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シアタールームでの会話は続いていた。会話といってもサトリが一方的に喋っているのだが。
「俺たちD4は『デスノート』について何度も繰り返し話してきたけど、多くの考察を読み聞きして解った大事なポイントがいくつかある」
二十年前の作品だけど未だに考察動画の再生数が万越えするほどの名作だ。
「まず少年誌に連載されたことで、無実の人間を殺してしまった夜神月の運命は、倫理上、バッド・エンドで決まっていたということだ。最初から勝利ルートなんてなかった」
『少年ジャンプ』で連載された作品である。
「それでも俺たちは夜神月を罪人として扱ってはいけないと話し合った。なぜならノートの所有権を放棄すれば記憶を失くす、つまり裁判になれば心神喪失が認められて、ほぼ確実に無罪判決が下されるからなんだ」
D4の中で富彦を除く三人が法学部を志望している。
「死神リュークを証言台に立たせれば、ノートが凶器になることを知ってて手に入れたわけじゃないことが判る。ライトが凶器を作れない以上、逆転での有罪は絶対にない」
未来の法律家が続ける。
「一方で、死神リュークには罪がある。ノートが人間の手に渡ればどうなるか知らないはずがないんだから。罪名は未必の故意。ただし立証は難しい。『落としただけだ』と言い訳するなら、過失責任を問うしかない。いずれにしても責任はリュークにあるんだ。いや、リュークにしかない」
サトリが同情する。
「松田刑事がライトを撃って殺してしまったけど、これは仕方がない。俺たちはメタな視点で考察してるんだから、探偵Lやニアメロよりもメタな解決策を考えることができるからね。それでも王様が道化に殺されるフィナーレは最高に滑稽で、エンタメ作品としてはあれ以上に面白い最期はなかったと思う」
サトリが決意を新たにする。
「今回の事件の犯人が死神ならば、俺が捕まえてみせる。死神を殺人罪で裁いてみせるんだ。悪魔の証明ならぬ、死神の証明にはヨミの力が必要だ。どうか、力を貸してほしい。死神裁判には君の協力が必要なんだ」
悪魔の証明とは不可能を意味するが、ヨミの存在が証明を可能としたこととなる。死神少女がコクリと頷き、決意を表明する。
「不自然な死は殺人と変わらない。死神は死に寄り添ってあげるだけで良かったはず。法律で裁けるか判らないけど、協力する」
未だに責任を感じている様子だった。それを見てサトリが励ます。
「不自然な死が可視化されるようになっただけで、大昔から死神の暴走はあったのかもしれない。科学が超常現象に少しだけ追いついたのかもしれないよ」
さらに慰める。
「十五年前に『デスノート』の模倣事件があったわけだし、パンドラの箱を開けたのはヨミちゃんではないよ。むしろ箱を開けてくれたおかげで、暴走する死神を捕まえる機会が生まれたんだ。エルピス、それは俺にとって希望でしかない」
パンドラの箱に残されたエルピスにも希望や災いなど様々な解釈がある。
「これは余談だけど、有名弁護士がデスノートを使用しても現在の法律では殺人の罪に問われないと断言した動画があるんだ。丑の刻参りのような呪いと一緒で、科学では証明できないというのが理由だ」
サトリが本人不在で反論する。
「その動画が出回ってから彼の結論を鵜呑みにする人が増えた印象がある。間違ってはいないけど、同時に片手落ちの議論だと理解しないといけない。国民の生命が脅かされてるんだから、立法府が動かないわけないんだ」
説明を加える。
「作中世界で数年が経過していたから、その間に様々な法律案が検討されていてもおかしくない。デスノートの存在が明らかになった時点で〝悪魔の証明〟による論理の誤謬が無効化したのだから、ノートを凶器とする法律が成立する社会へと変わるのが必然だ。それこそが新世界で、法律の在り方も変わってしまうと想像しないといけないんだ」
夢想する。
「法の不遡及の原則があるので、法律が作られても施行日より前の殺人は罪に問えない。しかし法律さえ作ってしまえば、デスノートを使っただけで罪人にすることは可能なんだ」
そこで先読みして反論する。
「科学が風評に負ける例はたくさんある。ここ最近でも負けっ放しだ。わざとじゃないかと思うくらい、科学者や医者が嘘をつく。その嘘つきを専門家と呼んで、デタラメな話を基に法律を作るんだから、デスノートにだけ正しい科学的根拠を求めるなんて幻想にすぎないんだ」
デスノートの考察。
「では、デスノートの作者がそれを考えていなかったかというと、そうではない。すべて理解した上で物語を進めた描写があるので過不足はなかったと考える。物語の圧倒的な疾走感、巨大な喪失感、すべてにおいて最高傑作だ」
探偵Lの考察。
「敬愛するLに関しても推理や思考、その行動に疑問を挟む余地はない。彼が刑事ならば逮捕を最優先にしただろうけど、そうじゃないからキラとの決着を選んだんだ。探偵は法の番人ではないという、正しい描き方をしている」
本人不在だがフォローする。
「話を戻すけど、その有名弁護士は『現在の法律では』と、現行法では裁けないと強調していた点から抜け目のない優秀な弁護士だとわかる。だからこそ道にデスノートが落ちていても、無罪になるからといって短絡的に使ってはいけないんだ。法律は変わるんだから」
それは死神の力を安易に行使しないヨミへの称賛でもあった。
「フィクションの話はそれくらいにして、リアルな問題に話を移そう。俺たちの目の前に現れた死神を殺人罪で有罪にするためにも死神の能力を知る必要がある。把握できないと現行法で裁けるのか議論すらできないからね」
しっかりと頷く様子を見るに、ヨミの決意は充分であった。
「そこで早速だけど、スマホのカメラで撮影してみたい。いいかな?」
「うん」
しかしカメラを向けても映らないのだった。
「どうなってるんだ。映像で見るとまるで透明人間だ。座っているソファの凹みも映らない。人間の目って、こんなにも不確かなものなのか。でも、俺には見えている。この現象を科学的に説明できる人がこの世にいるのだろうか?」
と何度もカメラ画像と肉眼を見比べる。
「それでも念のため、録画もやめておこう。犯人を捕まえれば世間にも周知されるけど、みんなに話すタイミングは今じゃない。情報の管理も大切だ。今の段階で知っているのはD4だけだけど、その中で死神を信じているのは……」
考える。
「本気で信じたのは俺だけかもしれない」
「他の人に話さない方が良かった?」
「いや、DB事件で警察も死神を把握してる」
「でも世間は知らない」
「すごいね、警察の秘密保持は」
そこで死神少女に尋ねる。
「どうやって命を奪うの? その方法は?」
ヨミが立ち上がってマントの裏地から短いステッキを取り出した。それから折り畳んであった刃を広げると鎌へと変わるのだった。
「うわっ」
「これを振り下ろすだけ」
「だけ?」
「そう、聞いてる」
「それだけで心不全を起こせるんだ?」
「うん。たぶん」
「経験がないんだね」
「振り下ろすと取り消しできないから」
臆病な死神が鎌の刃を折り畳む。それを見てサトリが立ち上がり、腕を差し出す。
「掴んでもらっていい?」
「こう?」
「感触がある」
「私も」
「引っ張ってみて」
「こう?」
「連れ回すことは可能だ」
「私にできるかな?」
「相手は中学一年生だった」
「男とは限らないか」
サトリが分析する。
「男でも女でもない可能性だってある」
「確かに」
「人間の姿をしているとは限らないからね」
「サトリくんにはそれも見えるのかな?」
「どうだろう」
サトリが、ふと呟く。
「つめたい」
「ごめんなさい」
ヨミが手を引っ込めるが、サトリが慌てて否定する。
「特に深い意味はないんだ」
「うん」
サトリが予め用意していた質問をする。
「死んだ一人目の生徒だけど、どうも死神と会話してたように見えるんだ。しかも俺と同じように見えていた可能性がある。配信映像に声は残らないけど、人間の耳には聞こえる。そんなことが可能かな?」
ヨミがマントの裏地からスカルマスクを取り出す。
「これを顔につければ何か解るかもしれない」
しかしとても怖がっている様子だった。それを見てサトリが優しく声を掛ける。
「使ったことがないから解らないんだね」
「うん」
「デスノートみたいに人格が変わったら怖いよな」
「うん」
「変わらない保証はないわけか」
「変わらない自信はあるけど」
サトリが悩む。
「今のままだと捜査は厳しい」
「うん」
「二日連続で犠牲者が出ている」
「うん」
「しかも俺たちの周りで」
「うん」
「誰が殺されてもおかしくない」
「うん」
「俺や、君だって」
「うん」
「それが明日の可能性だってある」
「うん」
サトリが決断する。
「死神の力を正確に知るには、君にその力を行使してもらう必要がある」
自問する。
「そんなことが赦されるのか」
苦悩する。
「それでは俺たちが捕まえようとしている死神と一緒だ。『デスノート』に例えると、人間にノートを拾わせて実験を楽しんでいたリュークと同じになってしまうんだ」
深い溜息。
「それについては俺が決める。今は考える時間がほしい」
そこで突然、入り口のドアが開いた。
サトリがそちらの方へ目を向ける。
瞬間、緊張が走った。
背筋が凍りつく。
金縛りのように動かない。
目が合った。
目の前に死神が現れたのだった。




