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 天川が運転する車内では三人の会話が続いていた。後部シートに座るサトリがDB事件の関係者の澤田と会って話したことを報告し、秋津が質問した。


「自殺した女の子の父親って、間違いないの?」

「はい。本人が言ってましたから」

「それで死神の信者になったわけだ」

「はい、ただ──」


 サトリには違和感があった。


「──娘さんの死がキッカケとも思えないんですよね。父のことを悪く言ってましたから。我々もDB事件の概要を知った気になっていますけど、ひょっとしたら関係者すら知らされていない裏の裏があるんじゃないかって思いました」


 秋津が恐る恐る尋ねる。


「お父さんが不正や悪事に関わっていると?」

「それはありません」


 サトリは断言したが、根拠はなかった。


「ただ、澤田さんが『悪魔』というのも理解できます。ただし、時と場合によって〝悪にもなれる〟という意味ですけど」


 秋津が「オレには違いがわからないよ」と言って話を終わらせた。


「あれ、最上警視正じゃない?」


 自宅前に到着した時、天川が前方を見て言った。サトリの父親が送迎車から降りてくるタイミングと重なったのだった。


「父さん!」


 急いで車から降りたサトリが呼び止めて、自宅前で天川と秋津を紹介した。緊張した現職刑事からは、挨拶以上の言葉はなかった。


「派手な事件になったな」


 裕一郎が息子に話し掛ける。


「捜査は順調か?」

「正直、解決の目途が立っていません」

「それは我々も同じだ」

「これ以上、何かできるとは思えません」

「俺は、お前に期待している」

「それは父さんの命が狙われて身動きが取れないからですか?」


 それを聞いた裕一郎は不気味に笑うのだった。


「覚よ、敵と味方を見誤るなよ」


 そこで「これからも愚息の面倒をお願いします」とお願いして去った。残された刑事二人は終始恐縮してばかりだった。


「最後の言葉、どういう意味でしょう?」


 サトリの疑問に、天川が一言。


「こっちが訊きたいんだけど」


     ※


 大型連休初日。快晴ということもあり、サトリと仁太とマイミィと天使の四人は朝から教育の杜にあるオープンテラスでコーヒーを飲んでいた。


 緑が溢れる広い敷地にパラソルが立てられた丸テーブルが置かれており、プライバシーへの配慮が窺えるゆったりした空間となっていた。


 サトリは暗色のニットとパンツで、仁太も面白くない単色のシャツとパンツスタイルだった。一方でマイミィは素肌もオシャレに取り入れたギャルコーデに命を懸けていて、天使も姫系ファッションに拘り抜いていた。


 傍から見れば二組の高校生カップルのダブルデートだが、話題はD4の原点でもある『デスノート』に関してだった。仁太が釈然としない思いを伝える。


「作品の欠点とまでは言わないけど、やっぱり名前の問題が引っ掛かる。結婚や離婚で名前が変わった人や芸名や通名とか、改名とか洗礼名とか。何をもって本名とするか、それこそ人によって捉え方が違うだろう? だから名前を変えるわけだし」


 サトリにとっては解決済みの問題だった。


「原作こそ神書なんだから、そこで複雑な問題が発生しないということは、複数の名前から一つでもヒットすれば殺せるってことなんだよ。罪人が急いで改名の手続きをしても逃れられるわけがない。だから名前は誤魔化せないってことだ」


 天使が名前にまつわるエピソードを思い出す。


「昔の人が幼名を用いるのは厄除けや健康を願うためだと聞いたことがあります。呪詛から逃れるために隠していたという話は有名ですね。また、名前が〝呪い〟そのものだという話もあります」


 マイミィが自分語りする。


「ワタシなんて〝美しく舞う〟だよ? 一生舞い続けなくちゃならないんだから疲れるよ。ほんと名前って、親からもらった呪いだよね」


 仁太は納得していない。


「名前の問題は大目に見よう。でも、それなら名前を知られずに悪事をはたらく者が見過ごされてるってことだろう? 『デスノート』って、そういう狡猾で一番の巨悪を倒せないから不満が残るんだよな」


 これにはサトリも同意せざるを得ない様子だ。


「報道ベースだと冤罪や身代わり出頭の可能性もあるし、事件の黒幕も分からない。報道を鵜呑みにして殺すと、却って犯罪組織にとって都合が良くなる場合もある。キラは第一人者だけど、一代では太平の世は築けないってことだな」


 それを自分たちに置き換えた瞬間、閃きを得るサトリだった。


     ※


 それから四人で『コナン』の話をしている最中にマイミィが中学生の女の子三人に声を掛けられて、写真撮影に応じて、握手までして、得意げな顔をして席に戻るのだった。


「すっかり芸能人だな」

「学校でも大人気だよ」


 仁太のお世辞を真に受ける、それがマイミィだ。


「番組を見返したけど、噛まずに喋れて、自分でもスゴイと思った」


 仁太が天使をチラ見する。


「ずいぶんと差がついちゃったな」

「最初から勝負なんてしてませんから」


 分かりやすく不機嫌になる天使だった。

 仁太が慌ててフォローする。


「冗談だよ」

「いいんです、気にしてませんから──」


 報告する。


「それに、わたしもメディア出演しますので」

「うそ」


 驚いたのはマイミィだ。


「明日、打ち合わせがあります」

「ほんとに?」

「DMで仕事の依頼がきました」

「どこから?」

「ハートフルという芸能事務所です」

「タレントでもないのに?」

「所属契約も含めた話し合いになります」

「どこで?」

「駅前に養成所が入っているビルがあるそうです」

「マヂじゃん」


 そこでマイミィが自分語りする。


「ワタシもDMで勧誘がたくさん来てるんだ。ヘンなのもいっぱいあるんだけど、その中で一つだけ気になるのがあって、会うかどうか迷ってる。英弘大の政治系サークルなんだけど、どうせ進学予定だし、ワタシも興味があるし、どうしようかなって。サトリくんはどうしたらいいと思う?」


 いきなり話を振られて返答に困っている様子だ。


「なんで俺に訊くの?」


 マイミィ、激怒。


「政治に興味を持ったのがサトリくんの影響だからだよ。国の未来を作るにも、国の過去を残すにも、法が必要で、そのためには立法府で働くのが一番だって言ったじゃん。サトリくんがワタシの将来を決めたんだよ」


 ここでも新たな閃きを得るサトリだった。


     ※


 四人で政治や将来について語り合った後、ようやく本題でもある死神事件の話題へと移った。現状を報告したのは仁太だった。


「アイコーとシュガーの二人は学校を休んでいるそうだ。おそらく転校するだろう、死神に殺されなければの話だが」


 天使が報告する。


「後輩の女の子から聞いた話ですが、二人とも周囲には海外へ留学すると言っていたそうなので、死神から逃れる可能性もあります」


 マイミィが疑問を口にする。


「死神は日本にいながら海外にいるターゲットを殺すことができるのかな? ヨミちゃんから聞いたけど、死神は空も飛べないらしいよ」


 サトリが説明する。


「死神は飛べないし、壁抜けも瞬間移動もできない。ターゲットが身を隠せば見つけることすらできないんだ」


 マイミィの仮説。


「ということは、二人が海外で死んだらレンくんは死神じゃないってことになるね」


 天使が率直な感想を口にする。


「そもそも、わたしは久能君が死神だとは思えません。やってることが幼稚ですし、それでいて残虐です。とても、そんなことをするような人だとは思えません」


 仁太が否定する。


「いや、アイツは幼稚だよ。おれも最初は信じられなかったけど、死んだ父親も死神だったという話が本当なら、死神のことわりに従って殺してるんだろ。人間とは倫理観が異なっているんだよ。理解しようとするだけ無駄だと思うね、ただ──」


 そこで仲間を思い、悔しそうな顔をする。


「──やり方ってもんがあるだろ、って言いたいけど。もっと他に使いようがなかったのかってさ」


 そこでもまた新たな閃きを得るサトリだった。


     ※


 翌日、サトリは天川と秋津の刑事コンビと一緒に三人で、リストに名前のある大関等おおぜきひとしの元を訪ねた。


 大関は警察庁の管轄にあたる科学警察研究所に配属しているエリートだ。主にテロで用いられる化学兵器の研究を行っている。


 来客室に現れた大関は休日も白衣姿で働いており、家族サービスはとっくの昔に諦めてもらったと自嘲気味に話すのだった。メガネを掛けて小太りなのは昔からで、運動不足が原因というわけではなかった。


「見ての通りの技術屋なんで、テロ対策室に呼ばれたといっても、頼まれた仕事を請け負ったくらいで、会議には呼ばれもしませんでしたし、お役に立てたかどうかも分かりませんね」


 天川が事前に質問内容を通知していたこともあり、訊かなくても勝手に一人で喋ってくれる効率のいいタイプだった。


「亡くなられた公安の式神しきがみさんね、調べたけど死神の証拠なんて見つかりませんよ。今も似たような事件が起きてますけど、本当に死神なんて実在するんですかね? 今でも思いますよ、みんなで私のことを騙してたんじゃないかって」


 記憶を辿る。


「死神がテロを起こしたのは奥さんが殺されたのがキッカケだと聞きましたけど、それも本当なんですかね? だって心臓発作でしょう? そんなもの、どこが事件の始まりか、死神から自供を引き出さないと分かりっこないんですから。その自供すら裏が取れません。事実は、奥さんが殺されてから死神の殺人予告が始まった、確かなのはそれだけです」


 科学者らしく安易な断定は避け、常に否定的な見解も持ち合せており、警察官のあるべき姿を体現していた。


「室長の息子さんがいる前で言うのもなんですが、我々テロ対の捜査官が聞かされた真相、それが事実かどうかも検証していなくて、あの人がまとめた報告書を受け入れることしかできなかったわけです。実際のところ、我々も何があったのか分からないんですよ」


 それから現在の死神事件について天川が詳細を語り、捜査の助言を受け、今後も助力を求めて、それに応じる大関と別れたのだった。


     ※


 サトリが外に出たタイミングでスマホの電源を入れ、そこで仁太から何度も呼び出しを受けていたことに気がついた。


「どうした?」

「今すぐ駅前に来い!」


 電話に出た仁太の息が上がっている。


「どっかで聞き覚えがあると思って天使が打ち合わせするハートフルって会社を調べたんだが、ヨシの親父が経営する芸能事務所の社名変更前の会社だったんだよ。とにかくお前も急げ! 場所は四人が出入りしていた養成所だ。住所はテキストで送る。おれの方は間に合いそうにない」


 サトリが「急いでください」と言って走り出す。異変を察した天川と秋津も駐車場へ急ぐのだった。

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