第二十五話「殺戮の暗殺者と黒影の暗殺者」・3
「だが、俺だってそうやすやすと死にやしない。考えがあるのさ」
「考え?」
俺の言葉に訝しげに首を傾げる凛。俺は笑みを浮かべて言った。
「師走、こいつを助けるには幾つの魔力が必要なんだ?」
「そうですね、ざっと一億五千万と言ったところでしょうか……」
「い、一億五千万!?」
その数字に俺はブッ倒れそうだった。そのくらい驚きの魔力数値だったのだ。これでは俺には無理だ。生命力を魔力に変換して明け渡したとしても、俺が死ぬ。
――どうする? どうすればいい? こいつを助けるにはもうこの手しか残ってないのに……。
俺がすぐ横で地面に突っ伏している少女を見ながら心の中で呟く。
と、その時、水恋が手を上げて意見した。
「少しいいですか? その一億五千万の魔力は、私からも吸収出来るのですか?」
「なっ!?」
一言物申したかった。水恋はあろうことか、自分も魔力を捧げると言いだしたのだ。だが、師走は無情にも首を横に振り答えた。
「残念ですが、それは無理ですね。わたしはマスターからしか魔力を吸収出来ないんです。申し訳ありません」
「そ、そうですか……」
実に寂しそうに後ろに下がる水恋。と、そこで、俺はある考えが思い浮かんだ。
「いや、水恋! なんとかなるかもしれない!!」
「ほ、ホントですか月牙さん!!」
「ああ、俺の持つ陰暦十二使徒の二月――如月を使えばいい。あいつなら、他人の魔力を吸収して俺の魔力へと変換してくれる力もある。そうすれば、俺に集まった一億五千万の魔力を師走に明け渡すことが出来るぞ!!」
「なるほど、その手がありましたね!!」
水恋も俺の言葉に嬉しそうにしている。しかし、暗冷や紫音は少しそれが気に食わないようだ。
「どうかしたのか?」
「ホントにそいつ助けんのか? そいつは仮にもオレの命を狙ってきたヤツなんだぞ?」
「まぁまぁ落ち着けって暗冷! こいつにも何か理由があってのことかもしれない。それに、もしかしたらこの子も伝説の戦士かもしれないんだ」
俺は必死に暗冷に説明する。暗冷は一瞬俺の言葉に考え直してくれたかと思ったが、それは間違いだった。さらに、暗冷は俺に向かって続ける。
「いいか? 確信を持てない可能性に賭けるよりもこっちの命が大事だ!! そこんとこちゃんと理解してんのか? てめぇは仮にもオレらのリーダーじゃねぇのかよ!!」
その言葉はさすがに俺の胸にグサッと来た。確かに暗冷の言い分は何一つ間違っていない。どちらかと言えば、俺が間違っていると言ったほうが正しいくらいだ。だが、それでも見す見す人を見殺しには出来ない。それが俺の性分だからだ。
そうこうしてしばらく俺達二人が言い争っていると、師走が話しかけてきた。
「すいませんマスター。図々しいかもしれませんが一言よろしいですか?」
「ん? どうかしたのか?」
「いえ、計算によりますとマスターはどうやら仲間である彼らから魔力を吸収して一億五千万の魔力を稼ごうとしていらっしゃるようですが、それは無理だと思われます」
突然の“無理”という言葉に俺は焦りを感じて師走に言う。
「な、何でだよ!? 何か問題があるのか?」
その俺の疑問にコクリと頷いて師走は説明を始めた。
「いいですか、マスター? 魔力を吸収するという発想はなかなかです。しかし、その魔力を吸収してマスターの魔力に変換するのが誰なのか存じ上げていらっしゃいますか?」
「あ――」
師走の言葉に俺は肝心なことを思い出した。そう、魔力を吸収して俺の魔力に変換する能力を持つ陰暦十二使徒の二月――如月のことだ。如月――、あいつには一つだけ短所というか、悪いところがある。まぁ、それも如月の個性の一つなので全否定までは出来ないが……。
「そうです。如月のことを理解しているマスターならば、この作戦は不可能だと思われますが?」
「確かにそうだな……」
「ど、どうしてですか月牙さん!? 私は納得できません!!」
頬を膨らまして不貞腐れる水恋に、俺は頭をかいて謝った。
「悪い水恋、でもこればかりは――」
「相談してみないとわからないじゃないですか!!」
やけにやる気満々の水恋。すると今度は靄花も言ってきた。
「水恋さんの言うとおりですわ! 私も、いつまでもこんな薄暗くて不気味な森にいるのはうんざりですの! 力を貸して差し上げますから早いとここんな所抜け出して下さいますこと?」
相変わらず上から目線の靄花は、どことなく水恋の従妹である凛にも似ていた。
「今私のこと考えてなかった?」
――ギクッ!! 鋭いヤツ!!
「そ、そんなこと……な、ないさ~アハハハハ(棒読み)」
間近でそう訊く凛に、俺は慌てて目を逸らす。
「な~んか怪しい……」
腰に手を当ててジト目で俺のことを凝視する凛に、心臓の鼓動が激しくなるのを感じていた。
「そ、それよりも水恋の言うことも一理あるかもしれない! さ、さっそく試してみよう!!」
俺は物は試しとばかりに、師走が止めるのも聞かず如月を召喚した。
刹那――。俺の目の前に現れたのは、片手にごはんのお椀を持ち、そのもう片手に箸を持った如月だった。
「ムグッ!! うひゃあああああああああああああっ!!!!」
如月は現れてそうそう悲鳴をあげた。恐らく食事の最中に呼ばれるとは思わなかったのだろう。しかし、こちらからは、召喚される者の状況が読めないため気を使いたくとも無理なのである。少し前には水浴び中の水無月を召喚してしまったこともあり、その時は本当に対処が大変だった。
「……全く、召喚するときは召喚するって言ってよね! 月牙くんは甲斐性ってものを少しは養った方がいいんじゃない?」
などと、ベラベラと饒舌に文句を言われる俺。周囲を見ても誰も視線を逸らすだけで助けようとはしてくれない。こんなにも俺達の仲間意識は低いものだったのかと、俺は少し悲しくなった。しかし、俺がネガティブになっているや否や、如月が急に表情を一変――。目をキラキラと輝かせたかと思うと、俺の傍にいた水恋に向かって飛びかかった。
「きゃぁあああああっ!! な、何なのですかこれは!? げ、月牙さんどういうことなのか説明してください!!」
小柄な体をきゅ~っとくっつけ、頬をすり寄せてくる如月の行動に不審感を抱いた水恋は俺に説明を求めた。
――やはり、こうなるよな~。
と、内心で嘆息しながらも俺は答えることにした。
「実はその……大変説明しにくいんだが、そいつは――如月は女の子が好きなんだ」
『……え』
一瞬にして周囲にいた女子メンバーが凍りついた。その空気に続きが話しづらくなる俺だが、それでも俺は話を続ける。
「それで、さっきも言ったように、こいつが外部からの魔力を吸収するには何ら問題ないんだが、お前達みたいに内部に魔力を持っているやつからは、内部から直接吸い取らないといけなくて……それでその、……何て言うか、口づけして吸収しないといけないらしい……」
もう女子メンバーに目を合わせることすら恥ずかしい状態にあった俺は、顔を俯かせたまま何とか説明を終わらせた。
すると、出現してそうそう如月に抱きつかれたままでいる水恋が恐る恐る口を開いた。
「つ、つまりそれは……私達五人から、に……二千万の魔力を唇から吸い取るってこと……ですよね?」
何かの間違いであってほしいと思っているのか、心配そうに俺に訊ねる水恋。他のメンバーも訝しげに俺を見ている。
――うぐっ!? そ、そんな悲しい目で見つめないでくれ!! 俺だってお前達をこんな変態女の餌食にさせたくはない。でも、この忍者少女を助けるためなんだわかってくれ!! だが、もしもこれで仮に助けたとして、伝説の戦士じゃなかったらどうする? それこそ俺の命は風前の灯……。いや、それでも構わない!! とにかく、時間がないんだ!!
俺は首を左右に激しく振り、自身の意思を固めた。そんな俺の表情を見てか、皆は心配そうな表情を変えて、少しばかり安堵を浮かべる表情となった。皆、俺を信頼してくれているんだ。だったら俺は、その信頼に応えたい。
「いいのか?」
ただ一言、俺はそう五人に訊いた。
五人は何も言わずただコクリと縦に頷いた。
「……分かった。じゃあ、そこに一列に並んでくれ。順番に如月に魔力を吸い取ってもらおう」
俺が五人にそう指示した時だった。凛が顔を真っ赤にして俺の元へズカズカと歩いてきた。その表情を見ただけで何て言いたいかは理解出来た。
「あ、あんたね……! も、もしも……こ、これで伝説の戦士じゃなかったりしたら、ゆ、許さないんだからね!?」
「わ、わかってるって!! 安心しろよ、黄金の地図だって反応を示してるんだ!! 間違いないって!!」
「うぅ~、は、初めての相手がまさか女の子だなんて……予想外だわ」
ウルウルと瞳を潤ませながら凛が引き下がる。どうやら納得してもらえたようだ。だが、どこか罪悪感が残る。本当にこのやり方でいいのだろうかとさえ俺は思った。どうせならパワーストーンに封じ込められた最大限の力を使って一億五千万の魔力を使えばいいんじゃないのかとも考えた。だが、その瞬間、さきほど言っていたことを思い出した。一億五千万もの魔力を引換代償に使ったりしたら俺の命が燃え尽きる。そうなれば、封じ込めていた封印力の力が解き放たれ、陰暦十二使徒の封じ込めていた力が暴走しこの世界に何を引き起こすか分からない。
今はこのように大人しくしてやんちゃばかり働いている彼女達だが、以前はそのやんちゃが一つの国を滅ぼすほどの力を有していたのだ。これも、母さんが彼女たちを封印してくれたからこその賜物である。
そして、そんな彼女たちを今俺は使いこなしている。彼女たちも俺に快く力を貸してくれている。昔は酷い物だった。力を開放しても誰も言うことを聞いてくれず、俺の命令に反発してばかりいた。
そう考えれば、今は随分と俺の言うことを聞いてくれるようになったものだ。やはり、あの時のあれが効いたのだろう。
と、俺が独り言を心の中で語っている間に、五人が並び終え準備を整えていた。
五人とも緊張していて、表情も強ばっていた。
「え、え~と、私はどうしたら……」
「如月、今からお前がとても喜ぶことをするんだ」
「そ、それってもしかして……」
「ああ。不本意だが、今回ばかりは許可してやる。その代わり、すべての魔力を吸収したりすんなよ?」
「もちろん分かってるよ!」
一応理解しているとは思うが、念のために如月に忠告しておく。以前にもこういう場面があり、その際に俺が如月に忠告しなかったがために、一人の町娘を骨抜きにして足腰立たない状態にさせてしまったのだ。あの時は本当に相手に悪いことをしてしまったと思う。あれ以来、その町娘は如月同様の性格になってしまったのだという。如月――末恐ろしいやつだ。それほどまでにこいつのキステクは尋常ではないらしい。
「いいか? 二千万の魔力を吸い取るだけでいいんだからな?」
「りょーかーい♪ 二千万だね? って、二千万!? そ、それは随分と多いね……。でもまぁ、あれを使えば早いか。早く終わらせたいんだよね?」
「ん? あ、ああ……」
如月の怪しい一言に俺は不審感を抱いたが、まぁ心配ないだろうと追求しなかった。
そして、如月は一番前に立っている靄花に急接近した。
「うぅ、こ……こんな経験、今までしたことありませんから緊張しますわ!」
「ふふ、心配ないよ? ほら、肩の力を抜いて……。大丈夫、痛くないよ。むしろ気持ちよかったって以前の相手は言ってたくらいだし……」
恐らく、如月が言っている“相手”というのは、先ほど話した町娘のことだろう。
「で、ですけど……」
「ほら、時間ないんだから目を瞑って?」
「わ、分かりましたわ」
恐る恐る目を瞑る靄花。それを見た如月は準備が整ったと思ったのだろう、一瞬とびきりの笑顔を浮かべたかと思うと、両手を靄花の両頬に添えて瞬時に自身の顔をくっつけた。如月の唇が靄花の唇と重なる。
と、その時、靄花が顔を真っ赤にして抵抗しはじめた。何があったのだろうと首を傾げていると、隣で待機していた師走が額に手をあてやれやれと言いながら教えてくれた。
「あの子ったら、またしてもDキスですか……」
「な、何!? Dだと? あいつ、舌入れたのか?」
「はい、相手の様子と如月のあの悦び様からして間違いありませんね。あの子にも困ったものです。ルナー様に封印される前は、あの子は通称『初めて殺しの悪魔』と言われてましたが、あの頃の記憶が蘇るようです。あの子も――如月もそう思っているんじゃないでしょうか?」
そう言いながら師走は如月と靄花の様子を見ていた。
そして一分が経過すると、如月がゆっくりと靄花の両頬から手を離し、一歩後ろへ後退した。と、同時に靄花が足をブルブルと震えさせながら地面にヘタリ込んでしまった。
そこへ慌てて駆け寄る水恋。
「だ、大丈夫ですか靄花さん!!」
「お、驚きましたわ。如月さんの言うとおりですもの。初めてだったとはいえ、まさかここまでとは……。思わず腰が抜けてしまいましたわ。水恋さん、気をつけくださいまし。あの方はそこらの人より恐ろしい相手ですわ!!」
――いやいや、キス魔と言われてるだけでそこまで警戒するってのも……。
と俺が思っていると、水恋は真剣な眼差しで靄花に言った。
「靄花さん、ご忠告ありがとうございます。私、必ずあなたの仇を取ってあげますから!!」
――あれ? すみません靄花は死んでないよ?
と心の中で水恋に突っ込みながらも俺は呆然としていた。
とりあえず一人目が終わり、如月に二千万の魔力が蓄積された。次の相手は未來だ。しかし、年齢的には如月の方が年下なのに、年下よりも身長が低い未來相手にどうやってキスをするのだろうか。
だが、如月は何も困惑することなくスムーズに事を進めた。まず始めに如月は未來の幼女体型の体を抱え上げると、抱っこするような状態にして、年下扱いするな~、と騒いでいる未來の暴れる唇を一瞬で塞いでしまった。
――恐ろしい、これがファーストキラーのキス魔の力なのか!?
気づけば俺は、如月に対して敬意を表していた。
「むぅーむぅー!!」
靄花同様抵抗する未來だが、そこへ先ほど靄花にもされたDキス攻撃が炸裂する。
すると、さっきまで激しく抵抗していた未來が動きを止め、目もトロンとしてしまっていた。如月とは一体何者なのか。もしかすると、他の陰暦十二使徒も俺が知らないだけで、実際には如月のような力を持ち合わせているのかもしれないと思うと、俺は震えが止まらないと同時にその力を見てみたいという欲望に駆られた。
「ぷはっ、ちょっ……や、やめ――っ!!」
何とかDキス攻撃から免れ再び抵抗しようとする未來だが、それでも如月の猛攻は止まることを知らず、二度目のD攻撃が炸裂した。さすがに二度も同じことをされては適う訳もなく、未來は完全に抵抗する気力を失っていた。
「ぷはぁ~、はーいしゅうりょー♪ お疲れ様、未來ちゃん!」
一分が経過し唇を離す如月。俺の目には一瞬だが、二人の唇の間に透明の糸が引いていたように見えた。
「ひ、酷すぎるよ。こ、こんなの……。初めてなのに、いきなりベロチューだなんて……」
未來は地面にヘタリこみながら涙目でそう訴えた。確かに、いきなりキスされる挙句、おまけにDキスまでされるとは予想だにしないだろう。だが、それをやるのが如月だ。こいつを侮ってはならない。
「まぁまぁ、そこらへんは勘弁してよ。第一、二千万も魔力を吸い取るんだから相当時間かかるんだよね。月牙くんも短時間で終わらせたかったみたいだし、だからこれが一番短時間で済む手っ取り早い方法なんだよ!」
口の端から垂れるどちらのものかも分からない唾液を手の甲で拭い取り、小首を傾げて未來に笑みを見せる如月。
「そ、そう言うんなら……」
如月の説明に納得できたのかは分からないが、一応これ以上は突っかかれないと思ったのか、未來は後ろに下がった。
「次はわたしだね……」
そう言って前に進み出たのは水恋と凛の従妹――霧矛だった。相変わらず表情に乏しい霧矛。そんな霧矛の表情を窺ってみるものの、キスされることに抵抗を抱いているのか抱いていないのかが殆ど定かではなかった。いや、抵抗する気持ちがないわけがないか。
というわけで、引換代償をすることになったのですが、そのために集める魔力の集め方が女の子同士のキス……。
とまぁ、それはさておき、全員ファーストキスで相手が全員女の子。
かわいそうとしかいいようがありません。しかも、五人も相手にすると。
これは波乱間違いなしですね。終わった後の月牙は無事に済むのか。
てなわけで後二部です。




