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 天使こと春名典子は、芸能事務所との打ち合わせをするため駅前に来ていた。天気も良く、休日ともあって駅前繁華街はいつも以上の賑わいになっていた。


 指定された場所は駅から五分のレッスン場。宣材写真を撮りたいからとオシャレな格好をしてきてほしいということで、天使の制服でもある白のフリルのワンピースを着てきたのだった。


 レッスンスタジオが入ったビルの前に到着すると、その立派な外観に気圧されたが、気合を入れるために鏡で前髪をチェックして、外階段を上がって行った。


 後から階段を上がってきた人たちに気を取られながらも、緊張をほぐすために入り口のドアの前で呼吸を整える。そして、インターホンを鳴らす。


「はい」

「打ち合わせの約束をした春名典子です」

「あぁ、はいはい。いま開けるね」


 チャラそうな応対に違和感を覚える天使だが、ギョーカイ人のノリだと一人で納得するのだった。


「ノリコちゃん?」


 ドア口に現れたのは黄色いグラサンを掛けたホスト崩れのスーツ男で、歯だけが異様に真っ白な四十代のオッサンだった。


「ついてんな。ちゃんと来てくれたんだ」

「あの……すいません」


 男の姿を見た瞬間、心臓が破けそうなくらいの動悸がして、すぐに引き返そうとしたのだが、あっさりとオッサンに手首を掴まれるのだった。


「はい、捕まえた」


 その直後、天使は背後から四人の男たちに囲まれ、力任せに養成所の中に引きずり込まれるのだった。


「放してください。帰ります」


 そう言って必死の抵抗を試みるが、非力な天使に為す術はなかった。


「いい子だから、おじさんの言うこと聞こうね」


 若い反社の男に両脇を抱えられて、そのままレッスン場に運ばれるのだった。


「おい、やめろ!」


 レッスン場にオッサンのドスの効いた声が響いた。


「傷つけんな」


 途中で天使が暴れたので、それに腹を立てた若い男が天使のケツにケリを入れたのだが、それをオッサンに咎められたのだった。


「あとで楽しませてやるからよ、撮影が終わるまでは商品に傷をつけんなや」


 レッスン場には場違いなベッドが置かれていて、カメラや照明を調整する若い反社の男の姿があった。


「カメラを回すまで触んなよ、生のリアクションが大事だからな」


 生まれて初めて暴力を奮われた天使は逃げ出す意欲も喪失し、放心状態のまま背もたれのある椅子に縛りつけられるのだった。


「あぁ、泣かないで。本番まで取っておいて」


 涙を流す天使を見て、オッサンが優しい声を掛けた。


「早い方がいいな。お前ら準備しろ」


 雑用をやっていた者も含めて、レッスン場にいた若い反社の男たち八人がスタジオの事務所に戻っていった。


「ああ、坊ちゃん、上玉じゃないですか」


 入れ替わるようにやってきたのが、バスローブ姿のアイコーこと愛甲誉だった。身体の線は細いが背だけは高かったので、とても中学三年生には見えなかった。


「これは大金に化けますよ」

「あっそう」


 ディレクターのオッサンはアイコーの父親の部下だった。それよりも少年の関心は春名典子にあった。


「ッチ」


 クセでもある舌打ちしながらアイコーが天使に詰め寄る。俯いたまま椅子に縛られた天使の顎を持ち上げる。


「坊ちゃん、傷は勘弁してください」

「ッチ」


 舌打ちして、天使の側頭部を軽く小突くのだった。


「全部お前のせいだからな」


 天使からの反応はない。


「何がイジメの主犯だよ。勝手に死んだんだろ」


 天使からの反論はなかった。


「お前の動画のせいでヨシとキヌが死んだんだから同じ目に遭わせてやるよ」


 天使に反応なし。


「殺す前に一生分のセックスをさせてやるからな、感謝しろ」


 アイコーの言葉は中三にして犯罪者の思考、発想そのものだった。


「おしっ、坊ちゃん、始めましょう」


 マントを羽織って覆面をした全裸の男たちがレッスン場に続々と集まってきた。壁を背に一列に並んでオッサンの指示を待つ。


「ちょっと髪の毛セットしろや」


 乱れて天使の輪が消えていた典子の髪を雑用係が直す。それを受け入れるとか、すでにそういう精神状態ではなかった。


「まずはブツ撮りを頼むわ」


 雑用係がカメラで天使を舐めるように撮影する。


「あとで制服に着替えさせるから、一本目はリアルに行くぞ」


 天使の表情は死んでいるが、それでも構わないようだ。


「裁ちハサミで下から行くぞ」


 メイン男優の男が着ているワンピースの裾にハサミを入れる。


「下着やインナーは残せよ」


 ハサミで切り裂かれ、インナーのペチコートを残したまま、雑にワンピースが剥ぎ取られた。


「怖がらせるなよ、やさしくな」


 天使にもやさしく声をかける。


「きれいに撮ってあげるからね」


 言葉とは違って、足首と後ろ手に縛ったガムテはほどかなかった。


「背面はあとで撮るから、その肌着も切っちゃえ」


 切り裂かれたインナーがはだけ、ブラジャーとショーツだけになり、天使が隠していた素肌が露わになった。


「エロいな。じっくり撮れ」


 壁に整列していたマントの全裸男たちがシコシコ始めたが、そこでカメラの前を横切るマント男が現れるのだった。


「ジャマだよ。どけよ」


 オッサンの声に振り返ったマント男は、髑髏どくろのマスクをしていた。


「誰だ、お前?」


 マントに隠していた両手には鎌が握られており、振り下ろした瞬間、オッサンは心臓を押さえて倒れるのだった。


 それから次々と鎌が踊り、逃げる間もなく、アイコーを残して全員が床に倒れ込むのだった。


「オレの名を言え」


 腰を抜かし、壁際に追い詰められたアイコーが反抗することなく、素直に答える。


「死神」


 死神がしゃがんで、顔を付き合わせる。


「お前の父親、ギンおじはどこにいる?」

「愛人のマンション」

「場所は?」

「自宅の近くにある一番高い建物。その最上階」


 そこで死神が録画中のカメラに気づき、アイコーに命じて手持ちカメラと三脚の固定カメラを停止させるのだった。


「ごめんなさい。死にたくないです」


 跪いて赦しを請うが、死神が見下ろしながら問う。


「シュガーは?」

「この近くのホテル」

「母親は一緒か?」

「明後日までなら」

「そうか、正直に答えられるじゃないか」

「はい。俺が悪かったです」

「最初から真っ当に生きれば良かったんだ」


 そう言って、鎌を振り下ろし、処刑するのだった。


「これはお前にとっての始まりだ」


     ※


 それからしばらくしてサトリらがレッスン場に駆けつけてきた。すぐに天使を解放し、天川がシーツに包んであげて、応援が来るまで事務所で介抱し続けるのだった。


 サトリも天使に付き添おうとしたが、秋津に呼び止められて事件現場を調べる手伝いをさせられるのだった。


「どれも外傷が見当たらない──」


 手袋を嵌めた秋津が全裸で死んでいる覆面男たちを見て言った。


「──こんな真似できるのは死神しかいないんだから流石に誤魔化しようがなさそうだ。まさに新世界の始まりだよ」


 サトリは何も言えなかった。


「カメラだ。殺害状況が映っているかもしれない」


 一人で録画映像を確認した秋津がサトリに報告する。


「死神は映っていないが、ここにいる者たちにはハッキリと見えていたみたいだ。会話までしている。最後にアイコーの父親の居場所を聞き出していたよ」


 それから佐田警部に電話で報告するのだった。


「子供が先で、父親が後?」


 サトリが疑問を抱くが、秋津に答えられるわけがなかった。


    ※


 それから警察がきて現場を調べたのだが、証拠映像が残っていたこともあり、大量死したにも拘らず、落ち着いて鑑識作業が行われたのだった。


 サトリは最寄りの警察署まで天使に付き添おうとしたが、少年課の女性刑事に任せるべきだと天川に諭されて、アイコーの父親の愛人宅へ向かった秋津とも別れた。


 その後、遅れて現場にやって来た仁太と合流して、自転車を押しながら自宅方面へと一緒に帰った。


 身近な人間が性被害を受けたことで帰り道は無言が続いた二人だったが、行き先が分かれる交差点で、信号待ちをしながら立ち話となった。切り出したのは仁太だ。


「死神はレンで間違いない。サトリが電話に出ないからアイツにもメッセージを送ったんだ。レンが助けに行かなかったら、天使は生きていなかったかもしれない。アイコーが『殺す』って言ってたんだろう?」


 サトリが「あぁ、そう聞いてる」とだけ答えた。


「おれもお前も急いで現場に駆けつけたさ。でも実際に助けたのはレンだ。仲間を守ると言っていたサトリではなく、彼女のことを仲間だとも思っていないレンが守ったんだ。それだけは忘れるなよ」


 そこでかぶりを振る。


「違うな。お前を責めているわけじゃない。おれも守ってやれなかった。でも、おれはレンに助けを求めたぞ? お前はレンのことを少しでも考えたか?」


 途中で興奮し始めた仁太が自分を落ち着かせるために大きく息を吐いた。


「レンに連絡したことで、お前よりも役に立った。今の気持ちは、こう、なんか、世界がひっくり返った気分なんだよ。お前と一緒に死神を追い詰めるより、レンに協力した方が世の中の為に、いや、自分の為になるんじゃないかと思っている」


 そこで宣言する。


「おれは死神を捕まえない。悪いが、そうさせてもらう」


 そこで自転車にまたがる。


「じゃあな、友よ」


 そう言い残して走り去るのだった。

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