第二十五話「殺戮の暗殺者と黒影の暗殺者」・4
「次はキミだね? じゃあ、こっちに来て」
片方の手をあげて招き猫のように手を動かす如月。その瞳は明らかに楽しんでいるとしか思えない。これで犠牲者は三人目。全部で五人も相手にするわけだが、連続でDキス攻撃を繰り広げてきた如月の口の中は、今現在他のやつらの唾液だらけじゃないのか? もしもそうだとすれば、霧矛にもその唾液が行き渡るわけで……間接――というものになるのではなかろうか? と、俺は思った。
「……っぷはぁ~、はいお疲れ~♪」
「はぁ、はぁ、は……はい」
頬を赤らめて余韻を楽しんでいる様子の如月は、側で同様に頬を紅潮させ荒い息遣いをしながらへたり込んでいる霧矛を見下ろした。
「お、おい……如月! ち、ちょっとやりすぎじゃないか?」
「何、月牙くん……。私のやり方に文句つけるの? 私の力が必要なんじゃないの?」
さっきまでいつもの調子だった如月は、俺が声をかけると同時に雰囲気を変え、鋭い視線をこちらに向けてきた。もしかすると、あれが俺の母さん――ルナーが封印する前の如月だったのかもしれない。
――てことは、封印が解けかけてる!? い、いやそれはないよな。何しろ、相当厳重な幾重もの封印術を施されて封印されたのがこいつら陰暦十二使徒なんだから……。確かに元々の名前は“如月”とかじゃなかったんだろうけど、今の俺は封印された後のあいつらしか知らないから名前は知らねぇし。じゃあ、どうして如月は――。
「月牙くん、私は今楽しんでるの! 命令されたことはちゃんとこなしてるんだから文句ないでしょ!!」
頬を膨らませ不貞腐れる如月に、俺は頭をかいて謝らないといけないのだろう、という気持ちになり一応謝った。
「わ、悪い……。つ、続けてくれ」
「そうこなくっちゃね! 第一、あと二人もいるんだし!! それに、最後の一人はすごく楽しみだよ……」
「最後の一人?」
期待感MAXの如月が視線を向ける方を見てみれば、その相手というのは水恋だった。
「わ、私……ですか?」
水恋は驚きながらも真剣な面持ちで答えていた。自分が如月の脅威であると気づいていたのかもしれない。
「そうだよ。キミは今までの相手で一番出るトコが出てて、締まるトコが締まってるからね!!」
「なっ! そ、そんな目で見ていたのですか!? や、やめてください。冷静沈着かつ新鮮で純粋な心を持つとされてきた霧霊霜一族の名が廃れます!!」
自分の体を両腕で覆うようにして庇いながら如月の魔の手から逃れようとする水恋。
「ふふ……、ほらそんな風に強気なのに嫌がるところがもうたまんないんだよ! キミはね? 私の期待通り――いや、それ以上の反応をしてくれるから楽しみ甲斐があって弄り甲斐があるんだよ!」
その話を聴いていた猛辣が、ボソリと聞こえるか聞こえないか程度の声で呟く。
「ヒヒッ、なるほど彼女は私と同じ考えの持ち主だったらしい……。彼女とは是非とも親交を深め、共に水恋の肉体を使った実験をしてみたいものだよ、ヒッヒッヒ……!!」
「おいおいおいっ! 何お前は如月に感心してんだ!! あんなやつの考えに賛同すんな!!」
俺が猛辣からの驚きの発言にツッコんでいると、その声に気づいたのか水恋が如月に警戒しつつ俺に言った。
「月牙さん! その男に何を言っても無駄です!! そいつは、大いに否認したいのですが、腐れ縁のような関係にあります。だからそいつのことはよく知ってるのです!! ですから、そいつの言うことにいちいち構う必要なんかないです!!」
「ヒヒッ、私のことをよく知ってくれているとは、これまた驚きだねぇ~。ヒヒッ、思わず喜んで、キミをバラバラに解体したくなってしまったよ、水恋」
ニヤリと口の端をめいいっぱい吊り上げて笑う不気味な猛辣に、水恋は唇を噛み締めながらキッパリと言い切った。
「昔のことは昔のこと、今は今です!! いつまでもあの頃と同じような関係にいられると思ったら大間違いですよ!!」
「確かに……ヒヒッ、キミは昔と比べて随分と強くたくましくなった。幾重もの実験を積み重ね、レポートにまとめ上げたい程にね……ヒヒヒッ!」
「ちょっとちょっと、さっきから何なのあんた! 今私はこの子を含めて後二人とキスしないといけないの! 邪魔しないでくれる?」
猛辣と水恋が睨み合っているところに空気を読まずに割り込んできたのは、如月だった。頬を膨らませ完全にプンスカモードの彼女。しかし、これはまだ可愛げがある方だ。先刻の時はまさに暴走寸前と言うほどの剣幕の表情だった。
「ヒッ……、どうやらキミとは馬が合わないようだ。残念だよ」
そう言って猛辣はやれやれと言った動作をして後ろに下がった。
――ふぅ、どうやら引き下がってくれたようだ。
「ごめんね、ちょっとゴタゴタを片付けてきたよ!」
脳天気な顔で凛に謝る如月。凛は片眉をピクッと動かしていた。
――あれは完全に如月にバカにされてカチンときてるな……。
そう心の中で思いながら、俺は凛の攻撃の影響を受けないように最大限後ろに下がった。
如月はさらに続けて、凛の周りをスキップしながら回り、凛を茶化した。
「あれ、やっぱり怒ってる~? 怒っちゃやっだっよ~♪ せっかくの可愛い顔が台無しになっちゃうよ? そんな顔じゃ、好きな人にも怯えられるんじゃないかな~? ――くん、とか!」
「――っ!?」
その最後の一言が俺にはよく聞き取れなかったが、身近の人間であることは間違いないだろう。何せ、凛が出会う人間といえば、ここにいるやつら以外いないのだから。
「な、なな、何であんたがそれを知ってんのよ!!」
「あっれ~? 図星なんだぁ~! 分かりやすいな~、凛ちゃんは! でも、その気持ち分からないでもないよ? あの人は優しい。でも、あまりにも優しすぎる。その優しさ――甘さが、やがて大事な大事な、心の中で一番大事なヒトを殺してしまうかもしれない。死なせてしまうかもしれない。私はそれが怖くてならないんだよ。だって、もしそうなれば、あの人はきっと周囲の人間に殺意を向ける。怒りと憎悪の矛先を不意に向けてくる。だから、好きになるのはいいけど、十分に注意しなよ? 私は心の中で応援してるからさ!!」
「な、何言ってんの!? あ、あんなやつ……べ、別に、す、好きとかじゃ……な、ないんだからっ!!」
――いや、明らかにその焦りようは好きだろ。誰なのかは知らねぇけど……。しかし、王族の血を引く一人に好かれるなんて、そいつも羨ましいやつだな! ハハハ――って、こんなことしてる場合じゃねぇ!!
「おい如月! 早くしないとこの子が!!」
俺は傍で横たわっている忍者少女の体がどんどん冷えていっていることに気づき、如月を急かした。
「もーっ! 月牙くんったら!! 少しは察しなよ!!」
「は? 何がだ?」
「もういいよ! じゃあ、始めるね凛ちゃん。ホントは本命のあの人がよかったんだろうけど、あの人はご機嫌ナナメみたいだから私で我慢してね?」
「し、しょーがないわねっ! は、早くしてよ! は、恥ずかしいんだから……」
如月が満面の笑みで言うのに対し、凛は今までにないほど顔を真っ赤にして顔を俯かせていた。如月に何を言われてるのかは知らないが、よほど周囲の人間には知られたくないことなのだろう。それを俺が無理やり聞くのは野暮ってやつだ。聞くのは遠慮することにする。
「じゃあいくよ!」
「むぐっ!!」
瞬時に凛の唇を塞ぐ如月の容赦ない攻撃。相変わらずそのスピードが人間の速度を遥かに逸脱している。まぁ、使い魔みたいなものだから仕方がないのか? いや、しかし彼女たち十二人は元々人間だったと聞く。とすれば、あの速さの秘密は一体なんじゃらホイ? とまぁ、おフザケはこの辺にしといて……。
「ぷはっ、ちょっ……そんなに押さえたら息が出来な――っ!」
相手を喋らせない程強制的に唇を奪う如月。彼女には相手への思いやりというものがないのだろうか? それなのに、如月は最終的にはキスした相手に悦ばれ、ある一部にはそれ以上の変化をもたらす。あの町娘のように――。
しかし、さすがにこいつらまでも如月の毒牙にかけるわけにはいかない。そんなことをすれば、戦いの際に支障が出る。ただでさえこの黄金の地図に記されていないもう半分のメンバーをどうやって集めればいいのか未だ皆目見当もついていないのに、その上今集めた戦士メンバーが異常になってもらっては困る。そのためにも俺は、こうして片時も目を離さず見守っているのだ。決して、女同士でキスしているのを見たいわけではない。
「ダメだよ~、喋ったり唇離したりしたら……。せっかく吸収した魔力が解放されちゃうじゃん! だから、大人しく私に唇を奪われてて?」
凛の唇に人差し指と薬指を突っ込み無理やり口を塞いだ如月は、説明を終えるとその二本の指を抜き取り、自身の口元に運んだ。
――ま、まさかッ!?
俺の予想は的中していた。あろうことか如月は、凛の唾液がまとわりついた指を自身の舌で舐めとっていたのだ。
「お、お前な! いくらなんでも――」
如月を注意しようとして少し前の如月の目つきを思い出す。
結局俺は最後まで言葉を発せず、途中で止めた。
それからしばらくして凛からの魔力吸収も終りを迎え、ついに最後の一人――水恋だけとなった。そして、如月が最も期待しているという相手でもある。やはり、帝族だからか? しかし、それだと王族である凛とあまり変わらないような気もするが――。
「さぁ~って、ようやくこの時が来たね。この時をどれだけ待ち望んだことか……」
「よほど私とキスしたかったみたいですね、如月さん!」
「やだ~、そんな怖い顔しないでよ水恋ちゃん! ほら、笑顔笑顔!!」
そう言って自身の頬をそれぞれ人差し指で突き笑みを浮かべる如月。
――コイツは一体、水恋に何を求めているんだ? 同性である女が好きな如月の気持ちは俺には理解しかねる。
「月牙さん……。本当にこの方が陰暦十二使徒の一人なのですか?」
「え? ああ、そうだぜ? だって、こいつの他人や周囲から魔力を吸収する力は尋常じゃないものだからな!」
「いや~、月牙くんにそこまで褒められると照れちゃうよ!」
顔を赤くして頭をかき、照れ隠しする如月を俺は半眼で見つめた。内心呆れていたのだ。
「例えどんなに凄い力を持っていたとしても、こんなにも変態さんだったら意味ないです!! 私はこんな人に心を奪われたりしないですから!!」
真剣な面持ちでそう言い切る水恋に、如月は青筋を立てて言い返す。
「ムッカ~ッ! 今のは少しイラッと来たよ水恋ちゃん。確かに私は変態かもしれない……それは認める。でも、私が人の心を奪ったりしてるとかいうのは少し酷いんじゃないかな?」
――ツッコむのはそっちなのか?
と、俺は少しズレた感覚を持つ如月に意外さを覚えながら黙ったまま見ていた。如月はさらに続ける。
「分かったよ……。そこまで言われたら私も引き下がるわけにはいかない! 勝負よ!! 引換代償のための魔力は吸収させてもらうけど、それと並行して勝負させてもらうわ!! 内容は分かっているよね?」
「ええ、いいですよ? 私もそう考えていたところです! あなたには、あなたの様な人には決して負けませんっ!!」
やる気の炎をメラメラと燃え上がらせ、勝負する気満々の両者。
――勝負? 一体何のことだ? 勝負――ってまさか!?
と、その時、俺が止める前に既に如月は水恋とDキスをしていた。しかもそれだけではない。今までの四人はキスを拒んでいたのだが、水恋は拒むどころか逆に受け入れていた。そう、勝負というのはキスだったのだ。恐らく、どちらが先にギブアップするかということなのだろう。しかし、二人共忘れているのだろうか? 今回の目的はあくまでも忍者少女を蘇らせるための引換代償用の魔力を集めるだけであって、女同士でキスすることが目的ではないということを――。
「ん、んむっ……ぷはぁ、なかなかやるね水恋ちゃん!」
「……んっ、そちらも少しはやるではないですか!」
互いに舌を絡ませ妖艶な動きを見せる二人に、俺はいつの間にか目を釘付けにしていた。
――そりゃそうだろう! 目の前でこんな摩訶不思議なことが展開されてりゃ、誰だって気になるって!! いや、むしろ気にならない男などいないはずもないと言っても過言ではない! ……かもしれない。
俺が頭を抱えて悩んでいると、隣にいた師走が説明し始めた。
「マスター。もうお気づきかと思いますが、どうやら如月は水恋さんとキスで勝負をなさっているようですね」
「ああ、それは見りゃ分かる。だが、どうして水恋が?」
「何かの衝動に駆られたのかもしれませんね」
目の前で繰り広げられている壮絶?な戦いを平然としながら見ている師走は、俺よりも遥かに大人びて見えた。まぁ、実際にも俺より年上なんだが……。
「だが、こんなことしててあの子は大丈夫なのか?」
側で横になっている忍者少女を心配そうに見つめる俺に、師走は冷静に答える。
「心配いりませんマスター。この少女はわたしが必ず助けて差し上げます」
清楚に振舞う師走は、そう言ってこちらに笑顔を向けてきた。その笑顔を見た俺は、どうしてか少し気が楽になった。
――にしても、この戦いはいつまで続くんだ? かれこれ始まってもう五分以上経っているぞ?
未だに互いに唇を重ねたままでいる二人。互いに肩を抱き、体を密着させ座ることもせずにキスを続けている。こんなことをずっと続けていたら、口の中が唾液だらけになるんじゃないかと思われたその時、二人は思わぬ行動に打って出た。
ゴクッ、ゴクッ……。
何かを飲み下す二人。それを見て、雷に打たれたような衝撃を受けた。それほどまでに二人の思わぬ行動に仰天したのだ。
「まさか、互いに唾液を飲み合うとは……。そんな、水恋だけは純粋で真面目で変態ではないと思っていたのに」
と、俺が膝と手をついて項垂れていると、突然如月の悲鳴が聞こえてきた。
「んぁぁぁぁぁあああっ!!」
見れば如月が――あの如月が体をエビのように反らせて顔を真っ赤にさせている姿があった。
二人の口の端からは、二人の唾液が流れあごから滴り落ちている。服も乱れ、二人の体が汗ばんでいるためにベッタリ張り付いている。
すると、俺の先ほどの言葉を聞いていたのか、水恋が息も絶え絶えに言った。
「はぁ……はぁ、げ、月牙さん。か、勘違いしないでください! わ、私は……へ、変態になったつもりなど毛頭ありません! これは、勝負なんです。凛さんや霧矛さん、それに、靄花さんや未來さんがこの人の毒牙にかけられてしまった。これ以上の屈辱はありません! ならば、敵討ちが必要だとは思いませんか?」
「え、いや……お、思うけど。だが、だからって何でわざわざキスで決着をつけるんだよ!!」
一瞬なるほどと納得しようとしていた俺は、首を振り水恋に追求した。水恋は頬を紅潮させたまま答える。
「キスでやられたならキスで返す! それが私のやり方です!!」
さすがの俺もその考えには納得できなかった。しかし、水恋は続ける。
「月牙さん、私は悔しいのです! 仲間を――大切な仲間や家族をこんな変態さんの手によって汚されるなんて嫌なのです!!」
「んなっ! さっきから聞いてれば変態変態って、自分だってあんなキステク持ってたじゃない! 水恋ちゃんも十分変態さんだよ!!」
言われっぱなしはやはり悔しいのだろう。如月は頬を膨らませながら水恋にそう文句を言った。
「あ、あれは――その……。あなたには関係のないことです! それよりも、勝負はつきましたよね?」
「うぅ~、認めたくないけどあの技にはさすがの私も勝てないよ。私の完敗だよ、詮索はしないけど、少なくともこれだけは聞かせて? あなた……、キスするの、初めてじゃないでしょ?」
――な、何ッ!? そ、それは驚きだ!! てっきり俺は凛や霧矛たちと同じくキスするのは初めてだと思ってた! しかし、あくまで疑問形でまだ真偽ははっきりしていない。だが、どっちなんだ?
如月の質問に珍しく俺は興味を抱き、水恋の答えに聞く耳を立てる。
「こ、答えないと・・・・・・ダメですか?」
眉を下げてまるで勘弁してくださいと許しを請うような仕草をする水恋に、俺は一瞬ドキッとしたが、同性愛の如月もさすがにこれを許しはしなかった。
「だ~め、さぁ答えて! ほら、早く早く!!」
と、むしろ如月に急かされてしまった。水恋はオドオドしていて明らかに焦っている様子だ。
――しかし、そこまで知られたくないのか? それとも、何か隠さなきゃいけないことがあるとか?
と、俺が訝しげに水恋を見ていると、意を決したのかようやく水恋が口を開いた。
「……い」
「え、よく聞こえないよ?」
わざとらしくもう一度言うように強要する如月だが、はっきり言って俺も今のはよく聞き取れなかった。
すると、水恋は今にも泣き出しそうなくらい目に涙を浮かべて瞳を潤ませ、大きな声で言った。
「はい、ありますっ! 私、霧霊霜水恋はキスしたことがありますっ!!! はぁはぁ……。~~~~っ! ……ぁ、あぁああぁ、い、いやぁぁああああああああっ!!!」
誰も大声で言えとは言ってないのに大声で言ってしまったため、周囲のメンバーにも知られ、その上生まれて初めてこんなに大きな声で喋ったことにだんだんと恥ずかしくなったのか、水恋は両手で顔を覆いその場から逃げ出した。
「ああっ、おい水恋!!」
俺が水恋を呼び止めようと声をかけたが聞こえるはずもなく、そのまま水恋はどこかに姿を消してしまった。まぁ、黄金の地図を見ればどこにいようと見つけられるわけなのだが……。
というわけでとうとう五人ともキスされてしまったわけですが、ここで水恋がファーストキスではないことが判明。しかし、それを追求する如月のせいで水恋はどこかへと走り去り、月牙たちは途方にくれる。
というわけで、五部でようやく忍者少女を蘇生します。




