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こんげーむ!  作者: 我楽太一
第六章 狐の知らせ
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46/61

5 狐の知らせ②

 チョボイチは、一つのサイコロの出目を予想するゲームである。また、サイコロを三つに増やしたものは狐チョボと呼ばれている。


 そして、大小だいしょう大細タイサイ骰寶シックボー)とは、この狐チョボに類似したゲームだった。


 大小では、誰も直接サイコロを触れないように、円筒状(半球状)のガラスで覆われた装置を使ってゲームを行う。ディーラーはまず中が見えないように装置にカバーをかぶせると、次にスイッチを押す。すると、装置の内部の機械が作動して、自動でサイコロを転がしてくれるのである。


 サイ振りが終わったら、プレーヤーはサイコロの出目を予想する。大小のテーブルには賭け枠や配当率が書かれているので、プレーヤーがそこに好きな額だけチップを置けば賭けは成立である。


 この時、もし出目を当てることができればプレーヤーは倍率に応じた配当をもらい、はずせば賭けた金はディーラーが回収することになる。


 大小の賭け枠や配当率には色々あるが、今回は大小で有名なマカオのルールに則ったものだった。


 たとえば、三つのサイコロの内、一つの出目を予想する「シングル」。これは賭けた目が一つ出れば、賭け金+賭け金の1倍の配当がもらえる。つまり、賭け金が2倍になる。


 この他にも、二つの出目の組み合わせを当てる「コンビネーション」(賭け金6倍)、特定の二つのゾロ目の数字を予想する「ダブル」(賭け金9倍)、三つのゾロ目が出ること自体を予想する「エニートリプル」(賭け金25倍)などがある。


 ただし、もっとも人気のある賭け方は、やはりゲームの名前にもなっている「ビッグ」と「スモール」である。これはゾロ目を除いた三つのサイコロの合計数が、11~17の大になるか、4~10の小になるかを予想し、当たれば賭け金が2倍になるというものである。


「今回の勝負では、ディーラー側とプレーヤー側を交互に務め、合計して100ゲーム後にチップの多い方を勝者とします。また、ゲームで稼いだ額がそのまま賞金となります」


 そうルールを説明したあと、進行役は二人に尋ねてきた。


「スタート時のチップはいくらにいたしましょう?」


 この質問に、先に羽黒が口を開いた。


「2000万でどうだ?」


「いいでしょう」


 普通ならとても高校生が動かせるような額ではないだろう。そもそも凄みのある羽黒の容姿と声に、口を利けなくなってもおかしくない。しかし、澄香は眉一つ動かさずそう答えていた。


「佐藤さん」


「はっ」


 澄香の命令で、付き人は小型のジュラルミンケースから金を取り出す。


 現在の手持ちだけでも5000万ある。2000万を賭けに使うくらい、澄香にとってはどうということはないのだろう。


「では、チップは2000万円。最低賭け金(ミニマムベット)は10万円、最高賭け金(マックスベット)無制限ノーリミット。ルールはこれでよろしいですね?」


「はい」


「……ああ」


 迷いなく頷く澄香に、羽黒は内心肝を潰していた。


 ノーリミットということは、相手の賭け方によってはチップの2000万が軽く吹き飛ぶ可能性がある。それどころか、2000万以上の大金を支払わなくてはならないことも考えられるのだ。


 たとえば、特定の三つのゾロ目の数字を予想する「トリプル」。これは当たれば賭け金が大小では最大の151倍になる。つまり、もし相手に2000万賭けてトリプルを当ててられた場合、支払う額は30億にまで膨らんでしまうのである。


 トリプルが当たるのはたった216分の1の確率だから、さすがにここまで極端な賭け方をすることはないだろう。しかし、こういう例が考えられるくらい、この勝負は危険を孕んだルールなのである。


(単に悪い遊びを覚えただけのお嬢様、ってわけじゃないらしいが……)


 澄香の話は、羽黒も噂程度だが耳にしていた。東条グループの御令嬢が、裏賭博で散財しているわけではないらしい。むしろ逆で、澄香は名うての代打ちたちを相手に、連戦連勝しているのだという。


 大抵のギャンブルには運の要素が絡む以上、不敗ということはまずありえない。当然何かしらイカサマを疑うべきところだろう。


 しかし、今日に限っては、その点について羽黒はひとまず心配していなかった。


(大小に使うマシンは十分調べた。あれならイカサマのしようがねえはずだ)


 サイ振りを機械で行う以上、大小でイカサマするなら機械に細工をするしかない。だが、羽黒が入念に調べても、そのような痕跡は特に見つからなかった。今日の勝負を取り仕切っている斑目まだらめ組は、これまでにも澄香に裏賭博の仲介をしているようだが、一応不正はないと信じてもいいだろう。


 だから、羽黒はただ大小の戦略を練るのだった。


(大小は最終的にはディーラー側が勝つようになってるゲームだ)


 大小を始め、いくつかのギャンブルでは控除率というものが設定されている。控除率とは、簡単に言えばプレーヤーがディーラー(カジノ)に支払う場代のことである。


 たとえば、2分の1の確率で勝てるギャンブルで、プレーヤーが勝った時に2倍の賭け金を返していたら、カジノの取り分は長期的・総体的にはプラスマイナスゼロになる。むしろ、人件費や光熱費など、賭場を開いているだけカジノには損害が生じてしまうだろう。


 そこでカジノは勝つ確率よりも配当の倍率を低くすることによって、プレーヤーから実質的な場代を徴収している。この場代の割合のことを控除率という。控除率がある為、カジノは長期的・総体的には必ず儲かるようになっているのだ。


(となると、プレーヤー側でプレイする時に、変に大金を賭けない方が勝つ可能性が高い。序盤はミニマムベットでひたすら様子見。中盤終盤で勝っている場合は同じ作戦を引き続き実行。負けている場合は大金を賭けて逆転を狙う。こんなところか)


 そこまで考えたところで、羽黒は澄香を睨む。いや、澄香だけではない、この勝負を仲介した斑目組の構成員たちにも視線を向ける。


(どうせ俺なんかハンティングの獲物くらいにしか思ってねえんだろ)


 羽黒龍山は、暴力団ではない犯罪組織――いわゆる半グレ集団の幹部である。


 羽黒の所属する『業武輪ゴブリン』は、元々ただの暴走族の一チームだった。それが不景気などで金に困って、車上荒らしを始めたのをきっかけに、現在のような窃盗集団にまでなったのである。今では車上荒らしどころか、車ごと盗むのも日常茶飯事だった。


 そんな食い詰め者の集まりである『業武輪』の中でも、羽黒は特に貧しい家庭で育った。親の借金のせいで、高校を中退しなければならなかったほどである。そして、それだけに、上昇志向や反骨精神は組織の誰よりも強い。


(目にもの見せてやるよ)


 羽黒はいつまでもケチな窃盗集団の幹部に留まっているつもりはなかった。『業武輪』を裏の犯罪組織として拡大していくのは勿論のこと、ゆくゆくは表で芸能プロダクションのような真っ当な(・・・・)商売もやるつもりでいる。その為に資金はいくらあっても足りないし、顔役としての箔も欲しい。


 だから、斑目組に澄香との勝負を持ちかけられた時、羽黒はこれを好機だと考えたのである。


「それでは、1ゲーム目は羽黒様がディーラー、東条様がプレーヤーで勝負を開始してください」


 進行役の指示に従って、まず羽黒が装置にカバーをかけ、スイッチを押す。


 次に澄香がどの目にいくら賭けるかを宣言する。


「では、――」


「あ?」


 羽黒は思わず聞き返す。聞こえなかったのではない。信じられなかったのだ。


 しかし、澄香はなんでもないことのように繰り返していた。


「ですから、大に1000万でお願いします」


 二度言われても、羽黒にはまだ信じられなかった。桁が一つ、いや二つは多いだろう。


 そうして唖然とする羽黒に対して、澄香は滔々と説明をするのだった。


「『深夜特急』によれば、著者の沢木耕太郎は、ロンドンへの旅の最中に訪れたマカオのカジノで大小タイスウをやったそうです。しかし、結果はあまりいいものとは言えず、最終的になんとかこれまでの負けを取り戻した彼は、もうカジノへ行くのはやめようと考えました。

 そして、その時に彼は、持っていた辞書でサイコロの綴りを確認しようとして、DICEという単語は実は複数形であり、サイコロの単数形はDIEであることを――つまり、サイコロと死が同じ綴りであることを発見します」


 そこまで言ってから、彼女は『深夜特急』の一説を引用した。


「〝辞書にはこんな例文も載っていた。

 賽は投げられた。

 ルビコン河を前にしての、ジュリアス・シーザーの有名な台詞である。それを英語にすると次のようになるという。

 The die is cast.

 だが、この文章をじっと見つめていると、投げられたのは賽ではなく、死であったかのように思えてくる。いや、賽を投げるとは、結局は死を投ずることだと言われているような気がしてくる。DICEはDIE、賽は死と……。〟

 そう考えた彼は、死どころか金を失なう危険さえおかしていない自分を恥じて、再びカジノへと向かいました」


 引用を終えると、澄香は1000万円分のチップを、テーブルの「大」の枠に置いた。


「賽は死というのなら、こんな賭け方も面白いでしょう?」


「……なるほど」


 羽黒はゆっくりと頷く。冷静に考えれば、澄香の発言はともかく、賭け方については理解できないわけではなかった。


(序盤で大量リードを作って、あとはひたすら逃げるって寸法か。確かに、出やすい目に大金を賭けて一撃離脱ってのは、大小のセオリーの一つではある……)


「控除率があるからカジノ側が必ず勝つ」というのは、あくまで長期的・総体的な視点に立った場合の話である。プレーヤー個人に限っていえば、勝ち負けが偏るということはありえるし、特に試行回数が少ない場合は偏りやすい。だから、高額の勝負をして勝った時点で切り上げる、という短期決戦を行えば、カジノに勝つプレーヤーも出てくるのだ。


 また、大小で大(小)に賭けるのが人気の理由は、控除率が低いこと――つまり、プレーヤーが損をしにくいことにある。


 三つの出目の組み合わせが216通りなのにに対して、大の目が出る組み合わせは105通りもある。つまり、大はほぼ二回に一回は勝てるギャンブルなのに、勝った時に賭け金が2倍になる賭け方なのだ。


 マカオ式の控除率では、たとえばトリプルが約30.1%、コンビネーションでも約16.7%もあるのに対し、大はわずか2.78%ほどしかない。その為、他の賭け方に比べて圧倒的に勝つ可能性が高いのである。


 だから、いきなり大に1000万賭けるという賭け方は、理屈に合わない賭け方とはまでは言えない。


 だが、――


(だが、2分の1以下の勝率に、こんな大金を賭けられるか?)


 確かに澄香の戦略は、勝てば大差をつけることができるが、負ければ大差をつけられることになる。たとえ理屈の上で正しいとしても、心理的に実行するのは難しいだろう。


 第一、自分が考えていたような、「序盤はミニマムベッドで様子見」というのも、十分に有効な戦略のはずである。澄香はそのことに気づかなかったのだろうか。


 しかし、これまで裏賭博で勝ち続けてきた澄香が、様子見戦略を全く思いつかなかったとは考えにくい。もしかすると、彼女は様子見戦略を思いついた上で、それでもなお短期決戦を選んだのではないだろうか。


〝賽は死というのなら、こんな賭け方も面白いでしょう?〟


 そう言った通り、澄香はこの賭けを楽しんでいるらしい。羽黒が緊張の面持ちでカバーを開けようという時にも、彼女は決して微笑を絶やさなかった。


 そうして、三つのサイコロの出目が明らかになる。


 出目はそれぞれ、2、3、――


 そして、6。


 合計は11。つまり、大である。


「ぐっ」


 1ゲーム目にして、羽黒はいきなり1000万、つまりチップの半分を失ってしまう。


 しかも、失ったのはそれだけではなかった。


(これでもう、『ミニマムベットで様子見』なんて安全策はできなくなった)


 二人のチップには2000万もの差があるのだから、ちまちま10万だけ賭けていてはとても逆転できないだろう。勝とうと思うなら、まだまとまった所持金がある今の内に、大きな勝負を仕掛けるしかない。


(こっちも次で1000万賭けるか?)


 控除率がある以上、プレーヤー側で小分けにして何度も金を賭けるのは、損をする危険性を上げるだけである。賭けるなら一度の賭けに大金を注ぎ込むべきだろう。


 もし1000万を大か小に賭けて当てることができれば、相手から1000万が返ってきて、ゲームを振り出しに戻すことができる。逆転の可能性が一気に出てくるのだ。


(それとも、もう手仕舞いにするか?)


 もし1000万賭けてはずせば、その時点で自分の負け。2000万もの損失が発生することになる。


 相手の賭け方にもよるが、こちらがちまちま10万だけ賭け続けておけば、ゲーム終了後に数百万が手元に残る可能性はある。無理に大金を狙ってリスクを負うよりも、ここは少額でも確実に金を残すべきではないか。


(その方が賢明だろうな……)


 羽黒がそこまで考えた時のことだった。


 澄香は再び『深夜特急』の一説を引用した。


「沢木耕太郎はまた、カジノに戻る時の心境をこうも書き表しています。

〝私が望んだのは賢明な旅ではなかったはずだ。むしろ、中途半端な賢明さから脱して、徹底した酔狂の側に身を委ねようとしたはずなのだ。ところが、博奕という酔狂に手を出しながら、中途半端のまま賢明にもやめてしまおうとしている。賽は死、というのに、死はおろか、金を失なう危険すらもおかさず、わかったような顔をして帰ろうとしている。どうして行くところまで行かないのか。〟」


(この女――)


 羽黒は澄香のことをいっそう恐ろしく思う。


 彼女に少しでも金を残そうという自分の考えを見透かされたからではない。


 また、彼女が勝負をするように自分を挑発してきたからでもない。


 彼女が金を失なうどころか、死の危険をおかすようなギャンブルを望んでいることに気づいてしまったからである。


          ◇◇◇


 夕食後、京極家の屋敷に戻るまでの帰り道。その車内では、各人が思い思いに過ごしていた。


 切子は窓から流れてゆく町並みを眺めている。


 忍とタマは、落語についておしゃべりしている。


 コンは既に眠ってしまっていた。


「ふ……」


 はしゃぎ疲れたのだろう。コンの寝顔を見て、与人は微笑ましさから笑みをもらした。


 それから、ふと気がついたことがあって、与人はコンの手を取る。コンの手には、例のフォーチュンクッキーのおみくじが握られたままだった。


(やっぱり、そうか)


 与人がおみくじを叩くと、掛かっていた変化が解けた。


 その結果、大吉の文字が大凶に変わったのである。


 大吉という結果はともかく、他の文面まで切子のものと全く同じだった為、初めて見た時から不自然だとは思っていた。おそらく、おみくじの文面をよく知らないから、そのまま真似るしかなかったのだろう。


(可愛いことするなぁ……)


 与人は再び笑みをもらす。今日の外出はコンを気遣う為のものだった。しかし、どうやら自分もコンに気遣ってもらっていたようだ。


 コンにおみくじを返す前に、与人は改めてその文面を眺める。やはり大凶だけあって、どの項目にも不吉なことばかりが並んでいる。


 そして、ギャンブルに関係しそうな争事の項目には、自分のものと同じく、はっきりと「負ける」の三文字が書かれているのだった。

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