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 ホテルのフロントで秋津が事情を説明して、許可を取ってからサトリと二人で最上階への直通エレベーターに乗り込んだ。彼が命令に背いてまで同行したのは、サトリ一人では捜査を行えないためでもあった。


 シュガーの母親は大手商社に勤めながら地元企業の社長を兼務する辣腕経営者だ。長年に渡って地域の振興事業を取り仕切ってきた実績がある。


 他にも政治家の後援会の会長を務めたり、経済団体にも名を連ねていたりと、地元では有名な財界人の一人であった。


 しかし旧姓で活動しているため、早くに亡くなった父親姓を名乗る子役のシュガーの母親であることは、あまり知られていなかった。


 普段は都心のマンションで生活しており、地元に帰っても実家に寄ることもないので娘と顔を合わせる機会も少なかった。


「なんだ、こりゃ」


 秋津が最上階の廊下に出て、茫然と立ち尽くす。

 サトリも意味が解らなかった。


「スイッチはどこですかね」


 廊下は真っ暗闇で、二人が立っている周りだけ明かりが灯っていた。

 秋津が電気のスイッチを探す。


「なるほど」


 二人が前に進むとセンサーが反応して、前方の明かりが灯り、同時に後方の明かりが消えるのだった。


「やっぱ金持ちは違うな」


 秋津が呆れた。

 サトリも同感だった。


「悪趣味ですね」


 二人とも目が慣れないので、ゆっくりと歩を進める。

 目的の部屋は突き当たりにあった。

 といっても、その先が全く見えなかったが。


「ここだ」


 秋津がインターホンを鳴らす。

 中からの反応はなかった。

 しばらく反応を待つ。

 サトリが何気なく後ろを振り返る。


「あれ」


 暗闇に目を凝らす。

 少年の言葉に反応して、秋津も振り返る。


「何でしょう?」

「何が?」

「見えませんか?」

「いや、何も」


 サトリの目には暗闇に浮かぶ白い影がハッキリと見えていた。


「死神です」


 暗闇に浮かぶドクロが目の前に迫ってくる。


「秋津さん、その場で動かないでください」


 そう言って、一歩、二歩と、歩を進めるのだった。

 前方に明かりが灯り、背後の明かりが消える。

 その間も目の前のドクロが迫ってくる。


「レン」


 その言葉に反応して、黒マントの死神が立ち止まるのだった。


「オレの姿が見えるのか?」

「あぁ、声も聞こえる」

「オマエにそんな力があったとは」

「もう、悪さはできないな」

「悪さだと?」


 死神が不気味に笑う。


「相変わらず、何も解っていないな。オレに正義はないんだよ。ヒーローでもなければ、救世主でもない。悪人でもなければ、悪魔でもない。ただの死神だ」


 サトリが反論する。


「解っていないのは、お前の方だ。ここは天国でもなければ、地獄でもない。人間が住む世界なんだから、罪もあれば、法もあるんだ。この世界では、ただの罪人だよ」


 死神が反論する。


「この世界は、いつからオマエのものになったんだ? オレのものでもなければ、オマエのものでもないんだぞ? オマエの法は、オレの法ではないんだよ」


 サトリが反論する。


「お前が人の姿を借りてこの世界で暮らす以上、法からは逃れられないんだ。罪を犯したら、罰を受け入れなければならない。お前の言い訳は通用しなんだよ」


 死神が反論する。


「オレの罪とは何だ? 罪状は殺人か? それをどうやって立証するんだ? 証拠もないのに断罪して、罰を与えるのがオマエの法なのか? それでは冤罪と変わらないじゃないか」


 サトリが反論する。


「お前には人を殺す力があり、それを自覚して、行使した。責任能力もある。ならば自首をして、罪を認めなければならない。この世界で生きるとは、そういうことだ」


 死神が反論する。


「そんなつもりはなかったが、オマエが法に従わせるならば、オレの法に従わせるまでだ。オレだって別に秩序を乱したいわけではないからな」


 サトリが反論する。


「それでは〝新世界の神〟そのものじゃないか。そんな独裁は誰も望んでいない。お前だって独裁者など唾棄すべき存在だと解っているはずだ」


 死神が反論する。


「オレを独裁者にしようとけしかけたのはオマエなんだぞ? 独裁者を拒みながら、独裁者を生み出す、それでは愚民そのものじゃないか」


 サトリが反論する。


「俺は死神が独裁者そのものだと言っている。その力は、この人間社会には強大すぎるんだよ。だから法で抑制する必要があるんだ」


 死神が反論する。


「オマエはどこまで身勝手なんだ。オレを法に縛りつけたいだけで、やってることは独裁者そのものだと言ってるんだ」


 サトリが反論する。


「法は一人で作れない。俺が法を支配するわけじゃない。許可なく死神の力を行使しない、その法案成立を立法府に委ねろと言っている」


 死神が反論する。


「施行されたとして、法を無視した死神の暴走を誰が止めるんだ? これは兵器レベルの話をしているんだぞ? それをオマエは理解しているのか?」


 サトリが反論する。


「だからこそ国家レベルの制御が必要なんだ。『デスノート』という、たった一冊のマンガによってパンドラの箱が開いたんだ。箱をひっくり返したのはレン、お前の父親だけどな」


 死神は反論しなかった。


「サトリ、オレがオマエの生み出す法の秩序に自分の命を預けると思うか? 自分たちの命は、自分の手で守るんだ。オマエが夢見る法など、役に立つものか」


 サトリがハッとする。


「自分たち──」


 点と点が繋がる。


「──そういうことか。元警視総監殺しはブラフで、すべてはアユミちゃんのためだったんだな」


 久能愛弓の身近で起きた澤田希美の自殺がデスノート模倣事件の発端だった。デスボードによってイジメの加害者を殺し、騒ぎを大きくすることで関係者を炙り出し、麻薬や性犯罪に関わった大人を処刑する。


 アユミの周りにある犯罪の温床を根っこから焼き払う、それがレンの動機であり、サトリの推察通りだが、わざわざ野暮な推理を披露することはなかった。


「人間は、いつ死んでもおかしくない。それはオレにとっても同じこと。一人残された愛弓の命を、何もできない警察に任せられると思うか? オレはゴメンだ」


 サトリが反論する。


「警察の民事不介入は鉄則だが、市民の安全を守らないわけではない。お前は最初から警察を排除して、公権力を私的に乱用したんだ、公に認められてもいないのに」


 死神が反論する。


「警察が市民を守るだと? 毎日のように殺人が起こっているじゃないか。守れてないんだよ、事実、守れてないんだ」


 サトリが反論する。


「殺されるかもしれないから、殺せというのか? そんなことを公権力に許したら、自分に跳ね返ってくるんだぞ?」


 死神が反論する。


「若い女がストーカーに殺されました、そんなニュースが流れてくる。付きまとってる時点で性犯罪者じゃないか。被害者は生活を脅かされたんだ。警察にも相談した。なぜそんな悪質な性犯罪者を放置できるんだ?」


 サトリが反論する。


「法律は、長い時間をかけて作り上げた人類の英知そのものだ。俺たちも歴史の一部であり、未来への橋渡し役でしかない。法は変えられる、自分たちの力で」


 死神が反論する。


「無能を晒したな。法に従順なヤツは、法の欠陥や抜け穴にも従順だ。オマエが騙される分には、どうでもいい。問題は、法が抑止力にならない場合だ。狡猾に法の網を潜るヤツ、そもそも法など無視する野蛮人、そいつらにオマエは何ができる?」


 サトリは反論する。


「今の俺には何もできないが、それでもお前は間違っている。後ろの部屋にいるシュガーや母親。彼女たちは悪人かもしれないが、それを調べるのは警察であり、判断は司直に委ねなければならない」


 死神が反論する。


「すでに調べたんだよ。娘は同級生を自殺に追い込み、母親は麻薬取引や人身売買に関与している。殺さない理由はない」


 サトリが反論する。


「どんな悪人であろうと、判決が出るまでは警護の対象だ。ここから先は通さない。警察官になるということは、そういうことなんだ」


 死神が反論する。


「オマエがやっていることは犯人隠避でしかない。オレにとっては、オマエも犯罪者に味方する罪人でしかないんだ」


 サトリが反論する。


「その認識が間違っているんだ。そんなことを続けていたら、簡単に道を踏み外すぞ? 犯罪者の家族、警護する警察官、加害者側の弁護士、そういう人たちにまで敵意を向ける世の中になる。結局、それも自分に跳ね返ってくるんだよ」


 死神が反論する。


「オマエみたいな人間が悪人をのさばらせるんだ。悪人が過剰に擁護され、手厚く保護され、大切に守られる世の中など、もうたくさんだ。そんな悪人に優しい法の秩序など、オレが終わらせてやるよ」


 サトリが反論する。


「行くなら、俺を殺してから行け。無関係の俺を殺した時点で、お前も悪人となる。ここが分かれ道だ。よく考えて、自分の未来は、自分で決めろ」


 死神は反論しなかった。

 何も言わずに、鎌を振った。


「自分の命を他人に委ねるなと言っただろう」


 サトリはあっさりと死神に殺されたのだった。

 死に際、遠くに天使を見た。

 お迎えが来たのだと思ったが、意識があったのは、そこまでだった。


「サトリくん!」


 秋津が駆け寄って、倒れている少年を抱き上げた。


「サトリくん!」


 すでに死神は暗闇に消え去っていた。

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