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 梅嶋の警告は予想していたので、サトリにとっては驚くような話ではなかった。反対に少年探偵は元刑事の身の安全を案じる。


「俺は亡くなられた警視総監の自然死も死神の仕業だと思っています。復讐の本丸は俺の父親かもしれませんが、他の捜査官に魔の手が伸びてもおかしくありません。どのように対策を講じればいいと思いますか?」


 梅嶋に怯える様子はなく、平然とした顔で答える。


「君の友人が本物の死神なら、死から逃れることなんてできないのよ。死神がいなくたって死から逃げられないんだもん。死は平等であり、公平にできている。病気の人から死ぬ法則も存在しない。次の瞬間にも死は起こり得るものね。では、どうするか?」


 梅嶋の答え。


「私なら死神を恐れても決して怒らせない。常に見られている意識を持ち、感謝して、お祈りもする。つまり、日頃からやっている神様に対する行いと変わらないの。覚くんは、どうするつもり?」


 サトリの答え。


「法で裁きます。現行法で無理ならば、新しい法で裁くだけです。天界からわざわざ堕ちてきたんです。ならば下界で責任を取らせればいい。ギリシャ神話の半神半人の中には人間に殺された者もいます。つまり、それが現代で起こらないとも限らないわけです」


 梅嶋が微笑む。


「ふふっ、お父さん、そっくりね。でも、新しい法で裁くという発想はなかった。室長は状況証拠だけで死神を殺しちゃったから。そもそもDB事件とは──」


 要約すると、十五年前に殺人犯の死が相次いで起こったことに端を発している。合同捜査本部が設置されたものの、死因に不自然な点がなかったため、すぐに捜査は行き詰った。そこで警察庁のテロ対策本部に所管が移された。


 テロ対策本部は、初動の段階で被疑者の情報を詳細に知る身内の犯行であると断定し内偵を行った。現場トップの最上室長の調査により、警視庁の公安部に犯人がいることを掴んだ。それが久能兄妹の父親であった。


 武装化した宗教団体に潜入捜査していたのだが、狂信者に妻を殺されたことで犯行を計画したのが動機ではないかと結論付けた。


 最上室長は、宗教団体が隠れ蓑として潜伏している平和ビルへの強制捜査に乗じて死神掃討作戦を決行した。報道では殉職者一名とあったが、それが死神の正体だったと知る者は、警察庁の中でも限られていた。


「──死神の犯行は、そこで途絶えた」


 後輩の天川が尋ねる。


「最上警視正が掴んだ状況証拠というのは、どういったものだったんですか?」


 梅嶋が思い出す。


「死神がターゲットにしそうな凶悪犯の情報を使って囮捜査を行った。わざと情報を攪乱かくらんさせて、意図的に犯人しか知り得ない情報を作り出したの。室長だけが死神を見抜くことができたのよね」


 そこで少年探偵に問う。


「覚くん、君はどうするの?」


 今回の死神のターゲットである元捜査官から覚悟を問われたサトリが答える。


「皆さんを囮にすることはありません。『デスノート』のキラとLのように、レンも暗殺の手段を用いずにフェアな勝負に挑んできました。不意打ちをしないというなら、オレも堂々と勝負して負けを認めさせます」


 と言いつつ、具体的な方法が見つからないサトリであった。しかし決着は、そう遠くないの思うのだった。


     ※


 それから互いに連絡を交わす約束をして梅嶋家を後にした帰り道、車中で運転する天川が助手席の秋津と後部シートに座るサトリに話し掛ける。


「なんか先輩、雰囲気が変わった」

「警察を辞めたからじゃないですか?」


 話を受けたのは秋津だ。


「そっか、そうだよね」

「どう変わったんですか?」

「宗教的なことを言う人じゃなかった」

「いや、あれくらいが普通の感覚だと思いますよ」

「たしかに」

「捜査対象じゃなくなったんですから」

「うん」

「オレだって神社にお参りくらいはしますから」

「そうなんだ?」

「だからそれが普通なんですよ」

「でも、なんか違うんだよな」


 天川は何かが引っ掛かる様子だ。

 それに対して秋津は理解を示した。


「いや、陰謀論やマンガじゃなく、本物の死神と出会ったんですから、オレなんか脳がぶっ飛んでしまいましたよ。むしろ先輩のように平然としている方が異常です。たぶんだけど、まだ死神を信じてませんよね?」


 図星だった。


「だって、見てないんだもん」

「そりゃ死神ですから、リュークのように見えませんよ」

「なんでそれで信じれるわけ?」

「予告通りに殺せるからでしょ」

「そうなんだけどさ」


 そこでサトリが閃く。


「そっか、わかりました」


 秋津がビビッて振り返るも、サトリが独り言のように続ける。


「……見えればいいんだ。見えないから犯行を繰り返す。だったら見える証拠を突き出して、立証可能な犯罪だと思い知らせればいい」


 秋津が不安そうに尋ねる。


「サトリくん?」


 少年探偵が宣言する。


「俺は俺のやり方で死神に負けを認めさせます」


     ※


 その頃、久能家ではアユミが二階の廊下を音も立てずに歩いていた。兄の部屋の前までやって来て、緊張した面持ちでノックするが、中からの返事はなかった。


「お兄さま」


 小声で呼び掛けるも、やはり返事がないので心配になり、そうっとドアを開けてみる。部屋の中にはベッドで仰向けで眠っているレンの姿があった。アユミが静かに近づいて、頬にそっと触れる。


「……お兄さま」


 そう呟いて、開け放たれた窓の外を見つめるのだった。


     ※


 帰宅したサトリを玄関前で待つ少女がいた。


「アユミちゃん」


 わざわざ部屋着からシックなダブルボタンのワンピースに着替えて会いにきたのだった。


「どうしたの?」

「お話ししたいことがあります」


 普段は目をしっかり合わせるサトリだが、この時は様子が違った。後ろめたいことはしていないのに、なぜか申し訳なさそうにするのだった。


「俺も話さなければならないことがあるんだ」

「覚さんも?」


 アユミの声が少しだけ弾んだが、その無垢な喜び方もサトリを苦しめた。


「本当なら俺の方から会いに行かなければならなかった」

「連絡が取れれば良かったんですけど」


 久能家では高校に上がるまでスマホを持たせてもらえない決まりがあった。


「大事な話だから場所を変えようか」

「はい」


 そこでサトリは時計を確認する。


「門限は変わってない?」

「はい」

「いつもの公園に行こうか」


 そこで二人は移動した。サトリは久能兄妹と三人で一緒に下校することが多く、会話がディベート合戦に発展すると、近所の公園で門限ギリギリまで語らうことがあった。


 勾配こうばいのある曲道の一角に細長い高台公園がある。近くに大きな公園があるので利用する人は少なかった。


 ベンチの前までやって来たサトリは、レンがいつもやっているようにシートの埃を払ってからアユミを座らせるのだった。


 お姫様のように扱えばお姫様になるのか、それともお姫様には本来の資質が必要なのか、そんなことでも言い争ってきたのがサトリとレンの関係性だった。


「俺から話す。アユミちゃんにとってはショックが大きいけど、隠したまま一緒にいることはできないから正直に言う。全て聞いた上で判断してほしい」


 そこでサトリが意を決する。


「アユミちゃんの本当の父親を殺したのは、俺の父親だ。俺の父親が、君から大切な家族を奪ってしまったんだ」


 アユミの反応を見ずに説明を加える。


「十五年前。凶悪犯を狙ったテロがあって、その容疑者が君たち二人の父親なんだ。デス・ブリンガー事件と呼ばれている」


 本心を曝け出す。


「それで父親が射殺命令を出したんだけど、俺はそれが間違いだとは思っていないんだ。肉親だからかばっているわけではなく、父さんは正しい事をしたと思っている。二人にとっては悲劇でしかないのに」


 サトリが本音でぶつかる。


「恨んでも構わない。憎んでもいい。嫌いになるとか、そんなもんじゃなく、殺したいと思っても、何もおかしくない。アユミちゃんの気持ちをコントロールするつもりはないから、自分の頭で決めればいい」


 アユミの感情に一切の乱れは見受けられなかった。


「お兄さまから全て聞いています」


 サトリが神様を見るような目で少女を見つめる。


「すべて?」

「はい」

「父親のことも?」

「はい」

「死神のことも?」

「はい」


 サトリは動揺を隠せなかった。


「いつから?」

「覚さんと出会った時にお兄さまから教えてもらいました」


 サトリの脳裏にフラッシュバックが巡る。

 小学四年生のアユミちゃん。

 純真な瞳。

 D4の仲間と一緒に遊園地に行ったとき。

 無邪気な笑顔。

 急な雨で一緒の傘で帰ったこともあった。


「俺はなんてバカなんだろう」

「ごめんなさい。お兄さまが誰にも言うなと」


 そこでもサトリを気遣うアユミであった。


「じゃあ、死神の正体も知ってるんだね?」

「はい、……おそらく」

「定かじゃないの?」

「ハッキリとは聞いていません」

「だけど間違いないわけか」

「はい」


 サトリが死神の動機を推察する。


「レンは復讐を考えている。新世界への野望は、その口実にすぎないと思っている。アイツがやっていることはテロだ。それを本人も自覚している。テロを正当化するために、世直しを大義にすり替えているだけなんだ」


 神ほど超越していない、それがサトリの評価だった。


「アユミちゃん、君も復讐したいのか?」

「いいえ」


 即答だった。


「俺はレンに罪を認めさせたいと思っている。俺がやらなくても、すでに警察は動いているんだ。君の大切なお兄さんまで奪ってしまうかもしれない。レンを説得できるのはアユミちゃんだけだと思っている。これ以上の犯を止めさせることはできないだろうか?」


 アユミが首を振る。


「それはできません」

「復讐の方が大事だから?」

「違います」

「だったら、なぜ?」

「私には兄を従わせる力などないからです」


 そこでアユミが立ち上がり、年上の少年と向かい合う。


「覚さん、お兄さまを救ってください」


 それがアユミの願いであった。

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