第十三話「毒薬とマッド・サイエンティスト」・2
「単刀直入に言わせてもらう。俺達はあんたを仲間にしに来たんだ」
「ヒヒッ!! それはまた随分と面白可笑しなことを言う。なるほど、まぁ大体は予想ついていたよ」
「何?」
予想外――まさにその一言だった。もっと驚かれると思っていた。はっきり言って、この男は水恋の言うとおり恐ろしい。いや、むしろ異常だ。それは、猛辣の次の言葉を聴いたからだ。
「……君達は伝説の戦士だね?」
『!?』
全員が目を丸くした。そして、互いに見つめ合った。それほどまでに俺達は衝撃を受けた。何故猛辣が伝説の戦士の事を――しかも俺達の正体を知っているのかは分からない。ただ一つ分かることは、この男はあらゆる秘密を握ろうとしているということだ。もしかすると、霧霊霜一族もこの手を使われてあらゆるものを買わされていたのかもしれない。
「何でそのことを!?」
「なぁ~に、簡単なことさ。君達からはただならぬ力を感じるからねぇ~。そして、君の持っているその黄金の地図……。それは差し詰め伝説の戦士を探し出すための代物というわけだ。でも、君達はまだ知らないようだ」
意味深な言葉。その言葉に俺はこいつはまだ何かを知っていると悟った。そして間髪入れずに猛辣に言った。
「何をだ!」
「ヒヒッ……伝説の戦士を探し出すための道具は一つじゃあないのさ」
「何!?」
またしても驚愕させられた。一体この猛辣という男はどこまで情報を持っているのだろうか? 訊けば訊くほどどんどん情報があふれ出てくる。まさにこの男は情報の宝庫とも言える――そんな存在だった。
俺は究極にこの男が欲しくなった。猛辣さえいれば情報に困る事もない。もしかしたらあっという間に伝説の戦士を集め終えることが出来るかもしれない。
そうすれば、少なからず斑希に会える可能性も高まってくるというものだ。斑希は絶対に死んでない。ファントムの言っていた言葉から俺はそう信じている。
「まぁ、私も多くの情報は持ち合わせちゃいないが、そこそこの情報は持っているよ……ヒヒッ」
「ふっ……おもしれぇ。だったら話は早いぜ! 猛毒雲猛辣、俺達の仲間になってくれるな?」
「……う~ん、それは困った相談だねぇ~」
「な、何でだよ!」
意外にも猛辣はそう簡単には仲間になってくれなかった。どうしてだと俺が問うと、これまた意外な答えを返してきた。
「ヒヒッ、まだ私には研究という物が残っているんだ」
「研究? って、何の研究だよ!」
「そうだねぇ~……。まぁ簡単に言うと、薬の実験かな? ヒヒッ、丁度いい実験台が見つからなくてねぇ~」
淡々としゃべり続ける猛辣だったが、ここで言葉を止めた。そして、一瞬考えると指を鳴らして架空の電球の明かりを灯した。即ち、アイデアが閃いたのである。
「どうかしたのか?」
「ヒヒッ……実に愉快な事を思い付いたよ。君達の仲間になってあげよう」
「ほ、本当か!」
俺は急に考えを改めた猛辣の真意など確認せずに大喜びした。しかし、話はそれだけは終わらなかった。
「ただし! ……条件が一つある。君の仲間から実験台を用意してもらう……」
「実験台?」
「そう、実験台だ。私の美しい実験に使う実験台は人間でないといけないんだよ。今の今まで人間を使うことはしてこなかったが、今回ばかりは勝手が違う。人間の実験台が好ましいんだ」
言葉が出なかった。水恋達も誰一人として声を出す者はいなかった。驚愕のあまり言葉を失っているのか、なるべく自分が選ばれないように存在を消そうと黙っているのかは分からない。ただ一つ言える事は、誰もがこの男を正真正銘のマッド・サイエンティストだと思うことだ。
「さぁ、どうする? ちなみに、一人は決めてあるんだ」
「ど、どういうことだよ!? 実験台は一人じゃねぇのか?」
「ヒヒッ……その一人というのは――君だよ、霧矛ちゃん」
「わ、わたし?」
霧矛は驚きのあまり俺の肩に添えていた手にグッと力を込めた。
「イテテテテ!」
「あっ、ごめん」
「いや、大丈夫だ」
俺の肩に霧矛の指が食い込み悲鳴をあげた。意外にも相当痛かったのは、俺にとって予想外だった。
「どうして?」
「隠しているつもりはないかもしれないが、私にはバレバレだよ」
「何の事?」
「君は背中から腰にかけてを痛めているね?」
またしても驚いた。
どうしてこの男はここまで知っているのだ。情報通にも程がある。しかし、実際は違っていた。
「どうしてそんなこと知ってるんだ?」
「……ヒヒッ。なぁに、私は長年動物などを実験台にしてきていてねぇ~。状態がおかしかったりするとすぐに分かってしまうんだ」
「わたしは動物じゃない」
「ヒヒッ、そんなことは解っているさ。ただ――」
刹那――猛辣が姿を消した。と、とたんに背負っていた霧矛から「ひゃあ」と、小さな悲鳴が聞こえた。
「ど、どうした?」
振り向くと、そこには霧矛の無防備な背中――よりも少し下、腰の辺りに手を触れている小柄な男、猛辣の姿があった。
「何やってんだ!」
「ただの状態確認さ。なるほど、ヒヒッ……やはり動物よりも人間の方が分かりやすいねぇ~、皮が薄いせいかな?」
「分かりやすい? 何の話だ?」
「ていうか、早くその手離してよ」
霧矛が涙目で訴える。
「これは失礼……。まぁ大体わかったよ。霧矛ちゃん、君は急いでその怪我を治す必要があるねぇ~」
「その霧矛ちゃんって呼び方やめてくれない?」
「呼び方は私の自由さ、ヒヒッ」
口の端を吊り上げ不気味に笑う猛辣に、霧矛はゾゾッと背筋に悪寒が走ったのか体を震わせた。その振動が、触れている俺の体にも伝わってくる。まぁ身震いするのも無理はない。それほどまでにこの男は異常だった。
「今すぐ治すってどういう意味ですか?」
従妹の心配をしているのか水恋が代わりに訊いた。
「この子の体、背骨が完全に砕け散ってしまっている。それだけなら自然属性の者に任せて治癒させれば治すことが出来るんだけど、霧矛ちゃんの場合、その砕けた骨が周囲の背筋などの筋肉に刺さってしまっているんだ。それが影響して、神経に痛みが走るために歩けないんだ。今すぐこの破片骨を取り除かないと傷ついた筋肉が役立たずの使い物にならなくなってしまうよ? 急いだ方がいいねぇ~、ヒヒッ」
「死んでしまうのですか?」
「い~や、死にはしないけど……一生歩けなくなる、という可能性はあるねぇ~。だから、私が霧矛ちゃんを実験台に使う代わりに治療してやろうって言ってるのさ……ヒヒッ、どうだい? 悪い話じゃあないだろう? 私はその昔いろいろとたくさんの人間を助けて来た経験があってねぇ~。霧矛ちゃんくらいの怪我の治療なら数時間もあれば簡単に終わるさ。どうする?」
猛辣からの突然の言葉に、霧矛は言葉を完全に失ってしまっていた。早く治療しなければ一生歩けなくなるかもしれない。それは衝撃的な物で、多大なショックを受けるものだった。すると、困惑している霧矛に水恋が声をかけた。
「惑わされてはいけません霧矛さん! 猛辣さんはもしかしたら霧矛さんを実験台にするためにこのような嘘をついているのかもしれませんよ?」
「ヒヒッ……ヒドイ言い方だねぇ~水恋。あのことを話されてもいいのかい?」
「うぐっ……それは」
少し顔色が回復していた水恋は、その猛辣の一言にまたしても顔面蒼白になった。
一体水恋の何の秘密を握っているのだろう? 俺は首を傾げ疑問に思った。
一方で猛辣はさらに霧矛を困惑させるような言葉を投げかけた。
「どうするんだい? ここで治せば再び歩けるようになって月牙くんに迷惑をかけることもなくなるよ? ちゃんと自分の足で歩けるようになるんだ。それとも、一生歩けなくなって負担をかけ続けるかい? 決めるのは君だ。さぁ……どうする? ヒヒッ」
しばしの沈黙……。
そして、五分が経とうとしたその時、ようやく霧矛が口を開いた。
「……分かった。実験台になるよ」
「ヒヒッ……そうこなくっちゃあねぇ~」
猛辣は計画通りと言った悪質的な笑みを浮かべた。すると、続いてチラッと水恋を横目で見た。その視線に感づいた水恋が、ビクッと体を震わせて怯える。
「な、何ですか?」
「……そうだねぇ~。もう一人の実験台は君にするよ水恋、ヒヒッ」
「そ、そんなぁ!?」
「待てッ! 実験台なら俺が!!」
「男なんて実験台にしたところで楽しめないだろう? ヒヒッ」
「くっ!」
変態染みた台詞を吐く猛辣に、俺は言い返す言葉がなかった。いや、何故か言い返せなかったのだ。
と、そこに、今度は凜が口を挟んだ。
「私の従姉妹に何するのよ!!」
「ヒヒッ……なるほど従姉妹……。君達は従姉妹の関係だったのかい。ヒヒッ、これはますます面白くなりそうだ。でも、一日でそれをやるのはあまりにももったいない。楽しみは少しずつ消費していかないと、ねぇ~」
ゆっくりと口元を吊り上げる猛辣は、どことなく毒りんごを作る老いた魔女のようだった。
「話をはぐらかさないで!」
「気の強い女の子は嫌いじゃあないけど、今回君の出番はなしだ、ヒヒッ」
「な、何よ! 何かフラれたみたいな感じがして超気分悪いんだけど!! もう、ちょっと、あんたも黙ってないで何とか言いなさいよっ!!」
地団太を踏んだ凜は、怒りの矛先を俺へと変えて俺のつまさきをヒールのような物のかかとで踏んづけた。
「いってぇええええええええええええッ!!! な、何するんだよ! 俺何も悪い事してないだろぉ?」
俺は涙目でつま先を撫でながら凜に文句を言った。ちなみに、今の攻撃は相当痛かった。まだ罵られる方がマシだ。と言ってもMというわけではない。
「ふんっ! 役立たず!!」
どうしてここまで凜は俺に対してアグレッシブなのだろうか? 謎である。
とにもかくにも、こうして霧矛と水恋が猛辣の行う実験の実験台に選ばれてしまったのだった。
――▽▲▽――
「それじゃあ、まずはここの台座に乗ってもらおうかねぇ~?」
「う、うん……」
霧矛は恐る恐る猛辣の指示した台座に乗った。ちなみに、ここはとある研究所の一室。
周囲には幾つもの器具が置いてあり、よく分からない物ばかり。隣には同じようにして台座に乗っている従姉の水恋の姿があった。顔面蒼白で涙目になっていて、今にも泣きだしそうである。猛辣にそこまで恐怖を抱いているということは、それほどまでに何かひどいことをされたに違いないと霧矛は思った。
月牙達は廊下で待機だ。猛辣曰く邪魔をされたくないとのこと。
水恋は手首に手錠をかけられながらキッ! と猛辣を凝視して言った。
「あなたは決して許しません!!」
「何とでも言いたまえ。まぁ、君とのお楽しみはまだ後だ。まずは霧矛ちゃんを助けてあげないとねぇ~」
と、水恋の耳元で洗脳するかのように囁き、その白い耳を長い舌で舐め上げた。
「ひぅっ!?」
水恋は小さな悲鳴をあげて身をよじり猛辣から離れた。しかし、手首を拘束されているため逃げ出すことは出来ない。
「ヒヒッ……。なかなか敏感じゃあないかい。あの頃から変わっていないようだねぇ~」
「くぅっ! 絶対に殺します!!」
「ヒヒッ……拘束された身で何が出来ると言うんだい? まぁ、おとなしくそこで見ていたまえ……」
そう言って猛辣は踵を返して霧矛の元へと歩いて行った。
「さ・て・と……。まずは君から始めようか?」
「な、何をするの?」
相手を警戒するかの如く猛辣を凝視する霧矛。そんな霧矛に対して猛辣はニッと口元に笑みを浮かべながら言った。
「なぁ~に、これから簡単な調査をして君の背中の骨を治すのさ。ヒヒッ、早く自分の足で歩きたいだろう?」
「そりゃそうだけど……。あなたに出来るの?」
「ヒヒッ、私をナメてもらっちゃあ困るねぇ~。こう見えても、今まであらゆる奴らを得意の毒と薬で治してきたんだ。大丈夫に決まってるさ」
「毒?」
霧矛はふと思った疑問を口にした。薬はまだ分かるが、毒を使ったら死んでしまうのではと思ったからだ。
「毒にもいい毒と悪い毒があるってことさ。ヒヒッ、君達はほとんど悪い毒しか見ていないだろうがねぇ~。まぁ、今回は毒よりも薬の方が効果覿面かもしれないねぇ~。ヒヒッ、まぁ実験のつもりで試してみるさ。何せ、君達は私の実験台なんだからねぇ~、ヒヒッ!」
「……うっ」
猛辣の不気味な笑みを見た霧矛は、身震いして顔を青冷めさせた。
「まずはこの秘薬を使って作り出した塗り薬を使ってみようか」
そう言って猛辣は周囲に所せましと設置された棚に、これまた所せましと並べられた瓶の一つを手に取った。そして、その瓶の蓋を開けると、瓶を傾けて中身を取り出した。
出て来たのは、緑色をしたスライム状のドロッとした液体で、見た目からして粘性の強そうな物だった。それを適量手に伸ばすと、ニヤッと笑みを浮かべて口を開いた。
「それじゃあ始めるよ? ヒヒッ、まずはうつ伏せになってもらおうか?」
と霧矛に指示を出した。不安ながらも指示通りに動いた霧矛は、台座の上でうつ伏せになった。
「これからこの塗り薬を塗って行くから服脱いでもらえるかい?」
その言葉に霧矛は固まってしまった。
「えっ? ふ、服を!?」
「ヒヒッ、当たり前だろう? 服を脱がすにどうやって塗るって言うんだい? 変わったことを言う娘だねぇ~。まぁそれが面白い……」
霧矛はどうしようかと迷った。こんな男の前で服を脱ぐことになるとは思ってもみなかったのだ。しかし、塗り薬を塗られるのだから服を脱がなければどうしようもない。
しばしの沈黙の後、霧矛は渋々服を脱ぎ始めた。上半身裸になった霧矛は、顔を真っ赤に紅潮させて胸を庇うように両腕で覆った。
「ヒヒッ、さすが濃霧に包まれたフォッグ・フォレストの住人だけあって、日差しを浴びてないせいか肌も真っ白だねぇ~」
「えっ?」
その猛辣の言葉に思わず霧矛はきょとんとした顔になった。というよりも、驚愕した。なぜなら、初対面の相手が自分の出身地まで知っていたからだ。
こうなってくると、さすがに不気味さどころか恐怖も増してくる。
霧矛は恐怖のあまり、ついに泣き出しそうになった。
「おやおや、まさか泣いてしまうのかい? それはちょっと困るねぇ~。何しろ、廊下には君の従姉がいるんだ。あの娘はちょっとばかし厄介そうだからねぇ~。泣かれるとちょっと困るよ。ヒヒッ、そう怯えなくても心配ない」
どうやら猛辣は凜が苦手らしい。恐らく、自分に対して恐怖心を抱かない相手は少しばかり厄介なのだろう。その分、恐怖を抱いている霧矛や弱みを握られているであろう水恋に対しては優位に立ち振舞っている。
「横口を叩くようであれですが、どうして霧矛さんの出身地を知っているのですか?」
「なぁ~に、簡単なことさ。霧矛ちゃんからはフォッグ・フォレストの匂いが漂っているんだ。一緒にいて気付かなかったかい?」
「私はちゃんと風呂に入ってるからそんなの匂うわけないよ」
霧矛は何だか体臭のことを言われているようで嫌になり、思わず声を大きくして文句を言った。
「ヒヒッ、匂うと言っても微量の匂いさ。相当鼻の敏感なやつか、そういうものに慣れている私のような者でないと分からない。それに、霧矛ちゃんは肌も白い。それらのことからフォッグ・フォレスト出身だと割り出せたっていうわけさ。ヒヒッ、分かってくれたかい?」
自慢げに淡々と説明した猛辣は、身長が低いくせに上から目線で水恋を見た。
「くっ、分かりました……」
「さてと、疑問も解消してくれたようだし、さっさと塗り始めようか。ここは結構気温も低くて冷たい風も吹く……。ヒヒッ、上半身裸の状態である霧矛ちゃんには少々辛いだろうからねぇ~」
「だから“ちゃん”付けで呼ばないでよ」
むっとなり、猛辣に文句を言う霧矛。それに対し、当人はやれやれといった仕草を取るだけだった。
「ヒヒッ、これは失礼したねぇ~。まぁいい、それじゃあ始めるから、もう一度うつ伏せになってもらえるかい?」
「……うっ、分かった」
嫌そうな顔をしながら霧矛は台座の上でうつ伏せになった。
というわけで、マッド・サイエンティスト猛辣による治療が始まるわけですが、三部めはほぼ変な声しかないです。多分。
しかし凄いですね。体の異常が目に見える。この目があったらガンなんかも一発で分かるんじゃないでしょうか。そして、半ば強引に実験台にさせられる二人。と、そこに霧矛の出身地を突然当ててくる猛辣。見た目と匂いだけで判断するってもうこの人匂いフェチの領域に入ってますね。




