# 第38話 三度目の評定・獅子の声
評定当日の朝は、検分から始まった。
国王臨席の評定の間。公爵家の申し入れによる「魔導具検査」は、バーナビー派の渋面の見守る中、粛々と行われた。私が検波器を袖に、会場をゆっくり一巡する。玉座の背後、勲章壁の飾り燭台の一つで、針が微かに震えた。分解すると、台座に南方削りの核石。即刻、撤去。
「――一つ、見つかりましたね」
「ええ。……一つ『しか』見つからなかったのが、気に入らないけど」
お嬢様の懸念は、私のものでもあった。鐘一つで領を整える男が、燭台一つで済ませるはずがない。これは検査への「お付き合い」だ。本命は、検波器の効かない場所か、効かない形で、どこかに。
それでも、開演の刻は来る。
――正午。評定の間に、国王陛下が臨御した。
当代国王は、六十絡みの、彫りの深い人だった。玉座に納まる所作は端正で、色は――視た。澄んでいる。疲労の澱は濃いが、紗も墨もない。ひとまず、胸を撫で下ろしかけて。
止まった。
王の斜め後ろ。侍従長の位置に立つ、初老の男。
墨、だった。
鑑定除けの、あの纏った鎧の墨。王宮の、玉座の真横に、視えない男がもう一人、静かに立っている。王家の影の、管理者。北西の鍵を「持たされている」側の人間が、あれか。
私は扇の陰で、お嬢様にだけ伝わる角度で、視線を送った。伝わった。青の瞳が、一瞬だけ細くなった。
評定は、始まった。
バーナビー従叔父の最終弁論は、集大成だった。先例の薄さ、婿取りの伝統、家門の安定、そして「若い娘の一時の気概に、公爵家百年を賭けるのか」という、年長者の顔をした締め。傍聴席の年配層が、幾人か頷く。正直、弁論としては、彼の生涯最高の出来だった。
「候補者、最終の陳述を」
お嬢様が、立った。
「評定官各位、ならびに――陛下。私からは先例の話を、一つだけ」
深い青の襟を正し、彼女は、七つの椅子の最年長を、まっすぐに見た。
「四十年前、この王宮の貴族院で、ある議員がこう演説されました。議事録より、そのまま引きます。――『先例がないと言って退けるのなら、この国の先例とやらは、誰がいつ作ったのか。最初の先例を作った者は、皆、先例なき者だった。先例なきことを恐れる議場は、議場の顔をした墓場である。諸君、我々は墓守か、それとも生きた国の番人か』」
評定の間が、静まり返った。
法服の官僚が、目を見開いていた。傍聴席の古株たちが、ざわりと、記憶を探る顔になる。そして――
七人目の椅子で、ハワード侯爵の指が、肘掛けを、掴んだ。
「この演説は当時、若手議員の無謀と嗤われ、しかし十年後、街道法の大改正として実を結びました。演説の主は、その後も数々の『先例なきこと』をこの国に根づかせた――評定官、ハワード侯爵。あなたです」
老侯爵の顔から、三十年物の穏やかさが、剥がれかけていた。
視えていた。灰色の紗の内側で、何かが、激しく、爪を立てているのが。四十年前の自分の声に、三十年黙らされてきた何かが、応えようとしているのが。
「私が本日求めているのは、女子継承という新しい先例です。恐れる方も、おいででしょう。ですが四十年前のあなたの言葉を、私は信じます。――先例なきことを恐れる議場は、墓場である。私は、この国が墓場だとは思っておりません。この評定の間に、墓守はいないと、信じております」
陳述、終わり。一礼。
沈黙は、長かった。
破ったのは、しわがれた、低い声だった。
「……懐かしい、演説だ」
ハワード侯爵が、口を開いていた。三十年ぶんの埃を払うような、ゆっくりした声で。
「あれを言った日のことは、覚えておる。……不思議なことに、あの日より後のことは、どうにも、霞がかかったように……わしは、いつから、こんなに……」
紗が、ほつれていた。破れてはいない。だが確かに、内側から、ほつれていた。議場がざわめき、法服の官僚が発言の趣旨を問い、侯爵は「いや、失礼。……独り言だ」と首を振った。振ったが、その目には、四十年前の獅子の光が、確かに一粒、戻っていた。
「――答申の評決に移る。評定官は、札の用意を」
議長の声が、評決を宣した。
七人の手が、賛否の札に伸びる。私は袖の内の検波器を握り、会場の全周へ、最後の神経を張った。仕込みがあるなら、動くのは今だ。全員の注意が、札に吸われる、この瞬間――
鳴った。
検波器の針が、振り切れた。
だが、音の来る方角が、おかしかった。壁でも、天井でも、燭台でもない。
下だ。
床の、遥か下。石の底から、骨に伝う低い低い唸りが、昇り始めていた。評定の間の大理石が、微かに、鳴いている。
――地下の楽譜を、取りに行く。
あの男は、もう、動いていた。表の評決と、寸分違わぬ、同じ刻に。
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(第38話 了)




