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D4探偵事務所に富彦とレンが遅れてやって来たが、他の男女四人はデスドルの話題で議論を交わしていた。ソファに座るサトリが持論を述べる。
「イジメ動画の拡散。個人的には私刑なので賛同できるものではないが、その是非はともかくとして、現場で被害者が守られていれば第三者が声を上げる必要はないわけだ。これは学校関係者だけではなく、保護者も含めて社会全体が加害者を過剰に守ってきたから生まれた現象なんだと思う」
仁太は以前からデスドルを肯定してきた。
「加害者は自ら暴力の証拠映像を残して公開してるんだもんな。そんな奴らを擁護してはいけないし、許されると勘違いさせてもいけないんだ。それこそ間違った教育だろう?」
それに対して天使は慎重だった。
「いじめは良くありませんし、暴力をいじめと呼ぶのも良くありません。ですが、デスドルの一番の問題点は、拡散を望まない被害者の気持ちまでは汲んであげられないことです。その点を配慮できないと、結局はいじめをいじめでお返しするだけなので、社会全体のいじめ体質は変わりません」
付け加える。
「さらに言うと、裏取りが甘いとの指摘もあります。もしも被害者と加害者の認識を取り違えていたら、拡散することでいじめに加担し、助長させることにもなりかねません」
マイミィはデスドルに対して肯定的だった。
「だから創設者は政界進出を宣言したんだよね? ワタシもそれが正解だと思う。教育関係者は意地でも加害者を守ろうとするんだから、抑止力になるような強力な法改正が必要でしょう? 性犯罪と同じように加害者情報を共有できなくちゃダメなんだよ」
そこでサトリが得心する。
「デスボードの死神がやってることって、まさにそれなんだな。学校掲示板だけじゃなく、町の掲示板にもいじめっ子の名前が書き込まれるようになっただろう? 死神が考える正義は、そこにあるのかもしれない」
あえてレンを無視して、サトリが続ける。
「処理能力に限界が見えるので、おそらくは単独犯で間違いない。だけど有名人が殺されたので、今や日本中の学校で話題になっている。死神が動かなくても、勝手にいじめ問題が表面化されるわけだ。つまり市民運動も目的の一つなのかもな」
そこでサトリがD4の分析官に尋ねる。
「世間の反応はどんな感じだ?」
慣れた質問に富彦が答える。
「動きが早い。名前が書かれた掲示板情報を収集するアカウントがあって、個人名は伏せられてるけど場所は特定できるようになっている。もう既に死神を応援する味方が現れたっていうことさ」
付け加える。
「ただ懸念点もあって、やはりデスボードを利用したいじめも発生しているみたいだ。デスボードすらいじめのおもちゃにされてしまうんだ。だから僕たちの動画では関わらないようにと呼び掛けてるんだけどね」
さらに付け加える。
「それと一部の界隈でレン君も話題になってるよ。ポジティブな反応ばかりじゃないけど。おそらくだけど、キラ信者にとっては邪魔な存在なんだろうね」
そこで、なぜかマイミィが激怒。
「知ってるよ。レン君がワタシのボーイフレンドだって誤解して嫉妬してる子たちがいるんでしょ? なんでそうなるの?」
それには答えず、サトリがレンに尋ねる。
「そもそも、どうして動画に出演したんだ?」
「妹を守るためだ」
即答した。
「死神は、この世に存在しなかったんじゃないのか?」
「認めざるを得ないだろう?」
「動画に出れば妹を守れると?」
「死んだタレントの友達だと誤解されては敵わんからな」
「在校生に向けたメッセージだったわけか」
「誰だって冤罪は望まないだろうからな」
それが死神レンの本心だと願うサトリだが、ここでは追及しないのだった。あくまでD4の仲間として問い掛ける。
「それは希望的観測であって、レンが動画に出たくらいでは妹を死神から守れるとは限らないんだぞ?」
レンが他人事のように分析する。
「デスノートを模倣するような死神だ。キラのように悪人と思われるような殺しはしないはずだ。追う者は容赦なく殺すだろうがな」
それを警告のように受け止めるサトリだが、表情には出さなかった。
「ならば妹より自分の心配をするべきなんじゃないのか?」
「それは追い詰めたらの話だ」
「オレたちにはできないと?」
「死神の証明は不可能だ」
未だ無策のサトリに返す言葉はなかった。
※
散会後、レンは校門前で待ち合わせしていたアユミと合流して一緒に帰宅した。普段からバスを利用しているが、大事な話がある時は徒歩で二人だけの時間を大切にするのだった。
バスの路線に沿って歩くので交通量は少なくないが、歩行者は偶にすれ違う体である。人通りが少なくなったところで兄が切り出す。
「学校で嫌な目に遭わなかったか?」
「はい。お兄さまのことを『かっこいい』って言ってくださいました」
それを自分のことのように嬉しがるのだった。
「そういうことを聞いたんじゃない」
「だって、本当に噂で持ちきりだったんですから」
妹のことしか興味のないレンにとってはどうでもいいようだ。
「アユミはデスドルを知ってるか?」
「はい。お友達から教えてもらったことがあります」
「どう思う?」
「可哀想です」
「そうだよな」
「はい」
「そう思うのが正常なんだ」
冷淡ではなく、淡々とした語り口でレンが続ける。
「あれは屈辱的だ。被害者は、その姿を晒され続けるんだからな。それこそが加害者が望む行為だと、なぜ理解できないのだろうか。動画を回して共有するような奴らなんだ。拡散は、そいつらに快楽を与える行為でしかない」
D4の会話に参加しなかったレンが妹に説く。
「いじめ撲滅は間違っていない。しかし加害者の手口に乗っかる方法は間違っている。そこには賛否も是非もない」
隣で並んで歩く妹を見下ろすレンの眼差しだけが、彼にとって愛と呼べる唯一のものだった。
「第三者に助けてもらうとか、誰かに頼るような考え方を植え付けるような善意は害でしかない。自分の命は自分で守るんだ。大切な人の命も、自分の力で守らないとダメなんだよ。デスドルの議論は、そこが決定的に足りていないんだ」
レンが淡々と続ける。
「アユミがいじめられたら、オレは加害者を殺す。命とは、そういうものだからだ。かけがえのない命とは、何かあってからでは取り返しがつかないんだ。殺す覚悟のない人間に、命の本質など理解できるはずがない」
そこで不意にスマホを取り出しカメラを自撮りモードにする。
「お兄さま?」
「いや、なんでもない」
すぐにスマホをオフにするが、カメラには後方の離れた路肩に停車している黒のSUVが映っていたのだった。
※
土曜日の午後、サトリは天川の運転する車で秋津と一緒に三人で、DB事件の捜査を担当していた元刑事の自宅へと向かった。
人には聞かせられない話なので待ち合わせ場所に悩んだのだが、結局は先輩刑事の好意に甘える形となった。
サトリの地元でもある緑地帯を新開発した新興住宅地に一軒家で一人住まいをしているという話だが、内情は後輩の天川も知らないとのことだった。
手土産を持参して挨拶を済ませた三人は、リビングキッチンに通されて、テーブル席に案内された。梅嶋貴子の正面に天川が座り、隣に秋津とサトリが並んだ。
梅嶋はアラフィフの綺麗な女性だった。現役も退いた現在も筋力が落ちないようにトレーニングをしており、健康的で快活な笑顔が特徴的だった。天川だけではなく、女性警官にとって信頼できる姉貴分でもあった。
「室長の息子さんか。大きくなったね、しかもイケメン。小さい頃に抱っこしたことあるんだよ? 憶えてない? 憶えてるわけないか、二歳くらいだったもんね」
サトリが答える前に会話を完結させるのだった。
「ねぇ、けいちゃん、隣の秋津くんだけど、彼は大丈夫なの? 警察には悪い男がいるからね。ポルノとか麻薬とかちょろまかしてない? ダメよ、そういうことしちゃ、どうせバレるんだから」
秋津が「してません」と否定するも、いつものペースが崩されてるのは明らかだった。
「ねぇ、けいちゃん」
「はい」
「ちゃんと『デスノート』を勉強した?」
「勉強ですか?」
「何も知らずに捜査してるの?」
そこで梅嶋が厳しい目を向けた。
「すみません」
「私たちはDB事件の時に何度も議論したんだから」
「最上警視正もですか?」
「そうよ」
父親の知られざる一面を知り、サトリも驚いた。
「時間もないから簡単に説明するよ。『デスノート』で一番重要なキーワードって何だと思う? そう、それは〝予言〟なの。あのノートは書かれた内容が現実に起こる予言書なのが問題なのよ」
梅嶋の講義が始まった。
「原作ではノートの所有者だけが神の力を手に入れることができるんだけど、DB事件の犯人はどうだった? 犯人自身が予言を可能とする神そのものだったのよ。その違いは、あまりに大きい」
説明を加える。
「モーセもキリストもムハンマドも預言者なの。それは神の言葉を預かり伝える人だから、そう定義されている。神は一つなのだから他を認められるはずがない。しかし、死神は確かに存在した。それがどのような事態を招くか?」
その問いかけに梅嶋が自ら答える。
「大袈裟な話ではなく、確実に宗教戦争が起こる。十五年前は私たちだけで事件を解決したけど、今回のデスボード事件の死神が予言を続けるならば、容疑者を狙ったテロや戦争が起こるでしょうね。甘く考えているならば、君たちは目を覚ました方がいい」
そこで梅嶋がサトリに尋ねる。
「もう既に容疑者は絞られてるんでしょう?」
「はい」
サトリと秋津の秘密だったので、天川が驚く。
「そうなの?」
「黙っていて、すみません」
「誰?」
「クラスメイトの久能恋です」
「あの、動画に出てた?」
「その彼です」
「でも友達よね?」
それには即答できないサトリであった。
梅嶋が状況を確認する。
「DB事件の内部資料でもある捜査官リストを外部に公表したということは、最上室長も既に容疑者を特定したということね。DB事件の犯人には二人の子供がいたから、そっちの線であっさり目星を付けたのかもしれない」
梅嶋が少年探偵に助言する。
「予告殺人を止めないと、君の友人は射殺されるよ? 父親の最期と同じように。君のお父さんの発砲命令によってね」




