表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
24/33

# 第24話 小箱堂、開店


 事件から三月が経ち、季節はひとつ進んだ。


 オールウィン公爵領の南の街道沿い、王都から馬車で半日の丘の上に、その工房は建った。


 母屋は石造りの平屋。看板は木の一枚板に、焼き印がひとつ。翼を広げた、小鳥の意匠である。


「――『小箱堂』。本日、開店!」


 朝の光の中、店主が高らかに宣言した。作業着姿の公爵令嬢という、王国広しといえどここにしかいない光景だった。


「改めて伺いますが、屋号の由来は」


「歌う小箱と、私たちの最初のオルゴールからに決まってるでしょ。あと語呂」


「看板の小鳥は」


「かわいいから」


 即答だった。翼の欠けた飴細工から始まった意匠が、銀の耳飾りを経て、ついに屋号の焼き印まで出世したことについて、店主から詳しい説明はなかった。私も、求めなかった。説明されたら、こちらの耳が保たない。


 小箱堂の業務は三つ。銘を消された魔導具の鑑定と持ち主捜し。呪具の回収と無害化。そして、普通の修理。三つ目が入っているのは店主の強い希望で、曰く「呪具ばっかり触ってたら手が荒むのよ。普通に直して、普通に喜ばれる仕事がないと」。


 職人は、ガンツ工房から親方の一番弟子が一人。帳場と調査は、私。公爵家の事業ゆえ経理には家令が目を光らせ、警備には夜会の一件以来お嬢様に心酔した私兵が二名、交代で詰めている。


 私はといえば、フローレス家から正式に出向の形を取った。役職名は、半年ごねた末に勝ち取った「調査主任」である。当初の案は「相棒(常勤)」だった。書類に書けるかそんなもの。


「フィオナ、開店祝いの荷が届いてるわよ。三番街から樽で」


「樽? ……ああ、揚げ芋用の油ですね。親方らしい」


「あと騎士団からも何か来てた。剣の手入れ油と、辺境の砥石ですって。『工房に置いておくと客が来る』って手紙に」


 ユリウス様は昨月、辺境の駐屯地へ栄転した。手紙は季節に一度、近況と、時々こちらの身を案じる短い一文。あの人らしい距離の取り方だった。


 ――そんな具合に、日常は、いい形に回り始めていた。


 回り始めていたから、余計に、私は懐の紙片のことを忘れられずにいた。


『北の家は、まだ「在る」。 ――盤は一つではない』


 あの夜、お嬢様には全部見せた。二人で検分し、二人で王都の調べに照会もかけた。だが北部の「在ることにされた家」――ノルデン子爵家は、公爵家の力をもってしても、書類の壁の向こうから出てこなかった。管轄違いの領、完璧な納税記録、訪ねる口実のなさ。手を出せないまま、三月が過ぎた。


 その壁に穴が開いたのは、開店から十日目の午後だった。


「お客さんよ、フィオナ。……子どもだけど」


 帳場に呼ばれて出ると、店先に、旅装の少女が立っていた。


 年の頃は十二、三。仕立てのいい外套は裾が泥に汚れ、目の下には濃い隈。少女は帳場の前で背筋を伸ばし、旅の埃より濃い疲れの滲む声で、けれどはっきりと言った。


「こちらは、呪いの道具を、なんとかしてくださるお店と伺いました」


「ええ。扱いは店主の検分次第だけど。……あなた、どこから来たの」


「北部の、ノルデン子爵領から」


 帳場の空気が、止まった。


 お嬢様と私は、顔を見合わせなかった。見合わせるまでもなかった。


「私、ノルデン子爵家の長女で、エマと申します。……その、うまく言えないのですが」


 少女は一度、唇を噛んだ。言葉を選んでいるのではない。信じてもらえる言い方を、探しているのだ。この三月、誰にも信じてもらえなかった顔だった。


「三年前から、父と母が、私の知らない人になりました」


 視た。


 少女の色は、疲労と恐怖の膜の下で、必死に燃えていた。嘘の色は、どこにもない。


「顔も声も、父と母のままです。私を叱るし、食事も一緒にします。でも……母は、庭の薔薇を全部抜きました。あんなに大事にしていたのに、『効率が悪い』と言って。父は笑わなくなりました。怒りもしません。領の人たちも、少しずつ、同じになっていきます。まるで――」


「――誰かに、命令を刻まれたみたいに?」


 お嬢様が、静かに引き取った。


 少女は目を見開き、それから、堰が切れたように頷いた。


「誰に言っても、気のせいだと。娘の反抗期だと。でも、王都で噂を聞いたんです。『呪い断ちの薔薇』の話と、このお店の張り紙の話を。それで、その……家の者に嘘をついて、商隊に紛れて、五日かけて」


 十二、三の子が、刻まれた家から一人で逃げて、五日。


 その決断の重さを思うと、胸の奥が軋んだ。三年前に消えた四人目の縁談相手、ノルデン子爵。書類の上だけで「在ることにされた」家には、書類に載らない、生きた娘がいたのだ。刻まれずに。おそらくは――幼すぎて、刻む価値がないと見なされて。


「エマさん。一つだけ、確認させて」


 私は帳場を出て、少女の目の高さに膝を折った。


「そのお話、うちが引き受けたら、あなたのお家と領は、王都の大きな調べにかかることになる。お父様とお母様が元に戻る保証は、正直、まだできない。それでも?」


「――はい」


 即答だった。


「戻らなくても、いいんです。ほんとうのことが知りたい。それに」


 少女は、疲れ切った目に、最後の火を灯して言った。


「母の薔薇を抜いたのが母じゃないなら、私は、母の代わりに怒らなきゃいけないので」


 ――ああ。


 隣で、店主が動く気配がした。見なくてもわかる。作業着の袖をまくる音がした。この店の店主は、こういう子を、放っておける造りをしていない。


「よく言ったわ、お嬢ちゃん。採用」


「さ、採用?」


「依頼を、って意味よ。――フィオナ、店を三日閉める算段と、お父様への手紙。北部行きの口実は『小箱堂、地方巡回鑑定の旅』でどう?」


「巡回鑑定。……使えますね。呪具回収事業の視察名目なら、公爵家の紋も出せます」


 三月、開かなかった北への扉が、内側から叩かれた。


 罠の匂いは、する。紙片の主が誘っている可能性も、消えてはいない。それでも――目の前で怒っている十二歳を追い返す選択肢は、この店には、最初から置いていないのだった。


 小箱堂、開店十日目。


 記念すべき最初の大口依頼は、三年間「在ることにされた」家の、真実の調査である。


---


(第24話 了)


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ