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 サトリが死神だと思ったのは、父親の最上裕一郎もがみゆういちろうだった。顔を見合わせて、お互いに驚いた顔をしていた。


「父さん、随分と帰りが早いね」

「あぁ、たまにはな」


 サトリが死神だと錯覚するのも無理はない。警視庁から警察庁の警備局に出向している彼は役人ではなく、今でもテロ事件が発生したら現場に臨場するような異端者だ。


 強行的な手段をいとわないこともあり、現場で必ず犠牲者が出るので「死神裕一郎」と半ば本気で呼ばれている。


 四十代の半ばで白髪がないのは生まれつき、その黒々とした髪をポマードでガッチリ固め、常に鋭い眼光を飛ばしているのだった。


「音楽が聴きたくて」

「死と乙女」


 長い曲なので、まだ流れていた。


「勝手にすいません」

かまわない」


 ヨミは俯いたまま微動びどうだにしなかった。


「最後まで聴いてもいいかな?」

「先に風呂でも入るか」


 戻り掛けたところで、サトリが呼び止める。


「父さん」


 父親が無言で見つめる。


「DB事件って知ってるよね?」

「おまえこそ、よく知ってたな」

「周りで似た事件が起きたんだ」

「そのようだな」


 テロ対策本部の室長を勤める最上裕一郎は既に知っていた。


「尋ねても教えてくれないのは理解している。だから自分で調べるよ。迷惑を掛けないから、死神事件について捜査していいかな?」


 怒るでもなく、ニコリともしなかった。


「高校生に何ができると言いたいとこだが、やるだけやってみたらいいじゃないか。俺のところまで辿り着けるのか、楽しみに待っていよう」


 そう言うと、死神裕一郎は不敵な笑みを浮かべるのだった。


「ありがとう」


 笑顔の方が怖いのだと死神の息子は思った。


      ※


 日曜日のサトリは忙しかった。まずは朝、本庁の天川刑事が運転する車で第二の被害者とされる生徒の自宅へと向かった。助手席には秋津刑事もいるが、会話は天川の愚痴から始まった。


「サトリくんみたいな息子がいたら助かるよね。まだ高校生なのに将来が約束されてるんだもん。ウチの子なんか寝てばっかり。起きててもスマホをイジるだけで勉強してるとこなんて見たことない」


 秋津が笑う。


「親の顔が見たいっすね」

「殺すぞ」

「ハハッ」


 被害者宅は二車線の道路に面した通りに門を構えていたので、玄関口が見える位置に停車して、車内で意見交換を行った。真面目な顔で秋津が切り出す。


「連絡をもらって助かったよ。所轄署から情報が上がることはなかったからね。話を聞く限り事件性はないし、ご遺体が司法解剖に回されることもない」


 そこで秋津が一旦、言葉を切る。


「気になったのは、ひも状のもので首を吊ろうとしていたことだ。しかし縊死いしの形跡はなかったそうだから、やはり死因は心臓発作ということになる。だから現場の刑事にできることは何もないな」


 そこでニヤっとする。


「オレたち以外は、って話だけど」


 そこでサトリが尋ねる。


「天川さんも死神犯行説を信じていますか?」


 女刑事が迷いながら返事をする。


「信じてるかって言われたら、ごめんなさい、そこまで真剣にはなれない。でも事件性があるなら放ってはおけない。結果的に死神が犯人なら驚くけど、死神に見せ掛けた犯行なら捜査しないとね」


 春名典子と一緒で現実派だ。

 死神認識派の秋津が説明する。


「でも第二の被害者が殺しだとしたら、死神以外に実行できる者はいませんよ? 朝起きた時には娘が生きていて、母親が死亡を確認したのは昼前。その間に家に侵入した者はいなくて、父親は仕事で家にはいない。外傷も服毒させられたわけでもないんだから、死神以外に殺せないんです」


 天川刑事が淡々と反論する。


「それは事件性がないってことなの」

「自殺なら納得しますけどね」

「一人目は自殺で間違いないよ」

「映像が残ってるから?」

「犯人らしき人影も映ってない」

「ということは、死神は映らないって知ってたんですよ」


 サトリが割って入る。


「俺も同じように考えています。神のように天界や心の中にいるわけじゃなく、人間社会に溶け込んでいて、現代知識を持ち併せている。俺たちが勝手に死神と呼んでいるだけで、魔女とか幽霊とか妖怪とか宇宙人とか、国や地域、時代によって呼び方が変わっているだけなんじゃないかって思います」


 そこで秋津に質問する。


「父親は決まった時刻に出社するんじゃないですか?」


 わざわざ後ろを振り返り、驚いた顔をする。


「よくわかったね」


 すかさず天川がツッコむ。


「それが普通で、秋津くんとは違うの」

「ハハッ、確かにそうだ」


 サトリが説明する。


「死神の犯行だとしたら、そこしかないタイミングだと思ったんです。いつでも殺せるけど、自由には殺せない。飛んだり壁をすり抜けたりすることができないから、玄関のドアが開くのを待つしかなかった」


 犯人の思考を読む。


「一人目を殺害したら、二人目が警戒するか引きこもることを予想していて、下調べをした上で二人目を殺害した」


 犯人像を想像する。


「死神は自己アピールしても、冤罪は望んでいません。生配信したのも確実に事件性がないと思わせるためではないかと考えられます」


 犯人の動機を推察する。


「目的は、本当に純粋な想いで世直しがしたいだけなのかなと。二人の被害者は一年前に自殺した子をイジめていたという話ですから」


 秋津が喜ぶ。


「犯人は死神で決まりだな。先輩はどう思います?」

「キレイな復讐話だけど、殺すのはダメでしょ?」

「あれ? 死神の犯行を認めました?」

「仮説の一つとしては認めてあげる」

「それは警視正のご子息への忖度そんたくでしょ」

「私だって出世したいの」

「それなら昇任試験を頑張ってください」


 天川が昨日の聴取を思い出す。


「でも、お母さんも言ってたよね」

「娘さんに言われたんですよ」

「そうそう」

「『窓の外に悪魔がいた』って」

「うん。『だから絶対に玄関のドアを開けないでって』ね」

「そんなの無理に決まってますけどね」

「お母さんは約束したみたいだけど」

「死神がいたのかな?」

「コスプレして?」

「いや、本物の死神ですよ」

「はいはい」


 そこで被害者宅から二人の私服警官が出てきて、すぐに天川の車を見つけ、まっすぐ歩いてきて、運転席の窓をコツコツと叩くのだった。


「聴取した刑事って、お前たちのことだろう?」


 天川よりも年下に見えるが、口調は横柄おうへいだった。


「そっちがモタモタしてるから」


 気が強い性格なのか、天川刑事は相手が誰かも確かめずに言い返すのだった。


「本庁は引っ込んでろ」


 私服警官の方は把握していた。


「本庁って、そっちは所轄じゃないの?」


 相手が警察庁の役人、もしくは公安だと知り動揺するのだった。


「お前たちには関係ない」


 出世を諦めている秋津が口を挟む。


「後ろに最上警視正のご子息がいるけど、挨拶しなくていいの?」


 すると後ろに控えていた年長の警官が覗き込むのだった。


「お世話になっております。助けは必要ですか?」


 サトリが首を振る。


「父から捜査の許可を得ています。ご迷惑にならないように心掛けますので、ご心配なく」


 そこで一礼して、二人とも引き上げるのだった。

 いなくなってから秋津が毒づく。


「いやだねぇ、公安は。……いや、違うな。警備局となると、やっぱりテロの可能性としてDB事件と関連があるか調べにきたんだろうな」


 そこで振り返る。


「それよりサトリくん、お父さんに許可をもらってるなんて嘘ついて大丈夫なの? オレは責任取らないよ」

「嘘じゃないです。昨日話したら、やってみろって。俺たちが追ってる事件も知ってましたよ。すでにテロ対策本部は動いています」


 天川がビックリする。


「え? マジなの? どうしよう? 出世のチャンスじゃん。試験勉強、本気で頑張ろうかな」


 秋津が提案する。


「サトリくんにお願いがあるんだけど、実はDB事件の関係者を一人だけ知ってるんだ。でも俺たちだけでは絶対に会ってくれない。でもサトリくんがお見舞いに行きたいと言えば会えるかもしれないんだ」


 サトリは不安そうだ。


「俺だって会いたいです。DB事件について知りたいと思っていたので。でも、父に黙って会うわけにはいかないですよね?」


 秋津が一瞬だけ怯むも、懇願する。


「そこは頼むよ。お父さんから捜査の許可はもらってるんだし、何とかなるって」

「何とかするのは俺なんだし、勝手なことは言わないでください」

「盛り上がってるところ悪いけど──」


 天川が水を差す。


「仮に許可が下りても期待しない方がいいかも。DB事件って、警察の中に犯人がいるからタブーになってるって噂だもん。秋津くんは死神を信じてるけど、普通に考えたら上級アクセス権を持ってる役人クラスの犯行だよ。警察庁に殺人鬼がいたんでしょう? 子供のイタズラに見せ掛けてるけどね」


 そこでサトリは、なぜか父親の顔を思い浮かべるのだった。

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