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「お願いします」
そう言ってアユミは、深々と頭を下げるのだった。その姿を見て、サトリが思わず立ち上がった。
「アユミちゃん」
顔を上げた少女としばらく見つめ合うが、サトリには真意を汲み取れなかった。そして、自分の浅はかさに気づく。
「そっか。俺は自分にできもしないことをアユミちゃんに頼んでしまったんだね。レンを説得したければ、自分の手でしなければならないんだ」
そこで死神の妹が少年に神託を授ける。
「お兄さまを救ってくれたら、あゆみが覚さんを一生守ります」
少女は真顔で言ったが、サトリは思わず笑ってしまう。
「いや、気持ちはありがたいけど、そういうのは警察官になりたい俺が言いたいセリフだよ」
「それでは、お兄さまを守ると約束してください」
アユミが真剣な眼差しで小指を差し出すのだった。
サトリが考える。
殺人犯の娘と警察官の息子。
親の因果が子に巡る二人の関係。
少女が頼ったのは兄ではなく、サトリだった。
少年が小指を絡め、きつく握る。
「レンを助ける、約束だ」
それから二人はアユミの門限に間に合うように通学路を歩き出したのだが、サトリが死神の妹に気になる点を尋ねる。
「レンはアユミちゃんが俺と会ってることを知ってるの?」
「いいえ」
「会ったことを内緒にした方がいいかな?」
「私は訊かれたら正直に答えます」
「疑われてることも、俺が疑ってることも、すでに察してるだろうな」
サトリが質問を変える。
「レンが今どこにいるか知ってる?」
「筐体は家ですが、どこにいるかは分かりません」
「きょうたい?」
「はい」
「どういう意味?」
「身体を残して、どこかに行ってしまいました」
「死神になるって、そういうことか!」
サトリが興奮している。
「まるで幽体離脱じゃないか。世の中にある心霊現象って、ひょっとしたら全て死神が元になっているのかもしれない。物質化、瞬間移動、物体浮遊、念写、霊言、霊視、霊聴、それら全てが死神の持つ力なんだ」
サトリが質問する。
「死神について他に知ってることはない?」
「わかりません」
「どんなことでもいいんだ」
「ごめんなさい」
サトリはアユミの言葉を信じた。
「そういえば、今どこにいるか分からないって言ったよね?」
「はい」
「つまり死神が動き出したんだ」
※
サトリから連絡を受けた仁太は急いで家を出て、自転車を飛ばしてキヌこと鬼怒田力の自宅へと向かった。
死神のターゲットである四人の住所はD4で共有しており、サトリはアイコーの元へ、富彦はシュガーの元へ、マイミィと天使はヨシの元へと向かっているのだった。
「おれだ。自宅前に到着したぞ──」
キヌの家は広い庭付きの家が建ち並ぶ閑静な住宅街にあった。到着してから立ち漕ぎで家の様子を窺いつつ、玄関前でサトリに電話した。
「──で、何をすればいいんだ?」
「安否確認を急いでくれ」
「面識がないんだぞ?」
「急げ」
仁太がインターホンを鳴らすも、反応はなかった。
時間を置いて、もう一度。
「留守だな」
「土曜の夕暮れ時だもんな」
「どうする?」
「四人とも芸能活動してるんだよな?」
「駅前にレッスン場がある」
「そっちで落ち合うか」
「ああ。いや待て──」
そこで玄関からカバンを提げたキヌが現れる。
「──いたよ。どっかに出掛けるつもりだ」
「仲間と会うのかもしれない」
「それだと手間が省ける」
「尾行するから一旦切るぞ」
※
同時刻、マイミィと天使もヨシを尾行していた。その三人は同じ学区に住んでいるので早く合流することができたわけだ。
「盗撮ですよ」
マイミィが尾行しながらヨシの行動を動画撮影しているのだが、天使にはその行為が許せないようだ。
「これは事件だから」
「まだ何も起きていません」
「これから起きるかもしれないじゃん」
「わたしは反対しましたからね」
住宅街の通学路を歩くヨシが町内会の掲示板を見つけて立ち止まる。その様子を見て、マイミィが感想を言う。
「自分の名前が書かれてないか不安なんだろうね」
「違います──」
天使がヨシの行動を実況する。
「──カバンからチラシを出して貼り付けました」
「行ってみよう」
ヨシが立ち去ったタイミングを見計らって二人が掲示板を覗くと、そこには鬼怒田力の名前が書かれた死神の殺人予告のポスターが貼られていたのだった。それをカメラに映しながらマイミィが感想を口にする。
「どういうこと? 死神の正体は善川君だったっていうこと? これってワタシたちの学校に貼られていた死神の啓示と一緒だよ。サイズも書体も一緒だもん」
ヨシの動向を目で追っていた天使が注意する。
「追い掛けないと見失ってしまいます」
そこで切り替えて、二人は尾行を再開した。
※
住宅街の通学路を一心不乱に歩くキヌ。
「どうやら目的地は学校のようだ」
自転車を押しながら尾行する仁太が電話でサトリに伝えた。
「こっちは留守で居場所が掴めなかった」
「だったら合流場所は明誠中だ」
「今から向かう」
仁太が話を変える。
「ところでレンは?」
「レン?」
「なんで声を掛けなかった?」
その問いにサトリは答えなかった。
「何かあったか?」
「理由は後で話す」
そこで目で追っていたキヌの行動に不審を抱く。
「二世の坊ちゃん、建築中の家の立て看板に何か貼り付けやがったぞ」
「確認してくれ」
キヌが立ち去るのを待って報告する。
「死神の予告だ」
「はっ?」
「善川金児の名前が書かれている」
「どういうことだ?」
「こっちが訊きたいよ」
※
明誠中学校。
薄暮のグラウンド。
静寂に佇む善川金児。
そこにニヤケ顔はなかった。
部活動を終えた生徒の姿はまばら。
誰もヨシを気に留めない。
ヨシも周りを気にしない。
見つめる先に俳優仲間。
鬼怒田力が真っ直ぐ歩いてくる。
いつもの不機嫌顔。
挨拶もなければ愛想もない。
グラウンドのど真ん中。
出会い頭の出来事だった。
二人が同時にカバンから包丁を抜く。
めった刺し。
顔に首に包丁を刺し続ける。
飛び散る血しぶき。
方々から悲鳴。
防御せず、ひたすら刺す。
仁太が駆けつけた時、二人は既に息絶えていた。
しゃがみ込んだまま動けない天使。
マイミィの目から涙が伝う。
それでも一部始終をカメラで記録し続けるのだった。
※
サトリが明誠中に駆けつけた時、すでに日は沈み、殺害現場として入り口は封鎖されていたが、事件関係者であることを自ら伝えると、二階の職員室の隣にある相談室へと連れて行かれた。
そこで四人掛けのテーブル席に固まって座っている仁太とマイミィと天使の三人と再会したが、あまりにもショックが大きく、三人とも憔悴しきっていて会話どころではなかった。
事件の目撃者となった生徒も複数人いたが、全員が講堂に集められて所轄署の少年課の警官から心理的なケアを受けていた。
事件が発生する前からサトリは本庁の刑事と連絡を取り合っていたので、今回も現場に一番に臨場したのが天川と秋津のコンビだった。
鑑識作業が行われているが、すでにマイミィが撮影した動画を提出しているということで、本庁の捜査班に焦りや慌ただしさは見られなかった。
「サトリ君、こちらは佐田警部。あなたの口から説明してもらえるかな」
仲間の三人とは別のソファ席に座っていたサトリだが、天川が上司を紹介したので立ち上がろうとしたのだが、それを制したのが佐田だった。
「そのままで──」
警部がサトリの正面に腰を下ろし、その隣に天川が座り、秋津は戸口の隣に立ったまま室内警護についた。
「──最上警視正のご子息という話は伺っていますが、いまは事件についてお聞きしたい」
サトリにとっては予想できた質問だったので答えに窮することはなかったのだが、久能愛弓が情報提供者であることを秘匿しなければならなかったので不自然な行動に対する説明が不十分となってしまった。
「事件発生を予見できたわけではないと?」
案の定、佐田警部にツッコまれた。
「はい。あくまで偶然です。死神の予告殺人は過去三件とも学校の就業外の時間帯に起こっていたので、今週末に狙いを定めているんじゃないかと予想しただけです」
佐田が鋭い目つきで言う。
「父親譲りの勘の良さだ」
「外れてほしい予感に限って当たってしまうようです」
サトリ自身は父親が勘だけで動くような人じゃないと思っているが、それをわざわざ口にするようなことはなかった。
「二人は殺し合ったわけだが、犯人は別にいると考えているわけだな」
「はい」
「秋津と同じく、犯人は死神だと?」
「間違いありません」
「学校に通っている死神?」
「その通りです」
佐田は現実派だった。
「今回の事件は被疑者死亡で幕引きだ。仮に二人の子供を洗脳した者がいたとして、防御創も残さずに殺し合いをさせることなど可能だろうか? もし存在するならば日頃から二人の身近にいて、共通して信頼を寄せる人物ということになるが?」
認識派のサトリもまた現実的だった。
「これは人心掌握などのテクニックを用いたマインドコントロールではありません。死神には見ず知らずの人間をも、意のままに行動させる力があるというしかないのです」
佐田が問う。
「二人の被疑者の周りに黒幕はいないと?」
サトリが断言する。
「これはテロです。犯人は解っています。ただ、捕まえる方法がないだけです」
警部はまだ会話を続けたい様子だったが、新たな情報が入ったということで、二名の部下を連れて席を外した。
「三人とも気分はどうだ?」
サトリが仲間を気遣った。
「凄惨な事件を目撃すると食べ物を受け付けなくなったり、笑うことにも自己嫌悪に陥るってきくが、それも仕方のないことだ。警察が送ってくれるそうだから、帰ってゆっくり休んだ方がいいんじゃないか?」
それを仁太は無視して質問を返す。
「死神の正体を知ってるのか?」
「ああ」
「誰だ?」
「レンだよ」
前フリがあったのでマイミィや天使ほど驚いた表情は見せなかった。
「根拠は?」
「すでにテロ対策本部がマークしている」
ここでもアユミの秘密を守るサトリだった。
「でもワタシの生配信で死神に喧嘩を売ってたよ?」
マイミィが疑問に思うのは当然だが、サトリが死神の心理を読む。
「あれは二次的な冤罪や模倣を生まないための行動だ。死神は無差別に人を殺さない、というアピールでもある。そして、死神を挑発しても予告殺人は発動しないことを自ら証明して見せたんだ」
マイミィが質問を急ぐ。
「目的は何なの? 本気で夜神月になれると思ってるの?」
「ちがうちがう」
サトリが丁寧に説明する。
「俺たちが相手にしているのは死神リュークの方だよ。ライトに感化されたリュークがテロを起こしているから手も足も出ないんだ」
マイミィが問い質す。
「じゃあ、ワタシたちはどうしたらいいの?」
「今のところ、どうすることもできない」
アユミと約束したことで、当初の目的である、裁いて責任を取らせることもできなくなるサトリだった。




