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# 第14話 呪いの核を、灯りに変える



 夜会までの二週間、温室は工房と化した。


 昼の私たちは、模範的だった。お嬢様は婚約準備の令嬢を演じ、採寸に応じ、招待状の文言に頷き、叔父の差配を「ご苦労さま」と労った。私は縁談係の見習いとして名簿を清書し、式次第を運び、何食わぬ顔で警備計画の写しの在り処に目星を付けた。敵の屋根の下で敵の祝宴を手伝いながら、その裏で牙を研ぐ。神経の磨り減る二重生活である。


 だから夜の温室は、息継ぎの場所でもあった。


「フィオナ、三番の螺子! あと核石の台座、押さえてて」


「はい。……本当に、できるのですか。鑑定除けを破る道具など」


「できるかじゃないの。作るの」


 作業台の中央には、押収品の腕輪から摘出された禁術の核が、封じの水盤に沈めてある。命令を刻む型の精神干渉回路。レティシア様は十日がかりでその術式を丸裸にし、逆向きに組み直そうとしていた。


「あの墨色はね、たぶん核石と同じ理屈よ。外側に飾りの回路を纏わせて、本体を覆い隠してる。人の心に、偽の外装を被せてるの。なら――外装だけ選んで揺らす波を当てれば、一瞬だけ、剥がれる」


「剥がれると、どうなるのです」


「あなたの眼なら、視える。中身が」


 理屈は、そういうことらしい。らしい、というのは、理屈が形になるまでの道のりが、まるで平坦ではなかったからである。


 試作一号は、点火三秒で核が焼き切れた。


 試作二号は、波が強すぎた。半径十歩どころか温室全体に共振が走り、棚の魔導灯が三つ悲鳴を上げて消え、分解途中の暖房具が勝手に唸り出し、ついでに私は三日ぶんの頭痛を貰った。精神の「外装」を揺らす波は、生身の頭にもそれなりに障るのだ。


「……レティシア様。次の試験は、せめて私を十歩の外に出してからに」


「ごめんって。でも収穫よ、波の質は合ってた。あとは絞るだけ」


 目の下に隈を飼った顔で、お嬢様は笑った。僧院から戻って以来、この方の工房時間は目に見えて長くなっていた。怒りを、手を動かすことに変換している。十三年見てきた私には、わかる。あの馬車の中の震える拳が、いま螺子を回している。


 試作三号の調整中、ふと、お嬢様の手が止まった。


「……ねえ、フィオナ。私、いま呪具を作ってるのかしらね」


「? 鑑定除けを破る道具、では」


「材料の話よ」


 水盤の中の核を、お嬢様は見下ろした。


「この核、元は誰かの家宝だったかもしれないのよね。銘を削られて、南方式に削り直されて、人の心を縛る部品にされた子。それをまた私が刻み直して、別の道具に組み込んでる。……この子の一番最初の持ち主が見たら、どう思うかしらって」


 珍しい迷いだった。道具のこととなると即断即決のこの方が、手を止めるほどの。


 私は少し考えて、プロの流儀で答えることにした。つまり、正直に。


「――前世の話をしてもよろしいですか。と言っても、私の勤め先の、ありふれた話ですが」


「聞くわ」


「破談の席の作法、というものがございました。縁談が壊れるとき、壊れ方が悪いと、人は縁そのものを憎むようになります。次の縁を、結べなくなる。ですから私どもは破談の席でこそ、丁寧に働きました。この縁は結ばれなかったが、あなたの結ぶ力は損なわれていない、と――席の壊し方ひとつで、人の次が変わるのです」


「……それが、この子と何の関係が」


「道具も、同じではないかと。この核は一度、最悪の壊され方をしました。銘を消され、呪いに使われた。ですが、いまあなたの手の中で、人の心を縛る側から、縛られた心を照らす側へ、作り替えられようとしている。……それは呪具作りではなく、あなたの言葉でいう『修理』だと、私は思います。壊されたのは核の役目で、あなたはその役目を、直している」


 お嬢様は水盤の核を、しばらく黙って見ていた。


 やがて、ふ、と息を吐いて、工具を握り直した。


「――役目の、修理ね。ん、いい言葉。貰っておく」


 手つきから、迷いが消えていた。


「決めた。この子の一番いい仕事を、最後にさせてあげる。人の心に被せられた嘘を、剥がす仕事よ。呪いの部品で終わらせるもんですか」


 試作三号の試験は、夜会の四日前に行われた。


 といっても、本物の「墨」は手元にいない。代わりにお嬢様は練習台を拵えた。ただの魔導灯の光に、囮の術式――偽の外装を一枚、被せたものである。私の眼には、それは「中身の視えない灯り」として映った。理屈の上では、墨の縮小版だ。


「いくわよ。数えて」


 点火。音のない波が、温室に満ちる。


 一、二――囮の外装が、揺れる。三、四――めくれた。灯りの中身、ただの純朴な光の色が、私の眼にはっきりと透けた。


「――視えます。中身、視えました!」


「何秒?」


「めくれていたのは……六秒。その後閉じました」


「十秒は保たせたいわね。共振の持続をもう少し――」


 言いながら、お嬢様はもう工具を握っている。だが私は、その横顔が一瞬だけ緩んだのを見逃さなかった。三週間ぶんの隈と、僧院からの怒りと、二度の試作の失敗の上に、ようやく灯った小さな成功だった。


「……お見事です、レティシア様」


「ん。でもまだ六秒」


「六秒でも、です。呪いの核が、いま初めて、嘘を剥がす側の仕事をしました。……役目の修理、成功です」


 お嬢様は工具を握ったまま、少しだけ黙って、それから「ふふん」といつもの調子で胸を張った。耳が、少し赤かった。


 完成したのは、夜会の三日前だった。


 手のひらに収まる、ランタンを模した銀細工。点火すると、目には映らない波が半径十歩に満ちる。外装の術式だけを共振で揺らす、鹵獲技術の逆輸入――いや、お嬢様の言葉を借りるなら、役目を修理された、元・呪いの核。


「名前は『照心灯しょうしんとう』。心を照らす灯。――いい名前でしょ」


「趣味と実益と語呂が揃うと、本当に活き活きなさいますね……」


 制約は二つ。一回の点火で保つのは十秒。そして、再点火には丸一日かかる。つまり夜会の晩、使える機会はたった一度きり。誰に、いつ向けるか。その判断は、視る眼を持つ私に委ねられた。


 十秒。一度きり。


「重いですね、これは。……外したら、と考えると」


「外さないわよ、あなたは」


 お嬢様は照心灯を布で磨き上げ、こともなげに言った。


「千人視てきた眼と、十三年ぶんの私の目利き。二つ揃って外すなら、それはもう、外れる運命だったってこと。――そのときは二人で頭を下げて、二人でやり直すだけよ」


 二人で、の一言が、重さの半分を持っていった。


 責任の残り半分は、胃の腑に納めた。断る選択肢は、相棒命令により、最初から存在しなかった。


---


(第14話 了)


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