# 第23話 予約席
事件から、ひと月が経った。
王都は次の醜聞に乗り換え、公爵家の門前から詮索の馬車は消えた。百燈のシャンデリアは王都削りの核で組み直され、フローレス家の評定は「当主の家職は当面存続、ただし王都の監督下に置く」という中間の裁定で、ひとまず宙吊りの半分だけが地に降りた。父は病床で「お前が家の看板を洗い直してくれた」と笑った。泣いているのと、半分ずつの顔で。
叔父の裁きは、まだ先になる。面会は、許されていない。
許されたら何を話すのか、私はまだ決めていない。決めないまま、あの最後の言葉だけが、時々、胸の底で疼く。呪いとは、そういうものなのだろう。解き方は、たぶん時間ではなく、生き方の側にある。
――そして本日、三番街、ガンツ工房。
「リティ! 三十七番の懐中時計、持ち主が分かったぞ。七番街の楽士のばあさんだ」
「よし来た! フィオナ、台帳!」
「三十七番、確認しました。亡くなったご主人の形見、と証言記録も一致します」
工房の店先は、ここひと月、臨時の「返還所」と化していた。
張り紙は一枚。『銘を消された魔導具、持ち主を捜しています』。それだけで、王都中から人が来た。品を捜す人、噂を聞いた人、そして「うちの質流れも、もしや」と恐る恐る覗く人。店先には長椅子が三脚増え、親方の弟子たちが番号札を配り、揚げ芋の屋台がなぜか隣に常設された。商魂であるが、待ち時間の子どもが泣き止むので、誰も文句を言わない。
チェイニーの蔵から押収された数百点の魔導具を、元の持ち主へ返す作業である。銘を削られた品ばかりだから、照合は難航を極めた。だがお嬢様は「銘は消えても、手が覚えてる」と言い張り、修理痕、使い込みの癖、部品の合わせの個性から、一点ずつ持ち主を割り出していく。私は縁談係の調査網で持ち主側の証言を集め、突き合わせる。
道具と人の、縁組だった。
千組結んだ前世のプロが言うのだから間違いない。これは紛れもなく、縁談の実務である。しかも成婚率――もとい返還率は、現在九割二分。私の生涯成績を上回る勢いだった。
「五番街の大時計も、来週には店に戻るんだと」
炉端で茶を啜りながら、親方が目を細めた。
「親父さん、店を再開するそうだ。倅と二人でな。……時計の音を聞いた途端、あの人、床にへたり込んじまってよ」
「そう。……ん、よかった」
お嬢様は手元の照合作業から顔も上げずに答えたが、口元だけは、隠しようもなく緩んでいた。
ロウ子爵の刻印の解除は、術師院で三段階目まで進んだという。三年ぶんの空白は戻らないが、「体が勝手に動く」ことは、もうない。クレイン修士は僧院に残ることを自分で選んだ。今度こそ、自分で。春の記憶の代わりに、剣の素振りを朝の日課に加えたと、便りにあった。
選び直せる人から、選び直していく。
世の中は、そういうふうにも、できている。叔父に教えてあげたい発見だった。
――昼下がり、屋敷に戻ると、私宛てに一通の手紙が届いていた。
差出人、なし。封蝋、なし。
嫌な予感とともに開くと、中身は一枚の紙片だった。文面は、短い。
『北の家は、まだ「在る」。 ――盤は一つではない』
署名の代わりに、隅に小さく、見覚えのある焼き印。剣に絡む、双頭の蔦。
背筋が、冷えた。
消えた四人目。書類の上だけで「在ることにされた」北部の一家。あれは、放置された残骸ではなかったのだ。まだ動いている盤の、駒のままなのだ。そして墨色の男は――叔父の駒ではなく、叔父もまた、より大きな盤の駒だった可能性を、この一枚は突きつけてくる。
紙片を検めた。紙質、インク、折り癖。挑発か、警告か、それとも……内通か。差出人の意図は、視る相手がいなければ視えない。
「――フィオナ! いる?」
温室から、いつもの声が飛んできた。
私は紙片を懐に納めた。今夜、話そう。隠し事は、もう、しない約束だから。
「参ります!」
温室では、お嬢様が作業台に大判の紙を広げていた。返還作業の進捗表――ではなかった。見慣れない図面である。
「見て。次の計画」
「……これは?」
「工房よ。うちの領地に建てるの。銘を消された魔導具の鑑定と修理、専門の。返還作業、あと数十点で終わるでしょ。でもね、蔦の連中が三年で流した呪具は、まだ王国中に散ってる。回収して、直して、返す。その拠点」
お嬢様は図面の一角を、とん、と指した。工房の母屋の隣、小さな別棟。
「で、ここがあなたの部屋。持ち主の調査には、縁談係の網と、嘘の視える眼が要るもの。……公爵家の事業として、お父様の決裁は取ってある。当主の器とやらの、初仕事よ」
女公爵への道を、この方はこの方のやり方で歩き始めるらしい。書斎で置かれたあの言葉を、玉座ではなく工房の図面に変えて。
「私の配属は、決定事項なのですね」
「相棒命令」
「……その命令系統、そろそろ正式な役職名を要求します」
「考えとく。じゃ、決まりね」
お嬢様は図面を丸め、にっと笑った。悪童の顔で。夕陽が温室の硝子を透かして、銀の髪を橙に染めていた。
懐の紙片は、今夜見せる。北の盤の話も、墨色の糸も、これからの戦いも。
でも、あと少しだけ。この夕暮れの数分だけは、次の計画にはしゃぐこの人の横顔を、黙って見ていたかった。
――伝説の結婚相談員、転生後の戦績、最終確認。
担当令嬢、百三連敗。うち、逮捕による破談が三件、騎士の不戦敗が一件。特記事項、当分の縁談予定なし。
なお、当の縁談係はと言えば――生涯最後の一組のために、席をひとつ、予約したところである。
席が温まるまで、何年でも。なにせプロの席は、壊れないと評判なのだ。
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(第23話 了)




