# 第49話 埋め戻したい人々
妨害は、静かな形で始まった。
返還事業が二十件を超えた頃から、出張所に届く問い合わせの質が、変わった。「当家に関わる記録があれば、返還前に当主へ内々に」――そういった、体裁の丁寧な申し入れが、増えてきたのだ。
差出人を並べると、傾向が見えた。
「……古い家ばかりね。それも、王家に近い」
お嬢様が、申し入れの束を扇のように広げた。
「摘まれた縁の記録には、摘ませた側の名前も載ってる。誰が、誰の縁を、どんな都合で潰させたか。……返還は、被害者への詫びであると同時に、加害者の名簿の公開でもあるのよ。それに気づいた家が、慌て始めたわけ」
剪定録は、王家の脛の傷であると同時に、王家に取り入って他家の縁を潰させた古い貴族たちの、罪状録でもあった。返還が進むほど、その罪状が、遺族の手に渡っていく。
「陛下は『恥ごと返せ』と仰いました。ですが、恥をかくのは王家だけではない、と」
「そういうこと。……で、慌てた家の一部が、実力行使に出た」
その晩、出張所に、賊が入った。
幸い、綴りの原本は公爵家の金庫に移してあり、盗まれたのは写しの一部だけ。だが手口が、素人ではなかった。錠は破られず、見張りは眠らされ、目当ての綴りだけが正確に抜かれていた。
「……眠らされた見張りの証言、視ました」
私は、翌朝、報告した。
「賊は三人。うち一人の使った眠りの香に、術式の匂いがあります。……微弱ですが、あの『紗』と同じ系統の技術です」
お嬢様の目が、細くなった。
「――楽師以外に、あの技術を使う人間が、いる」
「はい。おそらく、かつて楽師が『調律』の下請けに使った、弟子筋か、道具の横流し先か。……五百年の器が一人でも、五百年ぶんの技術の欠片は、あちこちに零れています。それを拾って使う、小物が」
最古の道具は捕らえた。だが道具の落とした破片は、まだ世に散っている。第一章の隷属具の末端が、そうだったように。倒した親玉の後には、いつも、拾い屋が残る。
「――ちょうどいい機会よ」
お嬢様は、にやりと笑った。戦支度の笑みだった。
「返還を止めろと脅す家と、紗の破片を使う拾い屋。……この二つが繋がってるなら、一網打尽にできる。フィオナ、囮を撒くわよ」
囮は、一冊の綴りだった。
「王家の最も古い恥に関わる記録が、近く返還される」――そういう噂を、意図的に流した。実際にはそんな綴りは存在しない。だが、脛に傷持つ家々と、その用心棒の拾い屋にとっては、絶対に世に出したくない一冊、ということになる。
餌に、食いついたのは、三日後だった。
偽の綴りを移送する馬車を、覆面の一団が襲った。待ち構えていたのは、公爵家の私兵と、休暇で王都に戻っていたユリウス様。
「――お待ちしていました。手荒な返却は、受け付けておりません」
制圧は、鮮やかだった。捕らえた一団の中に、紗の破片を使う「拾い屋」がいた。かつて調律師の下働きをしていた、破門の弟子。そして彼を雇っていたのは、返還に怯える古い伯爵家の名代――申し入れの束の、差出人の一人だった。
繋がった。返還を止めたい旧家と、五百年の技術の残党。糸は、一本だった。
「――陛下に、報告します」
お嬢様は、捕らえた者たちを引き渡しながら、静かに言った。
「返還事業を妨害する動きがあること。そして、それが『紗』の技術の残党と繋がっていること。……これは、私たちだけの手に負える話ではなくなりました。王家として、五百年の技術の破片を、根こそぎ回収する必要がある」
――数日後、王宮からの返答は、意外な形で来た。
国王陛下は、返還事業に「王家の名において」正式な保護を与えた。妨害する者は、王家への叛意と見なす、と。同時に、散逸した「紗」の技術の回収を、公式の事業として立ち上げ――その主任調査役に、小箱堂を、指名した。
「……国家事業の、下請けね」
辞令を眺めて、お嬢様は複雑な顔をした。
「呪具回収の店が、いつのまにか、王家の掃除屋になってるわ。……道具は人を助けるためにあるって、始めた店なのに」
「掃除も、人を助ける仕事です」
「屁理屈ね。……でも、嫌いじゃないわ、その屁理屈」
返還編の妨害は、こうして、より大きな事業へと裏返った。
摘まれた縁を返す仕事は、いつのまにか、五百年ぶんの傷を掃除する仕事になっていた。手に負えないほど、大きく。
――そして、その大きさが。
就任式を目前に控えた私たちに、もう一つの意味を、突きつけてくることになる。
女公爵レティシア・オールウィンは、いまや、王家の古傷を掃除する事業の、責任者だ。その責任者の「伴侶」が誰であるかは――もはや、公爵家一つの、私事では、済まなくなっていた。
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(第49話 了)




