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桂木弁護士の死を知ったサトリは、観覧席で待機したままスマホを取り出し、富彦に電話を掛けた。隣にいる仁太も注視しており、マイミィも席を離れて彼の元へやって来るのだった。
「どうしたの? 同じCMが流れてるけど」
富彦は自社の研究所で放送をチェックしていた。
「余計なことを言わず、短く答えてくれ」
「うん」
「レンはいるか?」
「うん」
「隣にいるのか?」
「うん」
「ずっと一緒にいたのか?」
「うん」
「席を外さなかったか?」
「いや」
「一人になった時間は?」
「いや」
「トイレにも行ってないんだな?」
「うん」
「そうか」
富彦に報告する。
「桂木弁護士が死んだ」
「え?」
「事故ではないようだ」
「え?」
「でも死神の仕業ではないようだ」
「あぁ、うん」
「ちょっと遅くなるかもしれないけど準備を進めておいてくれ」
サトリらは生放送終わりに関係者を集めて死神に関する実験を行う予定であった。
「レンには富彦から伝えてくれ。どんな反応を示すか後で聞く」
そう言って、電話を切った。
「そんな偶然があるか?」
二人の会話を察した仁太が尋ねた。
「でもレンはシロだ」
「研究所なんて歩いてすぐの距離だろ?」
「無理だよ、ずっと富彦の隣にいたんだから」
「じゃあ、ただの心臓発作ということか?」
「そうなるな」
そこで仁太が違和感を覚える。
「そもそも死神が人間に化けてるっていう、サトリの話もおかしくないか? なんの根拠があるんだよ? 死神は死神として存在しているもんだろ。人間の異能みたいに語ってるけど、死神の何を知ってるんだって話だ」
当然の疑問である。
「だから今日はそれを証明するために実験を用意したんだ」
「死神の証明だぞ?」
「あぁ、証拠を見せてやる」
※
現場の判断で蘇生措置が行われたが、桂木弁護士が息を吹き返すことはなかった。事件性の有無は警察の捜査に委ねられた。
CM明けの生放送でアナウンサーから説明があったのだが、他の出演者は楽屋に戻されていたので、自社CMを多めに流しながらも追悼企画へ内容を変更して生放送を一人で乗り切ったのだった。
マイミィの楽屋にはサトリと仁太の他に本庁の天川刑事と秋津刑事のコンビが訪ねてきていた。
高校生三人はテーブルを囲んで座っていたが、二人の刑事は腰を落ち着けることはなかった。
「放送を観てたよ──」
秋津も死神の実証実験に参加予定だったので近くの研究所からいち早く駆けつけることができたのだった。
「──桂木さんの事務所の方に聞いたんだけど、健康そのものだったそうだ。そんな彼が楽屋で叫び声を上げた。それを廊下で聞きつけて駆けつけてみると、まるで化け物を見たような顔をして倒れているのを発見したんだ」
サトリに疑念をぶつける。
「どう考えても死神に殺られたとしか思えないけど、君は違うと言う。違うのはサトリ君の推理じゃないのか?」
高校生探偵が答える。
「俺たちが追っている犯人は必ず殺害予告をしています。それがなかったということは、別人と考えるのが妥当です。ならば『デスノート』で描かれたように第二のキラが現れたのか? 今のところ確かなことは何一つわかりません」
仁太が口を挟む。
「これが第二の死神の仕業なら大変なことになるぞ? 殺された弁護士は番組で死神の存在を否定しただけじゃないか。殺されるほどのことをしてないんだよ。そんなことを許したら世界から人がいなくなる」
マイミィは動揺を隠せない。
「どうしよう? ワタシのせいだよね。死神を否定したのは弁護士の先生だけじゃない。ワタシは桂木さんに対してイジメを助長させる加害者だと断罪しちゃったの。それが引き金になったんだよ」
天川刑事がフォローする。
「あなたのせいじゃないから自分を責めないであげて。人の死を見て、天罰が下っだと考える人もいるでしょう。でも人の命って、そんなに人間の都合で生き死にが選別されるものじゃないよね? 死神のことばかり考えてるから、なんでもかんでも死神に結び付けて考えちゃうのよ、高齢男性の心臓発作も」
最年長の天川が確証バイアスについて説明したことで全員が落ち着きを取り戻すのだった。
※
死神の実証実験が行われる研究所では、傘下の企業や大学の研究グループが共同で音と映像に関する実験や開発が行われていた。エンタメのみならず、家電製品への転用やセキュリティ技術の向上などを目的としている。
今回の実験には防犯カメラの開発チームや、音による防災対策を研究するチームや、エンタメの映像制作チームから数名が選ばれて参加していた。サトリの思いつきだが、富彦がいなければ集められなかった人たちばかりだ。
視聴用モニターが完備された実験室には、サトリ側の関係者として仁太、レン、マイミィ、天使、秋津、天川の七人が参加予定だったが、話を聞きつけた本庁の佐田警部も部下を引き連れて試験映像の試写に加わった。
試写会で映画を観るように座っているが、行われるのは死神を可視化させる実験である。もちろん世界初の試みであった。
富彦側の関係者も席に着いて見守る中、サトリはモニターと重ならない上手の位置に立って、会場を見渡しながら進行を務めた。
「本日、お集まり頂いたのは、死神を炙り出すための実験を行うためです。始める前に一つだけ確かめておきたいことがあります──」
そこで死神を見つめる。
「──レン、お前は既に警察から事件の容疑者として疑われている。警察も疑っていることを隠してないから、お前も疑われていることも知っているんだろう? そのことについてどう思っているか聞いておきたい」
本物の死神が答える。
「死神が事件を起こしたら、真っ先に疑われることは解っていた。しかし、オレは犯人じゃない。動機が十五年前の復讐というのは無理がある。暗殺できるなら、わざわざ犯行声明を出す必要はないからだ」
レンが推理する。
「犯人の本質、根底にあるのは〝模倣〟の〝模倣〟だ。そいつは『デスノート』を模倣したわけじゃない。誰かがやった『デスノート』のパクりをパクったんだ」
レンが犯人像をプロファイリングする。
「正義感はあるが、自分から行動を起こすようなヤツじゃない。でも、苦しんでいる人の力になりたい、期待に応えたい、裁かれない悪行が赦せない、そんな純粋で真っ当な感覚はあるんだ」
レンが犯人像を絞り込む。
「主体性がなく、未来へのビジョンもないが、誰かの為なら異常な行動力を発揮する。頭は良くも悪くもないが、好きな人や大切に思う人、その人の為になれるならバカになれるヤツ、そいつが犯人だ」
そこでサトリに冷徹な目を向ける。
「オマエがオレを疑っているなら、とんだヘボ探偵だ。この物語がオマエを主人公として描いているなら、まさに〝信用ならない語り手〟ということになる。ミステリー小説の手法の一つで、読者を欺くテクニックだが、二度とオマエへの信用が回復しない、最低最悪の最悪手とだけ言っておこう」
サトリは特に感情的になることはなかった。
「否定してくれて嬉しいよ。仲間の一人がテロリストというのは、あまりいい気がしないからな」
そこで本題に入る。
「先ほどレンが言っていましたが、この事件は『デスノート』を模倣した犯行声明から始まりました。それを死神はテロに利用したわけですが、重要なのは元のテキストを作った者も死神だったという事実です」
そこでサトリが上手の袖に待機していたヨミを呼び寄せる。人前に姿を見せた少女は地味なトレーナーにカラーパンツを合わせた、どこにでもいる女の子そのものだった。
「紹介します。同じ高校に通っている伊佐波夜美さんです。『デスノート』のように死神と人間のコンビがテロを起こしているのではなく、人間の姿をした死神が事件を起こしていると確信できたのも彼女のおかげでした」
仁太が尋ねる。
「あの時の話、事件が起きた最初の日、あれは本当の話だったのか?」
サトリが説明する。
「俺も始めから信じていたわけじゃない。でも、嘘だと決めつけることもしなかった。だから、ヨミが死神だと証明するために富彦に協力してもらうことにしたんだ。まずは最初の実験映像を観てください」
モニターに映像が流れた。実験室には食用の動物が檻に入れられ、水槽には魚が泳いでいたのだが、実験に参加したサトリが指示すると、触れてもいないのに動物が死に、魚まで突然死する様子が記録されていたのだった。
「これが死神の力です」
映像を観た者たち全員が言葉を失っていた。
サトリが続ける。
「同じように人間の命を奪うことも可能です。誰にも見られず、誰にも聞かれず、心臓を停止させることができるんです」
高校生探偵が講義を続ける。
「では、どのように死神の犯罪を立証すれば良いのでしょう? 立証するには決定的な証拠が必要です。そこで俺たちは手当たり次第に映像実験を行いました──」
会場のモニターが、独立した二つの部屋の監視カメラからの映像に切り替わった。A部屋にはベッドだけが置かれており、B部屋にはテーブルと椅子がセットされていた。部屋の中に人はいなかった。
「──昔からUFOや心霊写真などが存在し、最近は映像でも捉えられるようになりました。その全てが本物だとは思いませんが、自分の手で調べたわけでもないので全部が偽物だとも言えません」
飛び入り参加した本庁の刑事たちが胡散臭そうな目で見ているが、サトリは気にせずに続けた。
「これまで心霊現象だと思っていたものは全て死神の仕業だったのです。科学が飛躍的に進歩したことで、幽霊や宇宙人や神様だと思っていたものがインチキではなく、その反対で、神の存在を裏付ける時代に変わったんです」
サトリに迷いはなかった。
「それでは生実験を始めましょう」




