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 サトリが待ち合わせていたカフェに行くと、すでにレンと天使が先に来ていたのだが、すみの席で別れ話をしているカップルみたいに、そこだけ空気がどんよりとしていた。


「ごめん、遅くなった」


 壁際のソファに座る天使が荷物を膝に乗せるが、サトリはレンの隣の席に腰掛けた。この日のファッションは白Tの上に桜色のキャミワンピを着ていた。


「で、どこまで話は進んだ?」

「なにも」


 サトリが切り出すと、レンは素っ気なく答えた。


「逆に尋ねる。何を話し合えというんだ?」

「今後の配信だよ」

「具体的には?」

「内容についてさ。台本があった方がいいだろう」

「本を書けと?」

「そこまでしなくていい」

「だったら、やれることは何もない」


 そこで天使があいだに入る。


「あの、台本は必要ありません」

「大丈夫?」

「今まで通りに配信します」

「それだと協力する意味がない」

「情報を頂ければ充分です」


 そこでレンが指摘する。

 

「情報が欲しいだけか」


 すかさずサトリが擁護する。


「それはお互い様だ」

「ペラペラと喋るのか?」

「別にいいだろう」

「会ったばかりの人間だ」

「それもお互い様さ」

「メリットが一つもないな」

「彼女には情報網がある」

「オレたちに必要なのか?」

「刑事さんに感謝されたよ」


 天使が喜ぶ。


「お役に立てたのですね」

「うん。間違いなく」

「よかった」

「現状は謎のままだけどね」


 そこでレンが臆面おくめもなく問いただす。


「彼女も関係者の一人だと忘れてないか?」

「疑えと?」

「当然だ」

「殺す理由がない」

「ミステリーの動機なんて、大抵は金か正義か愛憎だ」

「彼女が復讐を正義だとき違えるとは思えない」

「カッコつけられたんじゃ議論にならないな」

「議論するために集まったんじゃない」

「だとしたら、ぬるいな」


 レンも警察官になるのが夢だった。だからこそサトリに対して厳しく言い放つ。


「出会ったばかりの人を信じ込まない。関係者の言葉はすべて疑え。直感が当たるとは限らない。信じていいのは証拠だけ。こういうのは失礼とかじゃなく、基本だろう。仲が悪い振りして、マイミィと共謀している可能性だってあるんだ。D4が利用される屈辱的な展開、それだけは願い下げだ」


 サトリが決断する。


「動画の監修は俺が担当するよ。話し合いもせずに決めた俺が悪かった。レンは全体を俯瞰ふかんして見て、感想を言ってくれたらそれでいい。俺とは違う視点を持ってるからな。その方が適任だ。始めからこうすれば良かった」


 レンが納得した表情を見せる。


「さすがリーダーだ」

「どっちがだよ」

「最適解へと導く力がある」

「お前が駄々をこねたからだろう」


 レンが立ち上がって、サトリの肩に手を置く。


「捜査会議で会おう」


 こうしてサトリが憧れたアームチェア・ディテクティブの地位をあっさりと奪い去って、その場を後にするのだった。


「警察でもないのに、面と向かって疑って悪かった」

「そういうのは慣れているので心配には及びません」


 言葉の通り、天使にダメージはなかった。


「昔からそうなんですよ。かわい子ぶってるとか、打算的とか、裏の顔があるとか、ずっと疑われて生きてきました。私は可愛くありたい、気を遣える人でありたい、内面を磨きたい、そう思っているだけなのに、堕落だらくするのを待っている人たちがいるんです」


 警察官になりたいサトリにとってシンパシーを感じさせる話だった。


「でも、怖いと思いませんか? 他人に指摘するということは、自分が素晴らしい人間でなければなりません。まだ私は成長中で、完成に至っていないので、他人様ひとさまに対して疑いの言葉を投げかけることはできません。その人たちだって完成を目指している途中かもしれませんから」


 この人は何になりたいのだろう、と思うサトリであった。


「私がD4を利用している。それは間違っていないと思います。それが打算的に見えるのかもしれません。ですが、すべてはギブ・アンド・テイクだと考えています。今回の場合は怯えて暮らしている後輩の女の子たちのため」


 わからないサトリに説明する。


「朝起きた時に考えたことがあります。安心して眠ることができたのは常に守ってくれる人たちがいるからだと。喉が渇いて飲む水も、お腹を空かして口にする食べ物、作るのも運ぶのも、すべて私以外の人がやってくれたこと」


 サトリも似たようなことを考えたことがある。


「私が助けようとしている女の子たちは、今は私と同じように何者でもありません。でも将来は役立つ人になるんです。その子たちが仕事をしなくても、役立つ子を産んで私の力になってくれるかもしれません。だからギブを先にほどこします」


 やらない偽善より、やる偽善が喜ばれる理由だ。


「俺も偽善者だと思われやすいから、よく解るよ」

「応援しています」

「俺も応援するよ」

「ありがとうございます」


 サトリが思い出す。


「小さい頃、警察官になりたいって言うと、俺に悪いことをさせたがるヤツがいたんだ。なんでだろうなって思ってたけど、政治家とか警察官とか芸能人とか、大人の社会には弱みを握ろうとするやからがいるんだってわかった」


 晴れ晴れとした顔をする。


「そいつとは縁を切ったけど、今では感謝している。警察官になる前に社会勉強をさせてくれたから。レンには怒られちゃったけど、言いたいことは解ってるつもりなんだ」


 天使が頷く。


「私も恨んではいません」

「でも、いきなりはないよな」


 そこでサトリが閃く。


「遊びにでも行こうか」


 天使が仰天ぎょうてん


「な、なにをいってるんですか?」

「いや、仲を深めた方がいいかと」

「意味がわかりません」

「遊ぶのもいいかと思って」


 天使の怒り。


「最上さんも堕落させようとするのですね。私は結婚するまで処女を守ると決めています。遊ぶつもりは一切ありません」


 サトリが弁解する。


「そういう意味じゃないよ。みんなで遊んだらいいんじゃないかって。互いを知れば疑うようなことにはならないだろう?」


 天使の顔が赤い。


「誤解でした。ごめんなさい」

「いや、オレの方こそ言葉足らずだった」


 恥をかかせたサトリがフォローする。


「俺だって遊ぶつもりはない。真剣にお付き合いした人と結婚するって決めてるんだ。ほんの一瞬でも、遊び人だと思われたのなら心外だ」


 サトリは同じ価値観を有する同志であることを伝えたのだが、それが彼女に正しく伝わったかどうかは、天使のみぞ知るところであった。


      ※


 二人の後輩と会うためにサトリと天使はファミレスへと場所を移した。二人とも食欲がないと聞き、判断力を低下させる低血糖を心配した彼が甘いものを食べさせようと提案したからだ。


 モーニングとランチの合間ということもあり、店内は日曜日にも拘らず適度に空いており、急かされることもなく話をすることができた。


 ショートヘアとロングヘア。二人は昨年まで被害者の子たちと同じ小学校に通っていた元クラスメイトだ。サトリが堅苦かたくるしい事情聴取にならないように優しく問い掛ける。


「小学生の時に自殺した女の子、名前は何ていうの?」

澤田希美さわだきみちゃん」


 ショートの子は付き添いで、ロングの子が積極的に話してくれる感じだった。


「自殺の原因は、やっぱりイジメ?」

「うーん」


 単純な話ではなさそうだ。


「希美ちゃんは目立たない女の子で、勉強は苦手だったけど、中学受験が始まる半年前になってから急に成績が一番になって驚いたんです。それから嫌がらせを受けるようになりました」


 サトリは口を挟まなかった。


「でも、最初は仲良くしてたから、希美ちゃんが困っているなんて知らなくて、あまり話さないグループだったし、気づいてあげられなかったんです」


 ここでサトリがフォローする。


「二人は悪くないよ。あの時ああしていればって誰しもが思うけど、時間を巻き戻せる人はいないんだから自分を責めちゃダメだ」


 ロングの子が頷いて続ける。


「四人の間で何があったのかは知りません。ただ、後から分かったのは、弁償として十万円以上も請求されていて、お金を作るために裸の写真を撮られたそうなんです。違法なクスリか何かをやっている写真も撮られました」


 悔しそうに語る。


「悪質なのは、そんな酷い目に遭わせながらも、デスボードに名前を書かれて死んだ子たちは、ずっと希美ちゃんの仲間のフリをしていたこと。自分たちがやらせたのに、上級生から守るフリをしていたんです」


 サトリが得心する。


「イジメじゃなくて犯罪だ。そもそもイジメって何だろう? 犯罪でしかないのに」


 天使も心を痛める。


「残された私たちにできることは、気持ちを強く持つこと」


 ロングの子が頷く。


「希美ちゃんがそんな被害を受けているなんて知らなくて、自殺は突然でした」


 サトリが尋ねる。


「知らないのに、どうして知ってるの?」


 ロングの子が頭を整理しながらゆっくり説明する。


「その上級生と同じ中学に通う友達がいて、自慢するように話しているのを聞いたんです。それで話は広がりました」


 サトリが質問する。


「四人ってことは、本来の仲間は三人?」

「はい」

「その子は?」

「同じ英弘の中等部です」

「上級生は?」

「たぶん、男女四人」

「じゃあ犯罪に関与した子供は全部で七人か」

「はい」

「上級生の四人も英弘?」

「その人たちは明誠めいせいです」


 成金のセレブや芸能人の子供が通っている有名中学だ。


「報道どころか噂すらない」

「でも事実です」

「何か根拠はある?」


 そこでロングの子がスマホを操作して画面を見せる。


「少し前にチャットアプリのスクショが送られてきました。たぶん、上級生たちの会話です」


 サトリが確認する。


「確かに犯罪自慢していた話の裏付けになるね」


 そこで疑問。


「でも、誰がこんなメールを送ってきたんだろう?」

「私の場合は友達から」

「その友達は?」

「別の友達から」


 そこでロングの子が説明する。


「学校でも問題になったんですけど、その上級生の人たちはスマホを盗まれて勝手に操作されたって言い訳したそうです。盗まれたのは本当みたいですけど」


 サトリが推理する。


「透明人間ならスマホを盗むのは簡単なんだ。ロックの解除も難なくできる。この世に透明人間がいればの話だけどね」

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