# 第34話 評定の間、灰色の椅子
王宮からの召喚状は、南の港から戻った五日後に届いた。
『オールウィン公爵家家督相続、女子継承特例の適用審理につき、当主候補レティシア・オールウィンの出頭を命ず。評定は三度に分け、王宮評定の間にて行う』
「三回勝負、ね」
公爵家の書斎で、お嬢様は召喚状を作業台の図面みたいに広げた。隣で公爵閣下が、この数月ですっかり板についた「娘の相棒の上司」の顔で、敵情を並べていく。
「評定官は七名。うち二名は法服の官僚で、法理しか見ない。ここは条文で取れる。問題は残る五名――貴族院側だ。そして反対派の急先鋒が、身内から出た」
「バーナビー従叔父様、でしょう」
お嬢様が、先に言った。
バーナビー・オールウィン。傍系の従叔父で、当年五十二。オールウィンに男子なくば我が息子を婿に、と十年来主張してきた人である。娘の縁談が百三連敗する間、あの一派がどれほど「それ見たことか」を重ねてきたか、縁談係の見習いは帳面の裏側でよく知っていた。
「向こうの筋書きは読めるわ。一つ、女子継承は先例が薄い。二つ、当代候補は社交界の変わり者。三つ――」
お嬢様は、ちらりと私を見た。
「三つ。候補者は、大罪人の家の娘を側に置いている」
……そこを突かれることは、覚悟の上だった。
ギデオン・フローレスの罪は王都の知るところであり、その姪が公爵家の事業の「調査主任」に収まっていることは、突く側から見れば、これ以上ない金脈である。私が退けば争点は一つ減る。この数日、私はその算段を、口に出すべきか、ずっと迷っていた。
「言っておくけど」
迷いを視たわけでもないだろうに、お嬢様は先回りした。
「あなたを下げる選択肢は、最初からないから。夜会で百二十人を救ったのは誰の告発か、王都は覚えてる。フローレスの名は、恥じるどころか、うちの陣営の勲章よ。――堂々と、隣にいなさい」
「……相棒命令ですか」
「当主命令の、練習」
言い返せなかった。
援軍の手配も、抜かりなかった。夜会の証人筆頭たる老伯爵夫人が、貴族院の茶会で「呪い断ちの薔薇」の武勇伝を語り歩いてくれている。北のノルデン子爵は、領を挙げての感謝の上申書を評定に提出した。ユリウス様からは辺境から一筆、『騎士団第二席として、候補者の器を保証する』。三月の働きが、そのまま票田になっていた。
評定は三度。公爵閣下の調べでは、一度目が「身辺と資質」、二度目が「実績と領政の見識」、三度目が「王家の裁可」――最後は国王臨席の場で、評定官の答申に王家が是非を添える。つまり二度目までに答申を固め、三度目は儀式にしてしまうのが、勝ち筋である。
そしてもう一つ、私にはこの三度の登城に、裏の仕事があった。
「随行員には、王宮書庫の閲覧札が出るわ。『継承の先例調査』の名目でね」
お嬢様が、閲覧札の写しを、私の前に滑らせた。
「女子継承の先例を漁る調査主任が、書庫に日参する。誰も怪しまない。……で、書庫の司書に世間話でもしながら、地下への階段が、どの棚の裏にあるのかを探るの。剪定録は急がない。三度の登城、丸ごと使っていいから」
「表の評定の資料調べも、本業として、きちんとやりますが」
「当然よ。先例は本当に要るもの。――一粒で二度おいしい、って言ったでしょ」
――そして評定、初日。
王宮は、初めて入る私にとって、白すぎる建物だった。磨かれた大理石、天井の高い回廊、等間隔の衛兵。評定の間は半円形で、七つの高い椅子がこちらを見下ろす造りになっている。
バーナビー従叔父の初手は、読み筋のど真ん中から来た。
「――評定官各位。候補者の器を云々する前に、まず身辺を見られよ。候補者が『調査主任』なる役目で側に置く娘は、あのギデオン・フローレスの姪。公爵家転覆を謀った大罪人の血族を、次期当主が枢要に据える。この一事だけでも、判断力を疑うに足りましょう」
傍聴席の空気が、ざわりと私に向いた。値踏みの視線の雨。前世の千の修羅場で浴び慣れたはずのそれが、今日は少しだけ、重かった。
「お答えしても?」
お嬢様の声は、涼やかだった。
「従叔父様の仰る大罪人を告発し、百二十人の前で罪を暴いたのは、ほかならぬその姪です。身内の罪から目を逸らさず、証拠を集め、衆目の前で断罪する――評定官各位。私はこれを『判断力の欠如』ではなく、当家が最も必要とする廉直と呼びますが、法理ではいかがでしょう」
法服の評定官の一人が、口元だけで頷いたのを、私は見た。
初日の攻防は、五分。いや、六分こちら、というのが公爵閣下の見立てだった。
――だが私の初日の収穫は、攻防の外に、あった。
評定の間で、私は職業柄、七つの椅子を、視ていた。
法服の二人、澄んだ事務の色。バーナビー寄りの二人、濁った打算。中立の二人、慎重な灰味の――いや。
七人目。
最年長の評定官、王家の縁戚にあたる老侯爵。その色が、おかしかった。
濁っているのではない。薄いのだ。喜怒哀楽の上に、紗が一枚。見覚えのある、灰色の紗が。
北の領で、千人に視たのと、同じ色。
退出の回廊で、私はお嬢様の袖を、そっと引いた。
「……レティシア様。評定官の七人目。紗が、かかっています」
お嬢様の足が、止まった。
「王宮の、中に?」
「はい。それも古い。北の領の三年より、ずっと深く馴染んだ紗です。……あの方は、いつからああなのか」
白い回廊の先、評定の間の扉を、私たちは同時に振り返った。
鐘一つで領一つを整える男の言う、大きな調律。
その楽譜の一頁目は、もしかすると、とっくの昔に、この白い建物の中で鳴り始めているのかもしれなかった。
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(第34話 了)




