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こんげーむ!  作者: 我楽太一
第六章 狐の知らせ
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3 勝負の前に③

「おおー」


 高座、めくり、座布団…… 日頃あまり見ない設備や道具を目にして、コンは物珍しげな声を漏らしていた。


 切子の言う通り、ヤクザ同士の抗争などそうそう起こるものではないらしい。与人たちは鉄砲玉の襲撃に遭うようなこともなく、無事演芸場に到着したのだった。


 座席に着くと、与人は入場時のことを思い出して確認を取る。


「本当にチケット代おごってもらっちゃってよかったのか?」


「最初からそのつもりで誘ったからね。君の懐事情が寒いのはよーく知ってるから」


 悪態をついているようだが、言っている内容はむしろ優しげである。だから、与人はお礼を言った。


「悪いな」


「構わないよ。どうせ食事代を合わせても、君たち二人で一万円くらいだ。はした金だよ」


 こちらを気遣うように、やはり切子がそう偽悪的な態度を取ると――


「は?」


 与人は思わずカッとなるのだった。


「一万円あれば、牛丼なら30杯、ハンバーガーなら100個、おにぎりなら200個、俺が普段食べてるスーパーのうどんなら600玉買える。一食で2玉食べても、100日分の食事代になるんだぞ。大金なんだよ、一万円はっ……!」


「私が悪かったよ。そんなに怒らなくたっていいじゃないか」


 本気で腹を立てているのが伝わったようだ。珍しく声を荒げた与人に、切子も珍しく素直に謝っていた。


「で、でも落語楽しみですね。どんな噺をやるんでしょうね」


「そうだな。載ってないのかな」


 コンの話を聞いて、与人はもぎりでもらったプログラムを開く。


 しかし、中身を確認する前に、忍が言った。


「場所にもよりますけど、大抵の寄席のプログラムには演目は載っていませんよ」


「そうなのか?」


「ええ。噺家が客層などから判断して、その場でやる演目を決めるので」


「へー、知らなかったな」


 プログラムを見てみると、確かに忍の説明通りだった。演者の名前はあっても、演目の名前はない。


「詳しいな。忍は寄席に来たことあるのか?」


「はい、お嬢のお誘いで何度か」


 忍はそう頷くが、実情は違ったらしい。切子が「お前が勝手についてきただけだろ」と渋い顔をする。


「じゃあ、一番好きな落語は?」


「そうですね……」


 与人の質問に、忍は少し考えてからこう答えた。


「『金名竹』ですかね」


 よほど面白い噺なのだろうか。返答を聞いた瞬間、何故か切子が笑い出していた。


「?」


「いや、『金明竹』っていうのはね、蛙が関係する噺なんだよ」


「分かりづらいボケだな……」


 与人は呆れ顔をする。しかし、切子が笑ったことに、忍は満足したような照れたような表情を浮かべるのだった。


「そういえば、前に狸が出てくる落語の話をされてましたけど……」


 チョボイチの時のことを言っているのだろう。コンの言葉で、与人も切子の話を思い出す。


〝助けた狸が恩返しに来るという筋の噺は色々あって、それらはまとめて『狸』などという題で演じられることがある。

 たとえば、狸に茶釜に化けてもらってそれを売ったら、坊主に火に掛けられてしまった噺。鯉に化けてもらって差し入れにしたら、危うく食べられそうになってしまった噺。五円札に化けてもらって支払いに使ったら、逃げてくる時ついでに本物の五円札を盗んできた噺……〟


 そんな狸が出てくる噺を前置きにして、コンは尋ねた。


「狐が出てくる落語はないんですか?」


「化け狐が人を騙す『七度狐』、逆に化け狐が騙される『王子の狐』。有名どころだと、このあたりかな」


「『稲荷車』なんてのもありましたね」


 切子と忍がそれぞれそう答えると、コンは「色々あるんですね」と感心するような喜ぶような声で相槌を打った。


 そんな風におしゃべりしている間に、太鼓と笛の音が聞こえてくる。開演時間を知らせる、二番太鼓である。


 だから、与人たちは今や遅しと噺家の登場を待つのだった。


「以前はってえと、長屋というものが方々にありまして。長屋だって、仲のいいものばかりではないんでな。気が合わなくなるってえと、自然と口を利かなくなるようなことになる」


 まだマクラ(挨拶や小話)が終わって本題に入ったばかりだったが、落語好きならこれだけで分かるようだ。


「『安兵衛狐』か」


 切子はボソッと演目の名前を呟いていた。


「狐の話ですか?」


「ああ」


 嬉しそうに尋ねてくるコンに、切子はそう頷く。


 それから、ネタバレにならない程度に内容を説明した。


「狐の〝コン〟が出てくる噺だよ」


「えっ」


 コンと与人は、二人揃って驚きの声を上げていた。


          ◇◇◇


『安兵衛狐』とは、以下のような噺である。


 六軒の長屋があって、仲のいい者が四軒と二軒とで別れていた。四軒の方の男たちと違って、二軒の方は「偏屈の源兵衛」と「グズの安兵衛(グズ安、貧乏安)」という変わり者たちだったからである。


 ある時、四軒の方が萩を見に行こうと思い立って、念の為に二人にも声を掛ける。しかし、安兵衛は留守の上、源兵衛はいつもの偏屈を起こして、「萩なんてつまらないから、俺は墓を見に行く」と断るのだった。


 こうして墓見に行った源兵衛は、飲んでいる最中に、穴が浅くて墓から出てきてしまっている人骨を発見する。これを哀れに思った源兵衛は、せめてもの弔いだと、骨に酒をかけてやるのだった。


 すると、その晩、美しい女性が源兵衛の下を訪ねてくる。話を聞くと、彼女は生前酒が好きで、源兵衛が自分の骨に酒をかけてくれた恩返しに、女房になって世話をしてくれるという。


 翌日、源兵衛から話を聞いた安兵衛は、幽霊でいいから自分も女房が欲しいと墓地に向かった。しかし、ちょうどいい骨が見つからず、代わりに猟師に捕まった狐を発見する。猟師が皮を剥いで売るつもりだと言うので、まだ子狐なのにそんな仕打ちは可哀想だと、安兵衛はなけなしの金で狐を買って逃がしてやるのだった。


 その帰り道、安兵衛は若い女性に、「行くあてがないので、一晩でいいから泊めて欲しい」と声を掛けられる。女房と間違えられたらどうすると咎める安兵衛に、彼女はできたら女房にして欲しいと頼み込む。それで本人がいいならいいかと、安兵衛は〝おコン〟と名乗る彼女を連れて帰るのだった。


 そうして二軒の方でそれぞれ夫婦生活が始まったが、これを不審に思ったのが例の四軒の方の男たちである。変わり者に女房ができたのも不思議だが、その女房にも不思議なところがあった。片方は何故か絶対に昼間は姿を見かけないし、もう片方は「おはようございますコン」という風に語尾に「コン」とつけるのだ。


 もしかして、おコンの正体は狐ではないか。そう考えた男たちが、本人に直接確かめると、おコンは狐の正体を現して逃げていったのだった。


 狐と結婚するくらいだから、安兵衛も実は狐かもしれないと男たちは疑いを持つ。しかし、本人は間の悪いことに留守だったから、安兵衛の伯父に居場所を尋ねることにした。


「安兵衛さんは来ませんか?」


「何、安兵衛? 安兵衛はコン(来ん)」


「あ、伯父さんも狐だ」


          ◇◇◇


「面白かったですねー」とコン。


「ああ」と与人。


 ハネ太鼓(追い出し太鼓)を背に演芸場をあとにした二人は、口々にそんな感想を言い合う。


 これを聞いて、ホスト役の切子も「それなら良かった」と安心した様子だった。


「どれが気に入った?」


「どれも良かったですけど、一番はやっぱり『安兵衛狐』ですね」


 狐つながりで親近感でも感じているのだろうか。切子の質問に、コンはそう答える。


 すると、これを聞いて忍が言った。


「そういえば、『安兵衛狐』って確か、別のバリエーションもありましたよね」


「ああ、『天神山』か」


 やはり親近感を感じているらしい。切子が演目を挙げると、コンはすぐさま尋ねた。


「どんな噺なんですか?」


「あらすじはほとんど一緒だよ。安兵衛という男が、猟師から買った狐と結婚して、子供まで作ることになる。

 ただ、『天神山』の場合は、正体のばれてしまった狐が、もう一緒には暮らせないからと、〝恋しくばたずね来てみよ南なる天神山の森の中まで〟と家族に歌を残して去っていくところで終わるんだ」


 考えても考えてもよく分からない。与人は怪訝な顔をする。


「……オチは?」


「演者にもよるけど、オチらしいオチはないよ。人情噺といって、落語にはそういうパターンのものもあるんだ」


「へー」


 知らなかったから、与人は素直に感心する。


 しかし、コンの顔は浮かなかった。


「でも、人情噺っていうなら、ハッピーエンドでもいいのに……」


 確かにバッドエンドとは言わないまでも、胸に痛みの残るビターエンドではあるだろう。『ごんぎつね』といい、人間と狐が関わる話はあまりいい結末を迎えられないようだ。


 コンに続いて、切子は与人にも同じ質問をした。


「沢村君は何が良かった?」


「そうだなぁ……」


 寄席で演じられるのは落語だけではない。漫才や曲芸、与人の好きな手品なども鑑賞できる。それで返答に迷ってしまうのだった。


 しかも、コンからは何かを期待するような視線を向けられていた。


(『安兵衛狐』って答えて欲しいんだろうなぁ……)


 だから、与人はこう答えた。


「『元犬』かな」


 その瞬間、コンはあからさまに気を落とした顔をする。


 更に、忍には「最低です」と冷たく言われ、切子にまで「ひどいことを言う」と責められるのだった。

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