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こんげーむ!  作者: 我楽太一
第五章 狐士無双
33/61

5 正体③

『相手にも憑き物が!?』


 与人の予想を聞いて、コンは驚きの声を上げていた。


 これに与人は『ああ』と頷く。


『色々方法を検討してみたけど、人や機械を使ったイカサマじゃあ、ちょっと説明がつかないからな』


 コンが驚くのも無理はない。現実的に考えれば、忍が九索を既に四枚持っていたという説の方が、はるかにありえそうな話ではある。


 しかし、憑き物説は非現実的だからこそ、「中学生が代打ちのエースをやっている」という非現実的な話の裏づけにもなるのである。


『コンの話じゃあ、狸は狐と別の種類の変化を使うんだろ? じゃあ、他の憑き物が憑けば、他の能力を使えるようになるんじゃないか?』


『そうですね。実物は見たことないですけど、そういう話は聞いたことがあります。蛇とか、犬とか……』


『となると、やっぱり何か憑いてる可能性が高いな』


 コンの話を聞いて、与人は自説に確信を持ち始める。はたして、相手に憑いているのは一体何なのか……


『でも、具体的に何の憑き物でどんな能力かまでは分からないです。すみません』


『コンが謝ることじゃないよ。それは実際に打ちながら探っていくさ』


 申し訳なさそうにするコンに、与人は努めて明るく声を掛ける。


『とりあえず、しばらくはヒラで打って様子を見よう』


『はい』


 そうして、与人と忍の対局は再開された。


 麻雀の和了には十四枚の牌を使い、その基本形は四面子(メンツ)雀頭(ジャントウ)という言葉で表現される。


 面子とは「一萬、一萬、一萬」や「東、東、東」のように同じ牌を三つか、もしくは数牌を「一筒、二筒、三筒」や「二索、三索、四索」のように連続する形で三つ揃えることである。これを計四つ作って四面子。


 雀頭とは「一萬、一萬」や「東、東」のように同じ牌を二枚揃えることである。これを一つ作って一雀頭。


 この四面子一雀頭の構成で、四×三枚+一×二枚=十四枚という計算になるわけである。


 東四局の七巡目、四面子一雀頭が完成するまであと一枚という状態になった為――つまりテンパイした為、与人は宣言する。


「リーチ」


 先程説明したように、面子は同じ牌を三つで作ってもいいし、連続する数牌三つで作ってもいい。ただし、未完成の面子が「二萬、三萬」の場合は一萬でも四萬でも和了ることができるのに対し、「二萬、二萬」の場合は二萬でしか和了れない。このように、十三枚の牌の組み合わせによっては、何種類もの和了牌が存在するケースもあれば、逆にたった一種類しか和了牌がないケースも存在する。


 だから、「今より得点の高い役が作れなくなる」「相手がテンパイした時に振込みやすくなる」というリーチのデメリットを考えると、和了りにくい後者のケース(いわゆる愚形、悪形)では、あえて掛けないという選択肢もありえるのだ。


 しかし、与人は愚形のテンパイにもかかわらずリーチを掛けていた。


 その理由は、この勝負の特殊なルールにある。


 通常、誰かがリーチした場合、他のプレーヤーは振り込まないように牌を選んで捨てる。だが、今回は与人と忍の一対一の勝負という形にすることを考え、人数合わせで入った他の二人はツモった牌をそのまま捨てるというルールになっていた。その為、仮に愚形でも和了れる可能性が高いと与人は判断したのだ。


 そして、実際にリーチから三巡後、下家から和了牌が出た。


「ロン。リーチ、一盃口イーぺーコー、ドラ1。5200」


 この和了で、与人の持ち点は2万9100点。一方、忍は3万1200点。半荘戦の折り返しとなる東四局までの間に、与人は初回のチョンボの失点を概ね取り返していた。


 その事実に、コンがうきうきした様子で話しかけてくる。


『与人様、普通に打ってもお強いですね』


『麻雀は運も関わってくるから、まだ何とも言えないけどな』


 与人は曖昧にそう答えた。他のギャンブル同様、麻雀の腕にも自信はある。だが、たったの四局なら、偶然相手を上回っているだけの可能性も大いにありえるからだ。


『それに、向こうはまだ一度もこっちに振り込んでないんだよな……』


 相手への振り込みを回避する方法はいくつかある。


 たとえばフリテンといって、自分が一度捨てた牌が和了牌になった場合、ロン和了できなくなってしまうというルールがある。言い換えれば、相手が一度捨てた牌と同じ種類の牌(現物)は、こちらにとってはロン和了されることのない絶対の安全牌ということになる。


 次に安全度が高いのは字牌だろう。連続する三つの数字でも面子が作れる数牌と違い、字牌の場合は必ず同じ種類の牌が三枚必要になる。その為、字牌で面子が作られている可能性は低くなりがちなのである。


 また同じ数牌でも、「八萬、九萬、一萬」や「九筒、一筒、二筒」のように数字をループさせて面子を作ることはできない為、二~八の牌(中張チュンチャン牌)に比べると、使用頻度の低くなる一、九牌(老頭ロウトウ牌)の方が安全である。


 この他にもスジといって、相手がどんな牌をどういう順番で捨てたかという情報から、安全な牌を予測するという方法もある。


 ただし、これらは現物を除けば、あくまで振り込む確率を下げるものに過ぎない。これらの指針に完璧に従って打ったとしても、振り込む時は振り込むのが麻雀というゲームである。


『でも、プレーヤーは四人なんですよね? それなら、そもそも振り込む可能性は四回に一回くらいしかないのでは?』


『まあな。確かにたったの四局程度なら、相手のロンを躱すのは難しいことじゃない』


 コンの言うことは正しいだろう。和了牌の少ない愚形でも、平気でリーチを掛けているから尚更である。与人もそれは分かっている。


『でも、東一局で変化を見抜かれたことを考えると、どうしても憑き物の能力が関係している可能性を捨てきれないんだよ』


 単に深読みし過ぎているだけかもしれない。だが、どこに相手の能力を突き止めるヒントが転がっているか分からない以上、無視することもできないのだった。


 こうして東場が終わると、半荘戦も後半戦となる南場が始まる。


 そして、東場とは逆に、南場は忍のペースだった。


『これは何という役を狙ってるんですか?』


『タンヤオ。簡単に言うと、二~八の数牌だけで作る役だな』


『へー』


 南二局、コンと与人がそんな会話をした直後のことである。


「ロン。1600」


 与人の捨て牌に対して、忍は和了を宣言していた。


 与人が捨てた牌は一筒。振り込む可能の低い老頭牌の上、役を作るのに不要な牌だったから捨てたのだが、それが裏目に出た形だった。


 更に、続く南三局――


『これは?』


『これはチャンタ。さっきのタンヤオとは逆に、一、九、字牌を中心に集める役だよ』


 そうコンに説明した通り、与人は手牌から八萬を切る。


 すると、その瞬間、忍が口を開いた。


「ロン。メンタンピン、ドラドラ。8000点です」


 この局も、忍は与人の不要牌を狙う形で和了っていた。それもよりによって、満貫直撃の強烈な手である。


『またロン……』


 二連続のロン和了だけで、忍との点差は1万9200点も開いてしまった。そのことに、コンは悔しげに呟く。


『相手もやりますね』


『そうだな』


 コンの言葉に、与人はそう頷く。


『これも相手の能力なんですかね』


『かもしれないな』


 与人は再び頷いていた。


『二回とも、こっちの不要牌を狙ったような和了り方だったからな』


 南二局は、タンヤオを作る上で不要だった一筒。南三局は、チャンタを作る上で不要だった八萬。どちらも与人の手が順調に進んでいけば、いずれは捨てられる牌だった。


 そして、忍はあたかも獲物を狙い撃つかのように、与人の不要牌が和了牌となるような形でテンパイし、ロン和了していたのである。


 当然だが、ツモで全員から少しずつ得点を奪うより、ロンで一人から大量得点を奪う方が、特定の相手との点差は大きく開く。だから、今回のように特定の相手と一対一で競うルールでは、特に相手からのロン和了が重要になってくる。


 その点で、こちらのテンパイには一切振り込まず、逆にこちらの不要牌で的確にロン和了してくる忍の打ち筋は非常に強力だと言える。


 ただ、忍がここまでルールに適した打ち筋をしているのはいかにも不自然である。やはり、ただの偶然ではなく、憑き物でイカサマしているのが理由だと考えていいだろう。


 もっとも、与人が確信を持って推測できたのはそこまでだった。約2万点のリードをつけられた上、憑き物の正体も、その対処法も判然としないまま、勝負は早くも最終局である南四局を迎えてしまう。


(やっぱり、相手の能力が分からないことにはな……)


 これまでの対局を振り返って、与人はそう総括していた。


 結局、半荘三回勝負の一回戦は、与人が2万1300点に対し、忍が4万6500点。まずは忍が一本目を先取する形となったのだった。

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