4 狐の知らせ
「悪いね。高級店はどこも予約がいっぱいで」
席に着くと、切子はそう言った。
寄席を見たあと、一行は予定通り中華料理店に来ていた。大衆的とは言わないまでも、庶民がたまに背伸びして行く程度のランクの店で、切子の言うように確かに高級店ではないようである。
「その代わり、味は保証するから」
「いや、いいよ。あんまり高い店だと緊張しそうだし」
「君は根っからの庶民だな」
与人の返答を聞いて、切子はそう笑みを浮かべた。
一方、同じく席に着いたタマは、こんなことを尋ねていた。
「コンは中華なら何が好きなの?」
「春巻きとか、油淋鶏とかですかね。私は揚げ物が好きなので」
「そう、揚げ物」
落語はともかく、食事を見るだけというのは可哀想なので、忍はタマの憑依を解いたのだった。おかげで、目借を使えなくなった忍は、切子の隣でそわそわと落ち着きなく周囲を警戒している。
「タマさんは?」
「私は餃子かな」
「餃子! 美味しいですよね」
「うん。色々具に種類があるし」
「包むのも楽しいですしね」
「それは作る側の目線では……?」
気が合うのか、憑き物同士だからか、コンとタマの会話はなかなか弾んでいるようだった。今日出かけたのは、コンの気晴らしが目的だったから、この様子を見て与人は胸をなでおろす。
注文が済むと、料理が順次テーブルに運ばれてきた。
切子が「味は保証する」と言っただけあって、与人の頼んだカニ炒飯は絶品だった。油の効いた濃い味なのに、きちんとカニの繊細な旨味や甘味がする。それどころか、お互いがお互いの味を引き立てあっているくらいだった。これなら他の料理も期待できそうである。
「それ、美味そうだな」
「はい、とても」
切子が小籠包を指して言うと、忍はそう頷く。
「でも、熱いから口の中を火傷しないように気をつけてください」
「はいはい」
「念の為、私がふーふーして差し上げましょうか?」
「ガキ扱いするな」
過保護すぎるボディガードに、切子は目をつり上げながら卓を回転させた。
すると、これにコンは驚きの声を上げる。
「わっ」
「何だお前、ターンテーブル知らないのか?」
切子が取り終えるのを待ってから、与人は実演しながら説明する。卓を回転させて、タマの頼んだ水餃子の皿を引き寄せる。
「こうやってテーブルが回転するから、遠くの料理も取りやすくなってるんだよ」
「へー、ハイテクですねー」
「わりとローテクだと思うが」
感心するコンとは対照的に、与人は呆れ顔をした。
しかも、呆れることはそればかりではなかった。早速ターンテーブルを試したかったのか、それとも単に自分に説明する為の行動だと思ったのか。与人が水餃子を取ろうとしたところで、コンは先に卓を回してしまったのである。
「あ、すみません」
「いや、いいよ」
コンは不慣れだから仕方ないだろう。与人は気を取り直して、改めて水餃子の皿を引き寄せる。
しかし、今度も取る前に卓を回されてしまった。
「ふふふふ」
「ガキみたいな嫌がらせすんなよ」
与人はそう言って、切子を睨む。だが、切子はただ笑うばかりだった。
その上、三度目の正直も上手くいかなかった。
「おっと、申し訳ありませんね」
「お前も乗っかってくるな」
わざとらしい演技をする忍に、与人は眉間にしわを寄せる。
そして、四度目――
「…………」
「…………」
与人が卓を回しても、タマは動こうとしない。
だから、与人は彼女に言った。
「タマ、天丼って言って、こういう場合は邪魔するのが正解なんだぞ」
「!」
驚きに一瞬硬直するタマ。そして、それが収まると、慌てて卓を回し始める。
「そ、それは失礼」
この様子を見た切子は、「何を教えてるんだ、君は」と冷ややかな視線を向けてくるのだった。
五人は料理に舌鼓を打ちながら、そんな風に馬鹿話をして盛り上がる。
だから、食事の時間はすぐに終わりがやってきてしまったのだった。
「これは……?」
「フォーチュンクッキーだよ。中におみくじが入ってるんだ」
運ばれてきた料理にコンが首をかしげると、切子がそう答えた。なんでもこの店では、食後にフォーチュンクッキーのサービスがあるのだそうだ。
「これ、紙が焦げたりしないんですか?」
「生地に火を通したあと、冷えて固まる前におみくじを挟むそうだよ」
「あ、なるほど。楽しそうですね」
コンがそう相槌を打つと、タマは「作る側目線……」と呟く。
ただフォーチュンクッキーが珍しいのはコンだけではなかった。与人は一つ手に取ると、それをためつすがめつする。
「俺、フォーチュンクッキーって初めて食べるかも」
「そうなんですか? でも、与人さん、今度勝負があるんですから、その景気づけにいいんじゃないですか」
忍はそう言うが、与人は気乗りしなかった。「景気づけねぇ……」と渋い顔をする。おみくじや占いの類で、これまでいい結果が出た覚えがなかったのだ。
フォーチュンクッキーは、クッキー生地におみくじを挟んだだけの簡単な構造である。運試しの結果はすぐに出た。
「私は中吉でした」と忍。
「私も」とタマ。
二人揃って同じ結果だったらしい。切子のボディガードをする為に、普段からよく憑依しているせいだろうか。
「私は大吉だ」
切子が自慢げに言うと、忍はすかさず「お嬢、さすがです」と讃えた。
切子はまた、勝負でも挑むように尋ねてくる。
「沢村君は?」
「……大凶」
与人は結果が出る前より更に渋い顔でそう答えた。
さすがに大凶だけあって、文面はどれもろくなものではなかった。失物は「出づらい」、旅行は「十分気をつけよ」、待人は「来るが遅し」……
そして、ギャンブルに関係しそうな争事の項目には、はっきりと「負ける」の三文字が書かれているのだった。
「これ、お前の仕込みとかじゃないよな」
「失礼だな。選んだのは君じゃないか」
「まぁ、信じてないから別にいいんだけど」
所詮、ただの占いである。本気になっても仕方ないだろう。
そう考える与人とは対照的に、コンは結果に大騒ぎしていた。
「与人様!」
そう大声を上げながら、おみくじを見せてくる。
「ジャーン! 大吉です!」
確かに、コンの言う通りだった。大吉とあるのはもちろん、争事などの細かい項目も、切子のおみくじと全く同じでいいことばかりが書かれている。
そんなコンのおみくじを見て、与人は言った。
「いや、だから信じてないって」
「えぇー」
◇◇◇
ほぼ同時刻――
東条澄香も、ちょうどその運が試されるところだった。
しかし、おみくじや占いではしゃぐような雰囲気はない。
澄香本人は泰然としたものだが、周囲はむしろ殺気立っているくらいだった。
特に澄香と対峙した羽黒龍山という強面の若者は、睨めつけるような目で彼女を見ていた。
澄香と羽黒は、これからギャンブルで戦うところだったのである。
「今宵、お二人に勝負していただくゲームは――」
進行役が引いたくじを読み上げる。
「大小です」




