第十三話「毒薬とマッド・サイエンティスト」・3
「じゃあいくよ?」
そう言って猛辣は塗り薬をつけた両手で霧矛の真っ白な腰に触れた。
「ひゃあ!?」
「どうかしたかい?」
「んっ、ちょっ……ちょっと冷たかっただけ」
ブルブルと体を震わせながら霧矛は答えた。
「そうかい。それじゃあこれから腰を中心にして背中辺りまで塗っていくからねぇ~?」
「う、うん……」
ぎこちない様子でこくりと頷いた霧矛は、恥ずかしいのか顔を伏せた。
猛辣はそんなことお構いなしで瓶から直接霧矛の背中に塗り薬を落とした。普通の液体ではなく粘性のある液体なので、ドロッとした液体が少しずつ霧矛の背中に落ちてくる。
「やぁっ、つ……冷たいっ!!」
「う~ん、こればかりは我慢してもらわないとねぇ~」
「……くぅ」
霧矛は必死に冷たさに堪えた。恐らく、この塗り薬は冷えた状態にして保存しておかないとダメになってしまうのだろう。
それから、さらに猛辣は背中に付着した塗り薬をどんどん背中全体に伸ばしていった。
「うぅっ、ベタベタするぅ……」
「ヒヒッ、粘性があるからねぇ~」
万遍なく、そして浸透させていくかのように猛辣は霧矛の背中全体に塗り薬を塗っていく。肩甲骨辺りにも伸ばして、背骨をなぞるかのように縦に塗り込んでいく。
「うっ……んっ」
霧矛は、ベタつく塗り薬が気持ち悪いのか猛辣の手がくすぐったいのか、鼻にかかるような声で身をよじらせた。
「どうしたんだい? ヒヒッ」
「な、何でもない! ちょっと、くすぐったいだけ……」
猛辣がグイッと顔を自分に近づけてくるので、霧矛は慌てて顔を伏せながら答えた。
「ヒヒッ、やはり人間のリアクションは面白いねぇ~。実験台に選んで成功だったよ」
「くっ……」
霧矛は下唇を噛み締め悔しがった。しかし、そんなことをやったところで無駄だということは百も承知である。
その様子を、隣の台座で拘束された状態で見ていた水恋は、何とかして従妹である霧矛を助け出せないかどうか考えていた。だが、過ぎていくのは時間だけで、なかなかいい策が思いつかない。
それから数十分が経過し、霧矛の背中から腰にかけて塗り薬を塗り終えた。霧矛の体は薬によって万遍なく緑色に染められてしまっていた。
「う……うぅ、体中がベタベタするよぉ」
「さっきも言ったけど、それは我慢してもらうしかないねぇ~。さ・て・と、霧矛ちゃんの治療はこれで終わりだ」
「えっ? 今ので終わったの?」
不意をつかれたような顔をする霧矛。確かに、塗り薬を塗られただけで治るようなものなのだろうか。
「ああ、これで終わりさ。ヒヒッ……それとも、もっとやってほしいかい?」
ニヤッと悪質的な笑みを浮かべて問う猛辣に、霧矛は首を激しく左右に振って「ううん、いい!」と、拒絶した。
「ヒヒッ、そうかい。う~ん、少し時間も経ってきたし、そろそろ効果が出始めたんじゃないかな?」
「えっ?」
猛辣は部屋の壁にかけられた時計の時刻を見て、視線を霧矛の背中付近へと移した。霧矛が猛辣の言っている意味が理解できずに困惑していると、突然湿布を貼った時のような感覚が背中から腰にかけて襲ってきた。
「な、何これ!?」
「どうやら効いてきたみたいだねぇ~」
「えっ、これって効果なの?」
「ああそうさ……。ヒヒッ、でもこんなにも早く効くとは思っていなかったよ。さすが、人間には効果覿面のようだねぇ~」
まるで初めてその効果を確かめるかのような言い方だった。だが、よくよく考えてみれば猛辣はずっとこの研究所にいたのだから、人間で効果を確かめていないのも無理ないのだ。
「これで少し待っていれば完全に骨は治るよ。ヒヒッ、この薬を飲みたまえ」
そう言って猛辣が霧矛に渡したのは、二個のカプセルだった。
「これは?」
「まぁ鎮痛剤のようなものさ。人間にだけ働く副作用ってのがあるかもしれないからねぇ~。なにぶん、この薬を人間に使ったことはないんだ。まぁ、実験台だから失敗しても私に罪はないがねぇ~」
まるで他人事のようにそう呟いた猛辣は、霧矛に背中を向けると今度は水恋の方へと歩み寄った。
「さ・て・と、お待たせしたねぇ~。待ち侘びたかい、水恋?」
「馴れ馴れしく下の名前で呼ばないでください!」
拘束されて動けないため、ムッとなった水恋は顔だけ背けてせめてもの抵抗を表した。その態度に猛辣は台の上に乗った状態で肩をすくめた。
「ヒヒッ、ひどいなぁ~水恋。私と君の仲じゃあないかい……」
「そんな仲になったつもりはありません!」
「そんなこと言っていいのかなぁ~水恋?」
「うっ! ……そ、それは」
猛辣がまるで脅すかのような視線で水恋を見ると、何かを感じとったのか口ごもってしまう。
「ヒヒッ、そう……。君は大人しくそうしていたまえ……。さて、実験を始めようか。今回の実験課題はこれだ」
そう言って猛辣が懐から取り出したのは、注射器に入ったピンクっぽい色をした液体だった。
「そ、それは?」
訝しげに注射器を見つめる水恋と霧矛に、猛辣はニヤリと白い歯を見せて答えた。
「これは今開発中の薬さ。動物では試したけど、どれもこれも失敗だった。だから新たな実験台で試したいと思っていたんだ――そう、人間でね。ヒヒッ」
意味有り気に二人を一瞥する猛辣に、二人とも息を飲んだ。
「一体、何のためにその薬を作ったのですか?」
何の為に作ったのか、水恋がその薬製作の目的を訊いた。すると、猛辣は間髪入れずに答えた。
「なぁ~に、惚れ薬? ってやつの噂を耳にしてねぇ~。試しに作ってみようと思った次第さ」
「ということは、偶然の産物ってこと?」
「ヒヒッ、まぁ、そういうことになるねぇ~」
首を傾げて不思議そうな表情を浮かべる霧矛に、猛辣はニヤついた表情のまま答えた。全く持ってこの表情を見ていると相手が何を考えて今から何をしようとしているのか、全く分からない。
ただ一つ分かることは、この状況を楽しんでいるということだ。こっちとしてはありがた迷惑な話である。
「さて、前置きはいい。さっさと始めようじゃないか……。ヒヒッ、さぁ、心の準備はいいかい? と言っても、待つつもりはないけどねぇ~」
猛辣はジリジリと水恋の側に近寄ると、首筋に顔を近づけた。
「な、何のつもりですか!?」
「ヒヒッ……君のリアクションを楽しんでるんだよ」
「くっ……んあっ!」
と、その時、猛辣の鼻息が首筋にかかって水恋が思わず上ずった声をあげてしまった。無論、その瞬間を猛辣は逃さなかった。
「……どうかしたのかい?」
「んっ、首に鼻息がかかっただけですっ!」
顔を逸らすようにして水恋は答えた。
次に猛辣は、わざとらしく水恋の首筋にふ~っと息を吹きかけた。
「ふぁっ!?」
「ヒヒッ、水恋……。どうやら君は相当体が敏感のようだねぇ~。息を吹きかけただけで随分と息があがってるよ?」
「はぁ、はぁ……。あなたが、わざとやってるのではないですか!!」
「……ヒヒッ、まぁそういうことにしておいてあげるよ」
あくまでも上からの物言いで猛辣は言い、拘束した水恋の真っ白な腕を掴んだ。
「ちょっ、何するのですか!」
女の勘が何かを察知したのか、少し警戒しているような目で水恋は猛辣を睨んだ。
「決まっているだろう? この薬を注入するのさ。にしても、若い女の肌だけあってスベスベのふわふわだねぇ~。肌も白くてまるでマシュマロのようだ……ヒヒッ。思わず食べちゃいたいくらいだよ」
「あなたなら本当にやりかねませんのでやめてください!!」
「随分と嫌われてるようだねぇ~、ヒヒッ」
手を上げてやれやれといった動作を取る猛辣。
「当たり前です! 小さい頃、あなたが私にした仕打ちは今でも忘れていないのですから!!」
「君だって喜んでたじゃあないかい。ヒヒッ、顔を真っ赤にさせてさ――」
「やめてください!! それ以上言ったら本当に殺しますよ!?」
「おお、怖い怖い。ヒヒッ、君を怒らせたら本当に水責めのような地獄を味わうことになりそうだからねぇ~。冗談はこの辺にしておくよ。けど、この実験は行わせてもらうよ……ヒヒッ」
そうして猛辣が水恋の静脈に注射針を刺そうとしたその時である。急に猛辣が手の動きを止めて、片眉を吊り上げた。
「な、何ですか? やるなら早くしてください!!」
「ヒヒッ……水恋、知らぬ間にまた胸が大きくなったんじゃあないかい?」
「なっ!? ど、どこを見てるのですかっ!!」
「それに見た所……どうやら君は肩こりが酷いようだ」
「な、何を根拠に――」
さっさと実験を終わらせてほしいのか、元の話題に戻そうとする水恋だが、猛辣は構わず続けた。
「霧矛ちゃんの時にも言ったが、私には体の異常が目に見えるんだ。無論、肩こりなんかもねぇ~。そして、今の君の肩こりは酷いものだ。早く治療した方がいいよ?」
「大きなお世話ですっ!!」
ふくれっ面になって水恋が声をあげた。
「けど、肩こりを直しておかないと、いざ戦う時に腕を振り上げた際、肩こりが原因で腕が振りあがらない――なんてことが起こるかもしれない。ヒヒッ、それを防ぐためにも、私的には肩こりは解消しておいた方がいいと思うけどねぇ~」
「で、ですが――」
「なぁ~にすぐに終わる。私に任せておきたまえ。ついでに、これも先に刺しておこうか」
水恋の両肩に手を置くと、猛辣は後ろから水恋を覗き込むようにして言った。そして、水恋が何かを喋ろうとした刹那――チクッ! と静脈に注射針を刺した。
「つっ!?」
チュゥウウウウウウウウ。水恋は体に僅かながら違和感を感じた。何か得体の知れない物が体の中に入ってくる――そんな感じ。その違和感はだんだんと別の、むず痒い気分に変化し、最終的には熱を発生させていた。
どんどん体温が上がっていき、水恋の呼吸はだんだんと乱れてきていた。頬を赤らめるどころか顔を真っ赤に紅潮させ、ハァハァと荒い息遣いを始める。
「な、……なんですかこれ? ハァ……ハァ、か、体が……あ、熱い……。あ、れ? 頭がぼ~っとして……」
「ヒヒッ、どうやらさっそく効果が出て来たみたいだねぇ~。にしても、さすがは惚れ薬。でも、私に惚れられても困るからねぇ~。おっ、そうだ。ヒヒッ、またしてもいいことを思い付いた。この状態で肩こりを解消させるために肩を揉むと、一体どうなるのかねぇ~?」
「そ、そんな……い、今はダメ……です」
必死に拒もうとする水恋だが、呼吸が乱れて上手く喋ることが出来ず、途切れ途切れに言葉が出るために猛辣に理解してもらえていなかった。
結局猛辣は、水恋が止めるのも聞かず肩に両手を置いた。
刹那――ビクビクッ! と水恋の体が震えた。
「ひぐぅっ!?」
「おや? ヒヒッ、まさか肩に手を置いただけでこんなにも過剰反応するとは、相当神経が敏感になっているようだねぇ~。これは薬の目的としては成功と言っていいのかなぁ?」
「ハァ……ハァ……。お、お願いです。……もう、終わりにして……」
「そうだねぇ~。じゃあ、このまま続けるよ?」
「……わ、分かりました」
ここで拒んでもどうせ意味がないだろうと思ったのか、水恋はトロンとした表情でコクリと頷いた。
「ヒヒッ、安心したまえ。その状態じゃあ、実際には相当時間がかかったとしてもほんの少ししか時間が経っていないと感じるから……」
そう言って猛辣は、初めての感覚に耐え切れずに目を瞑って気を失ってしまった水恋に、マッサージを施していった……。
というわけで、治療及び、実験が始まったわけですが。いやはや、このマッド・サイエンティスト超絶変態ですわ。しかし、そんな変態さんの身長は大して風浮と変わりません。十歳と身長そんなに差がないってどうなんですかね?
霧矛はそんな変態の前で上を脱がされ、水恋は感度をあげられた状態でマッサージされるという。
そして、これからというところで省きました。まぁ、これ以上やるとあれなんで。何よりも、分量長くなりそうなので。今回のサブタイの内容としては猛辣の変態っぷりを出したかっただけなんです。なので、この人の主な行為はここでストップ。そして、次回十四話では、またまた新キャラの登場です。




