# 第8話 縁談係は、笑顔で査定する
二度目の顔合わせは、先方からの申し出だった。
場所は王都の魔導具市。護衛と称してユリウス様が同行し、案内と称してレティシア様が先導し、お目付け役という名目で私が随行する。世間ではこれを逢引きと呼ぶ。
「見てユリウス卿、四番区画に東方の細工師が出てるわ! 核石を磨く実演ですって」
「ほう。噂の『削らず磨く』流儀ですか。……レティシア様、お待ちを、はぐれます」
「はぐれたら核石の匂いを辿りなさい!」
「核石に匂いはないのでは!?」
人混みの向こうで銀髪が跳ねる。それを追う騎士団第二席。私は五歩後ろから、二人分の荷物を抱えて続いた。
「フィオナ殿。お持ちします」
と思ったら、その第二席が律儀に戻ってきて、私の腕から荷物の大半を攫っていった。
「い、いえ、これは私の職分ですので」
「荷運びは騎士の職分でもあります。それに――」
ユリウス様は先を行く銀髪を目で示し、少しだけ笑った。
「あの方に置いていかれないためには、両手が空いている方がいい。お互いに」
……いい人である。本当に、困るくらい。
――楽しそうで、何よりである。
本日のレティシア様は絶好調だった。仮面は最初から着けてすらいない。素の早口、素の大股、素の大笑い。それを隣で受け止めて、ユリウス様は律儀に驚き、律儀に感心し、時々本気で議論を挑んでは負けている。
成婚率、推定七十パーセント。昨日より十上がった。
数字を弾くたび、胸の奥で何かが軋む。私はその軋みに蓋をして、荷物を抱え直した。プロは、私情で査定を曲げない。曲げないったら、曲げない。
「フィオナも来なさいよ! ほら、これあなたの好きな飴細工の屋台――」
「お荷物が増えますので、私はここで」
「……ふうん?」
お嬢様が、ちらりとこちらを見た。何か言いたげな間があって、けれど人波がそれを流した。
そのときだった。
視界の端を、墨が掠めた。
振り向く。市場の雑踏、色とりどりの魔力の輪郭が行き交う中に、一人だけ、内側の視えない人影。倉庫の梁の上にいた、あれだ。距離は屋台三つぶん。フードの奥からこちらを――いや。
視ているのは私ではない。ユリウス様の背中だ。
「レティシア様」
私は二人に追いつき、荷物を口実に間へ割り込んだ。声を落とす。
「三番区画の水盤の陰。例の、視えないのがいます」
「……的は?」
「ユリウス様、かと」
お嬢様の目から遊びが消えた。ユリウス様が「何の話です?」と眉を寄せる。この方はまだ、倉庫の一件の全容を知らない。
どう動くか、お嬢様が口を開きかけた、その瞬間――墨色は、雑踏に溶けて消えた。まるで、確認だけしに来たとでも言うように。
帰りの馬車の中、お嬢様は上機嫌だった。
「見たフィオナ、あの研磨の実演! 磨きだけで結晶の目を揃えるのよ、あの手つき。あとユリウス卿の鞘ね、あれ三重巻きの三本目が実は囮なの、本命は鞘口の――聞いてる?」
「聞いております。三本目が囮で、本命は鞘口」
「ん。よろしい」
窓の外を、王都の夕景が流れていく。膝の上の戦利品――買い込んだ触媒だの端材だの――を、お嬢様は子どものように何度も検分し直している。
「……ユリウス卿とは、話が合いますね」
気づけば、そんな言葉が口から出ていた。詰まらない言葉だと、言った端から思った。
「合うわね。魔導具の話ができる貴族なんて、初めてよ」
「……左様で」
「でも、変なの」
お嬢様は触媒を光にかざしたまま、こともなげに言った。
「あの人と話してると楽しいのに、終わったあと、あなたに話したくなるのよね。ほら今もしてるでしょ、報告会。……なんでかしらね」
答えを持っている気がしたが、口には出さなかった。
成婚率の数字だけが、頭の中で、所在なげに揺れていた。
その晩、屋敷に戻った私を、思いがけない人が待っていた。
「やあ、フィオナ。大きくなったね」
フローレス本家の応接間。暖炉の前で立ち上がったのは、叔父のギデオン・フローレスだった。
父の弟にして、縁談係の当主代行。私の父が病がちなため、この十年、公爵家の縁組の実務はほとんどこの人が回している。柔和な目元、仕立てのいい灰色の上着、記憶より少し増えた白髪。幼い頃、菓子を土産に遊んでくれた叔父である。
「ご無沙汰しております、叔父様。王都のお屋敷にいらしたのでは」
「グランフェルト家との縁談が大詰めだからね。様子を見に来たのさ。……いやあ、しかし」
叔父は目を細めて、私を上から下まで眺めた。
「聞いているよ。メイエル商会の一件、お前の働きが大きかったそうじゃないか。相手の嘘が『視える』とは、まさに縁談係のために生まれてきたような才だ。兄さんが自慢するわけだよ」
「……恐れ入ります」
「チェイニー子爵の件もだ。質草の悪事を、お見合いの席から手繰ったそうだね。連敗記録どころか、王都の悪党の逮捕記録になりつつある。――ただねえ、フィオナ」
叔父は暖炉の火を眺めながら、世間話の調子のまま続けた。
「お前の眼の噂は、もう社交界の一部に届き始めている。『フローレスの娘の前では嘘がつけない』とね。便利な評判だが、便利な道具は、欲しがる者も出てくる。……気をつけなさい。才は、隠せるうちは隠すものだ」
「……はい。心に、留めます」
忠告として、まっとうだった。まっとうすぎて、かえって輪郭が掴めなかった。姪を案じる叔父の言葉なのか。それとも――「欲しがる者」の、下見なのか。
「グランフェルト卿との縁談は、どうかな。お嬢様のご様子は」
「良好、かと」
「そうかそうか。今度こそ纏まるといい。百三回目の正直だ」
叔父は朗らかに笑った。暖炉の火が、その笑顔を橙色に照らした。
私は笑い返しながら、迷っていた。
目の前の人を、視るべきか。
『鑑定』は、私の意志ひとつで起動する。視れば、わかる。仲介状の偽造に関わったのか。剣に双頭の蔦の紋を知っているのか。菓子の土産の記憶ごと、白か黒か、一瞬で。
――視ろ。プロなら視ろ。疑わしきは全員視てきただろう。
――視てどうする。黒だったら? 父の弟だぞ。この家ごと、どうなる。
喉の奥で、二人の私が組み合っていた。
「? どうした、フィオナ。顔色が悪い」
「いえ。……市場を歩き通しでしたので、少し」
「いけないいけない、引き止めたね。ゆっくりおやすみ」
叔父は私の肩を軽く叩き、扉へ向かった。
すれ違いざま、ふわりと、懐かしい匂いがした。焼き菓子の匂いだ。叔父の上着には、昔からこの匂いが染みている。王都の定宿の近くに馴染みの菓子屋があるとかで、幼い私への土産は、いつも決まって蜂蜜色の焼き菓子だった。家の誰より、まめな人なのだ。病がちな兄の名代を二十年、愚痴の一つも聞いたことがない。
その背中に、私は結局、『鑑定』を向けられなかった。
扉が閉まる、間際。
「ああ、そうだ」
叔父が振り向いた。柔和な目元は、そのままで。
「お嬢様の『趣味』のことだがね。グランフェルト卿はご存知なのかな? ほら、三番街の工房通いだの、夜分の外出だの――縁談の前だ、脇はしっかり締めておくれよ。縁談係の娘なら、ね」
扉が、閉まった。
私は暖炉の前に立ち尽くしていた。
三番街の工房通い。夜分の外出。
どちらも、知る者は限られる。とりわけ後者を――倉庫街の夜を知る人間は、この屋敷にはいないはずだった。
暖炉の火が爆ぜる。
考えすぎだ、という言い訳は、今度はもう、上手く喉を通らなかった。
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(第8話 了)




