも憑き物の能力を使わずに、実力で勝負したって可能性もあるよな」


「えっ!?」


 よほど意外だったらしい。コンは大声を上げていた。


「そんなに驚くことないだろ。当たりやすい目に大金を賭けて、短期決戦で稼ぐっていうのはオーソドックスな戦略だぞ」


「じゃあ、外したら自分が苦しくなるのを承知の上で、大金を賭けたってことですか?」


「ああ。リスキーな作戦を実行するだけの精神力と、成功させるだけの運があった。そういう風にも考えられる」


 これまで実力と無関係の、イカサマありきの勝負をしてきたせいだろうか。与人の話を聞いても、コンはいまいち納得いかない様子だった。


 そんなコンとは対照的だったのが切子である。


「あまり無責任なことは言いたくないけど、私としては実力説を推したいね」


「根拠は?」


「パーティなんかで、一応だけれど東条とは面識があるんだよ。あいつはそういう負けの可能性があるような、ギリギリの勝負が好きみたいというか……」


 そう前置きしてから、切子は結論を口にする。


「多分、マゾなんだと思う」


「お前がサドだからそう感じるだけじゃないのか」


 与人は思わず呆れ顔をした。


「マ、マゾ……」


「お前も何を想像してるんだ」


 真っ赤になるコンを見て、与人はますます呆れ顔をするのだった。


「そういえば、俺が頼んだ調査の方はどうなったんだ?」


 気を取り直して、与人がそう尋ねる。最初、切子が部屋に来たのはその報告の為だと思っていたくらいだった。


 だが、切子の返事は芳しくなかった。


「それなら、まだかかりそうだ。勝負までには間に合わせるから、もう少し待っていてくれないか」


「そうか、分かった」


 確かに今日が勝負の当日で、澄香も既に屋敷に到着しているようである。ただ開始時刻は夜の予定だから、まだ慌てなくてもいいだろう。


 そんな二人のやりとりに、コンはきょとんとした顔をする。


「与人様、能力以外に何か調べてもらっているんですか?」


「ああ。東条の素性について色々とな」


 何が勝ち負けを左右するか分からない。だから、少しでも情報が欲しくて、澄香の調査を依頼したのだ。そんな与人の返答に、コンは「はぁ……」と分かったような分からないような相槌を打つ。


 そうして三人が勝負に向けて話をしているところに、組の人間がやってくる。


「失礼します」


 切子に何か用事だろうか。しかし、黒服の男は、そう考えた与人に対して言った。


「沢村様、東条様がお会いしたいそうです」

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