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翌朝、マイミィから連絡を受けたサトリは呼び出しに応じるため哲学の森公園に行った。行楽日和だったので普段より賑わっていたが、昨日から暗澹たる気持ちが続いていたので、酷く場違いにみえるのだった。
時計塔の前で待ち合わせしていたが、後から到着したサトリがマイミィを探そうともしないので、会うなり文句をぶつけるのだった。
「もう、いいや。とりあえず歩こう」
落ち込むばかりのサトリを見て、彼に対して初めて心配を抱くマイミィだった。
「典子は無事だったんだから、元気を出して」
ベンチが空いていないので、目的もなく園内を歩きながら話すのだった。
「……助けてあげられなかった」
「ワタシだって同じだよ」
「でもジンタと、いや、ジンタは助けようとしたんだ」
「レンくんもね」
それには答えないサトリだった。
「それが引っ掛かってるの?」
「いや」
「ウソだよ」
「かもな」
「典子の心配より、レンくんに引け目を感じてるんでしょう?」
「だとしたら、俺は醜い人間だ」
「そうじゃないんだよ」
そこでマイミィがサトリの手を強く握る。
「サトリくんは悪くないの。子供が事件に巻き込まれると自分を責める親たちがいるけど、そんな風に考えちゃいけないんだよ。犯罪者が百パーセント悪いんだから、被害者の家族や友人は自分を責めたらいけないの」
握った手を離さずに続ける。
「原因は色々考える。あの子は負けず嫌いだから、ワタシがネット番組に出たから焦ったんじゃないかって。ほら、人間は余裕がなくなると判断が鈍ったり、感情が先走るでしょう? それで冷静な判断ができなくなったんじゃないかって」
握った手に力を込める。
「でもワタシのせいじゃない。サトリくんのせいでもない。典子も悪くない。犯罪者が百悪いだけ。その割合を減らしちゃダメなんだよ。九十九でも足りないんだから」
繋いだ手をぶらぶらさせる。
「典子は大丈夫だよ。むしろ周りの人たちの方が心配だよ。今まで通りに接していけるのかって。周りの対応が変わることで負の連鎖が始まって、抜け出しづらくなると思うから、ワタシたちだけでも、いつも通りにしよう」
サトリがぼそっと呟く。
「二人は友だちだったんだな」
「そうだよ、レンくんも友だちでしょ?」
「あぁ──」
サトリが考え込む。
「──でも」
そこでマイミィが遮った。
「やめな。友だちでいいじゃん」
「そうだな」
サトリのスマホに着信が入る。
「秋津刑事からだ」
「出た方がいいよ」
「うん」
サトリが通話する。
「──今ですか? ──マイミィと公園にいます。──これから?」
そこでマイミィが電話中のサトリに話し掛ける。
「いいよ、急用ならそっちを優先して」
サトリが頷く。
「わかりました。駐車場で待ってます──」
通話を切る。
「──大事な話があるって」
「うん」
「ごめん」
「ワタシがしてほしいことを、しただけだから」
そこで見つめ合うが、会った時とは表情が別人だった。
「今度はちゃんとしたデートを申し込むよ」
「うん。待ってる」
「じゃあ」
「じゃあね」
マイミィに対して友だち以上の感情を抱くサトリだった。
※
同じ頃、仁太は天使と一緒に久能家を訪れていた。メールで連絡を交わしたところ、春名典子がレンにお礼が言いたいということで、付き添うこととなった。
事件の翌日なので会うまで心配していた仁太だが、引きこもらずに自分から家を出てきた彼女を見て、素直に驚き、敬服する感情を抱いた。
トラウマを抱えてもおかしくない経験をした典子だが、少なくとも仁太の前では弱さを見せないように振る舞っていた。着慣れないパンツスタイルは、その表れでもあった。
「なんの用だ?」
表門に現れたレンは歓迎するでもなく、いつも通り不愛想に友人らを迎えた。
「天使から話があるって」
仁太が取り持った。
「なんの話だ?」
よそ行きの白いシャツにタイトなパンツを合わせたレンは、とても家で寛いでいたとは思えない格好だった。
「昨日は助けてくれて、ありがとうございました。どうしても直接お礼が言いたくて、無理を言ってお伺いしました」
典子が心を込めて、目を見てハッキリと伝えた。
「悪いが、助けた覚えはない」
いつも通り、レンは冷淡だった、そう見えるだけかもしれないが。
「いいえ、死神に命を救われたんです」
被害に遭ったばかりなのに、典子は強気だった。
「人違いだ。いや、勘違いじゃないのか?」
「いいえ、久能くんのおかげです」
レンが仁太を睨みつける、いや、ただ見ただけかもしれないが。
「ホラを吹き込んだのは、お前か?」
「いや、どう考えてもレン、お前だろう?」
「そんな証拠、どこにある?」
「証拠はないよ」
「だったら帰ってくれ」
「お前、家にも上がらせてくれないのか?」
「オレの家じゃないからな」
「おれたち友だちだろ」
「友だちなら、オレに迷惑を掛けるな」
口論では絶対に勝てないと知っている仁太が悔しがる。
「お前ってヤツは、本当に、残念ヒーローだよ」
「用が済んだら帰ってくれ」
レンは、やはりレンだった。
「いいよ、帰ればいんだろ」
「それでこそ友だちだ」
そこで天使が思いを伝える。
「あなたが、わたしの神様です」
「忙しいんだ。帰ってくれ」
「はい」
そこで引き上げようとしたレンが、思いとどまり、天使に尋ねる。
「今日はワンピースじゃないのか?」
「……はい」
天使の表情が暗く沈んだ。
「チャンネルの紹介文に『ワンピースは天使の制服』とあったが、間違いか?」
「今日は、ちょっと……」
レンが冷淡な口調で告げる。
「悪いのは犯罪者であって、着ている服に罪はないんだぞ」
そう言うと、返事を待たずに立ち去るのだった。
※
駐車場にいたサトリを拾って、すぐに車を走らせた秋津が運転しながら尋ねる。
「今朝のニュースは観た?」
「はい。あれはどういうことですか?」
現職の刑事が事情を説明する。
「報道の通りだよ。薬物による集団中毒死で捜査は終了だ」
「そんなわけないですよね?」
「うん」
「十人が同時に心臓発作を起こしてるんですよ?」
「うん」
「カメラ映像にもその時の状況が映っていたんですよね?」
「うん」
「おかしいじゃないですか!」
秋津が事情を説明する。
「現場で死んでいた全員が、一応は薬物の常習者たちだったんだ。それで科警研の大関さんに質問したんだ。集団催眠のような状態で全員が同時に死ぬことなんかあるのかって。答えは『ない』ってさ」
サトリが「じゃあ、どうして?」と答えを急く。
「オレにも分からないよ。昨日の時点で捜査から外されたんだ。オレだけじゃなくて警部もね。つまり警視庁が丸ごと外されて、所管が警察庁と厚労省に移されたんだ。ここから先は何もできない」
「ただの薬物事件じゃありませんよ」
とサトリが粘る。
「科学が風評に負けるのはいつものことさ。特に、科学者がニセ科学を広めて、政治家が乗っかり、国とマスメディアが一体となって嘘を広める、こういう時は決まって裏で巨大な権力や利権が絡んでいるんだ」
秋津がやり切れない思いをぶちまける。
「一部の人は間違いに気づくけど、大抵は有耶無耶になる。これまでがそうだったんだから、今回も期待しない方がいい。国民の大半が間違ったり関心がなかったりするとブレーキが利かなくなる、また過去を検証しようともしない、そういう国民性だからね」
秋津が虚無感を吐露する。
「昨日は〝新世界〟が始まったと思ったけど、全然だったね。何も変わらないよ。死神すら闇に葬ることができるんだ。昨日まで死神を話題にしていた人たちも、今は薬物の話題一色だろう? メディアとは、国民自身のことなんだろうな」
捜査で知り得た情報も話す。
「その薬物だけど、昨日、あれから警部と合流してアイコーの父親が囲っている愛人宅に行ったんだ。死んでたよ。驚いたのは部屋の中に麻薬取引に関する記録が残されていたことだ。密輸ルートから顧客リストや麻薬の保管場所まで、全部ね」
秋津が振り返る。
「あれが問題だったんだろうな。大企業の会長から政治家や芸能人の名前まで何百人と書かれていたからね。正直、なんでそいつらが捕まらずに称賛を浴びて悠々自適に生きてるんだって思ったよ。あまりにも人をバカにしすぎている」
彼の根っこにあるのは、一般市民を守るお巡りさん、それしかなかった。
「捜査から外されて頭にきたんで、警察を辞めて暴露本を書いて大儲けしてやろうかと思ったけど、相棒に怒られたので今回は我慢することにした。警部や先輩に迷惑を掛けるわけにもいかないしね」
※
それからしばらく走らせて、駅近のデザイナーズ・ホテルが見える路肩に駐車する。
「死神のターゲットが泊まっているのは、最上階のスイートだ。警察が情報を掴んでいるということは、死神も同じ情報を持っていてもおかしくない」
サトリが戸惑いながら秋津に尋ねる。
「一緒に行ってくれるんですか?」
「当たり前だろう」
「でも、捜査から外されたんですよね?」
「あぁ。でも今日は非番だからね」
「大丈夫なんですか?」
「ギリギリアウトだ」
「ダメなんじゃないですか」
「刑事の性ってヤツだよ」
その言葉に霧が晴れたような気持ちになるサトリであった。
「ありがとうございます」
「何のこと?」
「幼稚な死神に勝つ方法が見つかりました」
「分からないな」
「とにかく急ぎましょう」
シートベルトを外そうとするサトリを慌てて止める。
「ダメだよ。その前に駐車場を探さなきゃ」
「え?」
「警察車両じゃないんだから」
「そういうのはキッチリしてるんですね」
ということで、ホテルに隣接する駐車場に向かった。




