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 スイートルームのドアをすり抜けて難なく侵入に成功した死神レンは、シュガー親子を見つけるために部屋中を探したが、会うことは叶わなかった。なぜなら、バスルームで二人とも死んでいたからだ。


 このような事態は彼にも予想外だったが、すぐに頭を切り替えて、現場を隈なく調べ始めるのだった。


 状況から察するに、シュガーが入浴中に背中や首を刺され、その直後、同じ凶器で母親が手首を切って自殺したと想像した。


 気になるのは、母親の手首にためらい傷がなかったことだ。しかし、死神にとってはどうでもいいことだった。


 早々に引き上げて、リビングに戻ったところで、死神が天使と出会った。天使というのは春名典子のことではなく、文字通り、本物の天使のことだ。


「愛弓」


 羽の生えた白いローブを着た天使の女の子は、死神レンの妹であった。


「お兄さま」


 その内なる怒りを宿した瞳は、今までレンが見たことのないものだった。


「まさか、サトリを助けたのか?」

「あの方を死なせてはなりません」

「なぜだ?」

「大切な人だからです」

「オレより大切だというのか?」

「違います──」


 アユミは生まれて初めて兄に口答えした。


「お兄さまにとって大切な人だから生き返らせたのです」


 膝から崩れ落ちて、言葉を失う兄に説明する。


「わたしには、誰よりも大切にしてくれるお兄さまがいます。ですが、お兄さまには守ってくれるような方が一人もいません。覚さんは敵ではなく、お兄さまの味方なんですよ? だからお兄さまのために、生まれて初めてご先祖様の力をお借りして覚さんを救いました」


 妹の反抗がショックだったのか、その場でうずくまり、立ち上がることすらできないのだった。


     ※


 その夜、最上家の地下にあるシアタールームで裕一郎は、ミニバーでウイスキーを飲みながらモーツァルトの『魔笛』を聴いていた。


 ちょうど物語が反転したところで、息子のサトリが呼び出しに応じた久能恋と妹の愛弓を連れてきた。


「よく来てくれた。三人とも掛けなさい」


 コの字型にセットされたソファ席にサトリと久能兄妹が向かい合わせに座り、両者の真ん中に裕一郎が腰を下ろした。


「覚から事情は聞いている。ようやく式神との約束を守る時がきたようだ。それにしても想定より随分と早いがね」


 レンが興味を示す。


「父との約束?」

「あぁ、死神との契約でもある」


 兄妹に詳細を話す。


「そもそもが古い話だ。最上が最神もがみと、神を名乗っていた頃から式神家とは繋がりがある。人間の生殺与奪の権を有するのが式神家で、その霊の力を封じることができるのが最神家だ──」


 その後の説明によると、両家の関係は千年以上もあり、血脈によって霊能力が受け継がれてきた歴史がある。


 しかし必ずしも能力を持てるわけではなく、完全にランダムで、しかも能力値には個人差があった。


「──人が霊感と呼んでいるものに近い。気のせいだと思う者もいれば、ハッキリと自覚する者もいる──」


 式神家の恐ろしさは、人間を生かすことも殺すこともできる、その強大な力にある。その監視役として最神家が存在してきた。


「──式神が殺された時、君たち二人の能力が目覚めるかは分からなかった。潜在能力が眠ったままなら、それに越したことはない。だから今日まで話さなかった。それが式神との約束だからだ」


 レンが尋ねる。


「父を殺したのは貴方ではなかった。では、誰が殺したんですか?」


 裕一郎が首を振る。


「私にも分からないんだよ──」


 説明によると、二人は表向き接点を持たず、その実、秘密裏に捜査協力して事件を解決してきた経緯がある。


 しかし式神の妻が殺されたことで状況が一変する。自身の正体を何者かに知られ、命が狙われていると確信し、盟友を守るために、裕一郎が自身を殺したとする死神殺しのシナリオを、彼自身がでっち上げて、非業の死を遂げたのだった。


「──式神の話では、当時の政権の内部に妻殺しを命じた者がいると言っていた。我々が捜査していた事件の中に、触れてはならない禁忌が存在したのだろう──」


 その見えない敵を欺くための苦肉の策だったわけだ。


「──君たちの父親には借りがある。出世できたのも。命が狙われなかったのも、すべて式神のおかげだ。我々親子はその借りを返す必要がある。このままでは再び命を狙われることになるだろう──」


 そこで息子に言う。


「お前は式神の二人を守り抜け。幸いにして、状況は悪くない。お前が死神に殺された目撃証言もある。式神を殺した死神殺しを見つけるんだ。それにはお前の力が必要だ」


 現実とは思えず、上手く頭が整理できないサトリだった。

 レンが目の前の男に向かって冷淡に言う。


「自分の命を守れぬ者に、愛弓を守れるものか」

「お前の短絡的な行動が原因だ」


 サトリが反射的に言い返した。


「役立たずの警察が」

「ヘボ推理の探偵が」

「また殺されたいのか?」

「やってみろ」

「お兄さま!──」


 アユミが哀しい目で見る。


「──覚さんも、喧嘩は止してください。最神家と式神家は協力し合う運命なのですから」


 レンが妹に尋ねる。


「アユミ、知ってたのか? 知ってて助けたのか?」

「いいえ、知りませんでした──」


 そこで秘密を打ち明ける。


「──でも、夢で言っていたのです。覚さんを守ってあげろと。だから、誓いを立てました。あれは、お父さまだったのですね」


 まるでイタコのような能力だが、もはや否定する者はいなかった。


「そういえば、オマエが一つだけ勘違いしていることがある──」


 レンがサトリに説明する。


「──オレは元警視総監を殺していない」

「じゃあ、誰が殺したんだ?」

「知るか」

「はぐらかすな」

「ただの老衰死だろう」

「いや、あの場に死神はいたんだ」


 レンが断言する。


「オレではない。車より早く移動などできないからな」

「じゃあ、他にも死神がいるというのか?」

「お前は霊視できるのに、何をしていたんだ?」

「そんな都合よく見つかるものか」

「それで警官になろうというのだから驚きだ」

「推理小説の知識も活かせない探偵に言われてたまるか」

「二人とも、やめないか──」


 そこで裕一郎が一喝。


「──式神一族の他に死神がいてもおかしくはない。いたとしたら、かなり不気味ではあるが」


 それから死神についての歴史を子供たちに講義するのだった。


     ※


 大型連休の最終日。この日はD4と女子四人で郊外にある巨大テーマパークに来ていた。謹慎中の秋津と非番の天川も車を出してくれて、合計十人での行楽となった。


 マイミィと天使とヨミとアユミと天川の五人が予定を話し合って、男性がその後ろを付いて歩くといった感じだ。


 園内を歩きながら秋津がサトリに話し掛ける。


「シュガー親子の件だけど、裸の娘を滅多刺しにしたのに返り血を浴びてなかった。それなのに母子の無理心中で捜査が終わりそうだ」


 サトリが尋ねる。


「秋津さんは他殺だとお考えですか?」


 刑事が唸る。


「どうだろうね。オレたちの前に会社関係者を名乗る二人組の男が宿泊中の部屋を訪ねているんだ。でも死亡推定時刻とズレているから関与がないと判断された。警備がしっかりしているだけに、容疑者が浮かんでこない以上は自殺と処理されるだろうね」


 残念がるサトリに尋ねる。


「それよりも死神の正体はレン君で間違いないのかい? 一度は殺されたというのに、以前と変わらない様子じゃないか」


 サトリが答える。


「本人が否定し続けていますからね。俺も死神の素顔を見たわけじゃないし、確かな目撃証言だとは言えないんです。今でも夢を見ていた気分です」


 秋津が同意する。


「オレもだよ。サトリ君が暗闇に向かって喋っててさ、そこに誰かがいるように感じたけど、途中から幻覚と闘っているんじゃないかと思って、倒れたと思ったら生き返って、臨死体験をしたかのように話すだろう? 結局は自分との闘い、つまり生還する強い意志が大事なんじゃないかって」


 これ以上、秋津を巻き込みたくないと思うサトリだった。


「そうかもしれませんね」


     ※


 一方、離れたところでは富彦と仁太とマイミィとヨミの四人が別の話題で盛り上がっていた。朝からテンションの高いマイミィが驚く。


「なんだ、ヨミちゃんが死神っていうのは嘘だったんだ。完全に騙されたよ」

「ごめんなさい」


 ヨミが謝るが、富彦がフォローする。


「サトリに頼まれてやったことなんだから、君が謝る必要はないよ」


 すかさず仁太がツッコむ。


「富彦だってアイツのペテンに加担したんだからな、おまえは謝る側の人間だろう」


 富彦は気にも留めないどころか、喜々として語る。


「本職の刑事さんも騙されてたからね、あれにはウチのスタッフさんも喜んでたな。映像実験の時点で怪しいから、僕は絶対にバレると思ったんだけど」


 そこでマイミィが、ふと疑問に思う。


「正直に言うとね、ワタシはヨミちゃんが桂木弁護士を殺したんじゃないかと思ってたの。でもヨミちゃんじゃない。レンくんでもない。じゃあ、誰が殺したんだろう?」


 仁太が相手をする。


「たまたまタイミングが合っただけで、ただの自然死だったんだろう。すべての死が死神の仕業でもないだろうし、人間というのは何でもかんでも勝手に結びつけて考えてしまう癖があるからな」


 マイミィは納得しない。


「そうなのかな? 凛香ちゃんの時もそうだけど、ワタシの周りで人が死に過ぎている。それが、とても偶然とは思えないの」


 仁太はまったく気にならない様子だ。


「命が狙われてるわけでもないし、別にいいじゃないか。ヒーロー、いや、死神だからダーク・ヒーローか、とにかく死神が守ってくれるなら、これほど心強いものはないぞ」


 富彦が世間の反応を伝える。


「一部で『マイミィに逆らうな』って神格化した動きがあるね」

「え? ワタシ?」

「そう、『デスノート』のミサミサみたいにね」

「全然違うよ。ミサミサは本物だけど、ワタシは何者でもないもん」

「ミサミサも死神と出会う前は普通のアイドルだったからね」

「ワタシはアイドルですらない」

「死神がどう考えるかだよ」

「やめて。ワタシにはサトリくんがいるんだから」


 仁太が反応する。


「え? おまえらそういう関係なの?」


 マイミィ、激怒。


「友だちなのに何も聞いてないの?」

「聞いてない」


 マイミィが富彦を睨むように見る。


「僕も聞いてないよ」

「ほんと、ポンコツ探偵団なんだから」


 そこでマイミィはD4の二人にサトリの情報を聞き出して、恋愛相談に付き合わせるのだった。


     ※


 一方、別の場所では天川がアユミの面倒を看ているのだった。といっても大人の愚痴に子供が付き合わされている形だった。


「今日もね、ウチの息子に『一緒に来ないか』って誘ってみたんだよ。ほら、忙しくて旅行すら行かせてあげられないし。でも、『寝る』だってさ。まぁ、でも『だりぃ』とか、『うざっ』とか、そういう粗暴な言葉を遣わないからいいけど、もう、無気力人間だから心配になる。愛弓ちゃんは本当にしっかりしていて偉いよ」


 アユミが謙遜する。


「お兄さまのおかげです」


 その受け答えにも感動を覚える天川だった。


「私も『お母さまのおかげです』って言われてみたい。あっ、いや、忙しくて構ってあげられないから、当然の報いなんだけどね」


 アユミが励ます。


「息子さんは解っていると思います。お母さまが頑張っている姿を、誰よりも近くで見ていると思うので──」


 ハッとする。


「初対面の方に失礼でした。差し出がましいことを言って、申し訳ありません」


 反省する少女に天川が感激する。


「愛弓ちゃんを見てると若い頃を思い出す。……真っ直ぐだったな」


 アユミは感謝を忘れない。


「すべてお兄さまのおかげです」


 天川が嘆く。


「ウチの子もレンくんと同じ学校なのに、どうしてこうも違うんだろう?」


 そこで自問自答する。


「あっ、私が母親だからか」


 その後も自信を無くす天川を懸命に励ますアユミだった。


     ※


 レンは他の仲間たちから遠く離れて、一人で当てもなく園内を彷徨い歩いていた。その様子を気にしながら、天使は彼が追いつくのを待ち構えていた。


「みんなとはぐれてしまいますよ」


 足を止めて、レンが言う。


「はぐれているのは、どっちかって話だ」


 それには答えず、天使がワンピースの裾を両手で摘まんで、軽く持ち上げる。


「もう、怖くありません」


 レンがその姿をしっかり見る。

 それから、ぼそっと呟く。


「似合っている」


 天使が俯き、照れ隠し。

 そこでレンが付け加える。


「だが、遊園地にその格好はないだろう。もっと動きやすい服装で来るべきだ。アトラクションでの事故がないとも限らないからな」


 などと余計な一言を口にするのだった。


「はい」


 心配してくれたことが嬉しい典子だった。

 レンが辺りを見渡す。


「他のヤツらはどこに行ったんだ?」

「すっかり迷子になってしまいました」

「迷子はアイツらの方だ」

「だったら迷子センターに行きましょう」

「そいつは良いアイデアだ」

「いえ、冗談です」

「いや、本気だ。サトリを呼び出してやろう」

「そんなことしたら怒られますよ」

「何を言ってる、こっちが怒る側だ」


 その後、迷子センターで再会した盟友二人は口喧嘩を始め、この日も口論に明け暮れるのだった。




     完


タイトル『デス・ブリンガー(死神)』

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