# 第41話 評決と、墓守の辞めかた
地下から戻った私たちを待っていたのは、剣を提げた騎士団第二席の、心底ほっとした顔だった。
「――ご無事で。上も、収まりました。妙な唸りが床から立ち上がった時点で、俺の一存で陛下の周りを固めましたが……止んだのは、お二人の仕事ですね?」
「経緯は長くなります。ひとまず、この方の身柄を」
調律師は、抵抗しなかった。近衛に囲まれても、灰色の外套の男はただ静かに立ち、五百年ぶりに演奏をやめた手を、所在なげに下げているだけだった。
――その日の夕刻、私たちは小さな謁見の間に、呼ばれた。
国王陛下と、私たちと、公爵閣下。近習は人払いされ、代わりに卓の上には、地下から持ち帰った石の書と、剪定録の綴りが置かれていた。
私たちは、すべてを話した。建国の装置のこと。五百年の器のこと。剪定録のこと。玉座の横に立っていた、墨色の侍従長のこと。
陛下は、長いこと、黙って聞いた。澄んで、疲弊の澱の濃い色のまま。そして聞き終えると、深く、息を吐いた。
「……三十年、玉座に座って、ずっと妙だった。何かが、この宮のどこかで腐っている。臭いはするのに、在り処が掴めん。掴もうとするたび、書類は整い、人は穏やかで、問いだけが、行き場を失う。――そういうことだったか。腐臭の元は、建国の礎の下か」
侍従長は、即日、職務を解かれた。取り調べには、調律師が証言に立つという。五百年の器の証言を、法がどう扱うのかは、前例のない仕事になる。前例のない仕事は、最近、この国に増えている。悪いことではないと思う。
剪定録の処遇について、陛下は私たちに問うた。焼くべきか、封じるべきか、と。
「――返すべきです」
答えたのは、お嬢様だった。
「あの書庫の一冊一冊は、王家の帳簿である前に、誰かの人生の記録です。摘まれた縁の遺族は、大切な人が『なぜ消えたのか』を、百年、知らされずにきました。……返すのです。一冊ずつ、調べて、遺された人に。王家の恥ごと」
「恥ごと、か」
「恥は、隠すと腐りますが、返すと詫びになります。陛下」
陛下は目を閉じ、それから、ほんの少しだけ、疲弊の色の薄れた顔で、言った。
「――剪定録の返還を、オールウィン家と、フローレスの眼に委ねる。王家の詫び状は、一冊ごとに、余の署名で添えよう。……長い仕事になるぞ」
「長い仕事は、慣れております。うちは、そういう店ですので」
――評決の結果は、翌朝、正式に告示された。
賛成五、反対二。
女子継承特例、適用。レティシア・オールウィン、公爵家次期当主に内定。
票の内訳は非公開が慣例だが、評定の間で起きたことは、傍聴人の口から、その日のうちに王都を駆け巡った。評決の直前、最年長の評定官が発言を求め、立ち上がって、こう言ったのだ。
「四十年前、わしは『先例なきことを恐れる議場は墓場である』と申した。以後三十年のわしは――思い返せば、立派な墓守であった。何をどう黙ってきたのか、霞んで思い出せんのが、また情けない。……だが今日、候補者の陳述で、昔のわしの声を聞いた。よって、宣言する」
老いた獅子は、賛の札を、高く掲げたという。
「わしは本日、墓守を辞める」
紗は、まだ完全には解けていない。三十年の霞が晴れるには、北の領と同じで、時間がかかるだろう。それでも、あの人は自分の声で、自分の一票を投じた。同意なき手当てをしなかった私たちの賭けは――いや、賭けたのは私たちではない。四十年前の彼自身だ。彼が昔の彼に、勝手に応えたのだ。それでいい。それが、いちばんいい。
バーナビー従叔父は、告示の場で一礼し、「……見事な戦であった。当主の器、とくと拝見する」とだけ言って、退出した。敵ながら、負けかたは、綺麗だった。次に何か仕掛けてくるとしても、正面からだろう。正面からなら、いくらでも受けて立てる。
――王宮からの帰りの馬車は、夕焼けだった。
石の書は王家預かり、剪定録の返還事業は小箱堂の新しい台帳に、調律師の「修理」は長い長い診療簿の一頁目に。戦の後片づけの目録を頭の中で繰っていた私の向かいで、お嬢様が、窓の外を見たまま、言った。
「フィオナ」
「はい」
「……終わったわよ、全部。表も、地下も」
「はい。終わりました」
「なら」
夕陽の逆光の中、お嬢様がこちらを向いた。耳が、赤かった。逆光でも、わかるくらい。
「――聞いてほしい話、まだ有効よね」
馬車の車輪が、石畳を規則正しく叩いていた。
千の席を捌いた私の心臓が、生涯で一番、不規則に鳴っていた。
「……有効です。逃げないと、申し上げました」
「よろしい。じゃあ――温室で。いつもの席で」
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(第41話 了)




