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 サトリは秋津刑事の愛車でマイミィ動画の生配信を視聴することにした。番組は前日と同じく撮影スタジオで情報番組に見立てたセットで行われていた。


 貸衣装のビジネススーツを着たマイミィとレンは、さながらキャスターとコメンテーターのようであった。


 まずはマイミィが前日の事件を振り返り、警察発表に間違いがないことを伝えて、これが予告殺人である可能性が高いことを示唆(しさ)するのだった。


「一部に彼女の犯行を疑うコメントがありましたが、その可能性はありません」


 次にレンが、犯人は同一犯であり、前の二件ではマイミィにアリバイがあり、防犯カメラでも不可能犯罪であることが判明していることを伝えた。


「オレ自身、死神の存在など認めてはいませんでしたが、三件の予告殺人を成功させるには、人間離れした力が必要なので認めざるを得なくなりました」


 持論を説く。


「しかし死神のやっていることまで認めるつもりはない。お前がやっていることは法の秩序を乱すものであり、悪以外の何ものでもないからだ」


 死神に語りかける。


「復讐か? 私怨か? 新世界を創るためか? お前のやっていることはキラの真似事じゃないか。誰がニセモノの創った世界に従うだろうか? お前はキラのアイデアを盗んだ、ただの泥棒だ」


 マジックでフリップに書き込んで、カメラに見せる。


「久能恋。それがオレの名前だ。今すぐデスボードに名前を書いて、オレを殺してみろ。お前に四十秒やろう」


 沈黙の四十秒。


「殺せないか。やはり、お前はニセモノだ」


 警告する。


「これ以上、子供たちを狙うなら、オレがお前を捕まえる」


 最後にマイミィが挨拶をして生配信が終了した。

 番組を観終わった秋津が大きく息を吐き出した。


「サトリ君が推理したように彼が死神の正体だとしたら、これは壮大なる茶番だぞ」


 高校生探偵も同じ感想だった。


「はい。まるで出来の悪いパロディです」


 秋津の乾いた笑い。


「ハハッ。確かに滑稽だ」

「キラとLを一人二役でやるようなもんですからね」


 サトリも笑うしかなかった。


「まるで高校生が初めて書いた小説みたいですよ。デスノートが好きで、それに似たものを書こうとしたけど、本家のキラよりも強大な敵を生み出しはいいものの、そいつを捕まえる方法がなくて収拾(しゅうしゅう)がつかなくなる。それが現在の我々です」


 秋津がウケる。


「大風呂敷を広げるだけ広げておいて、後で畳めなくなるヤツだろう?」


 サトリが想像する。


「レンが自分を主役としてシナリオを描いているとしたら、自分を悪役にするわけないですよね? 結末だってハッピーエンドを望むはずです。読者、つまり我々が納得できるだけの勝利ルートなんて、あるだろうか?」


 秋津が答える。


「彼の二面性を知ってるのは、今のところオレたち二人だけだからね。そうだろう? それ以外の視聴者にとってレン君は勇気あるヒーローそのものだ。だから絶対に捕まらない、そう、死神の証明は不可能だと思っているのかもしれないね」


 サトリが不安視する。


「レンにとって俺はどんな存在なのだろう? 仲間か? 敵か? 脇役か? 端役か。シナリオを進めるための都合のいいキャラだとしたら、俺が死を呼び込む疫病神になってしまう」


 秋津がニヤッとする。


「オレとか、序盤であっさり死にそうだよな」

「レイ・ペンバーはキラを悪だと証明する重要なキャラでもありました」

「じゃあ、オレには分不相応だな」

「婚約者がいないから死んでもカタルシスがありませんしね」

「つまんねぇキャラだな、オレも」

「松田刑事がそんなポジションでした」

「ふざけんなよ。アイツ大っ嫌いなんだよ」

「事実上、物語を終わらせた重要なキャラでもあります」

「どっちもオレには無理だ」


 そんなことを話しながら、サトリはキラを撃った松田のように、レンに銃口を向けことができるのかと自問自答するのだった。


      ※


 生配信終了後に帰宅したレンは、玄関口で妹のアユミに出迎えられたのだが、その表情は不安と戸惑いと安堵が入り混じっていた。兄の袖口を掴んで声を掛ける。


「配信を観ました」

「カッコよく映ってたか?」


 お道化(どけ)る兄に対して、妹は真剣な眼差しを向ける。


「……お兄さま」

「心配するな。問題ない」

「お養母さまが呼んでいます」

「あぁ、知ってるよ」


 そう言って、着替えを後にして、リビングへと向かうのだった。


      ※


 二人の兄妹が子供のいなかった養父母に引き取られたのが今から十五年前。その時、アユミは乳飲み子であった。


 母方の遠縁で、妻を亡くした父親が子供を預けたまま失踪したことで、そのまま養子に迎え入れられた形だ。その時、養父母はすでに五十を目前としていた。


 養父は市議会議員を五期連続で務めている地元の名士だ。地域住民が一から立ち上げた最大政党の幹事長でもある。家に居る時はウイスキーを嗜み、早寝早起きを習慣としているが、この日は違った。


 それでも家のことは妻に任せているので、リビングに入って挨拶をしたレンに応対したのは養母であった。


「聞きたいことがあるので、お掛けなさい」


 学校と塾と勉強部屋をグルグル回るだけの日々なので、レンが養父母と改まって話をするのは実に二年半振りのことであった。


「恋さん、動画を拝見致しました。ご説明願えますか?」


 芸能活動をしないというのが久能家のルールであった。


「知人が冤罪を疑われた状態でしたので致し方なく出演しました」

「随分と過激な言動があったようにお見受けしました」

「それについては、弁解の余地もございません」

「久能家の家名は、あなただけのものではないのですよ」

「決して泥を塗るつもりはありません」

「その言葉を信じます」


 養父がニコやかに声を掛ける。


「本人も反省しているようだし、手打ちとしよう」

「以後、気をつけます」

「うん、うん。ウチの子はいい子だ」


 基本的に養父母は善良な人たちであった。


      ※


 二階の自室へと引き上げたレンの元へアユミが訪ねてくる。制服のままベッドで横になっていた兄がそのまま応じる。


「地元で三人の子供が不審死を遂げたというのに、どうして無関心でいられるのだろう?」

「お養父さまはお忙しいから」

「育てられたからといって無理に擁護する必要はないんだぞ」

「お兄さま」


 レンがハッとして、居ずまいを正す。


「ごめん。言いすぎたな」

「最近のお兄さまは様子が変です」

「変なのはオレなのかな? 世の中の方じゃないのか?」


 アユミがハッとして、バツが悪そうにする。


「ごめんなさい。あゆみも言いすぎました」

「いや、アユミは何も間違ってないよ」


 レンが心の内を明かす。


「実際に養父はよくやっているよ。税金をバラまいて選挙を金で買う保守とは名ばかりの最大与党。左翼団体の組織票を持つ最大野党。信者を選挙に総動員させる宗教政党。破壊活動をする左翼政党。そんな魑魅魍魎が蠢き跋扈する世界で、地元の有志だけで地域を活性化させる政党を立ち上げたのだからね。これは称賛に値する」


 言葉とは裏腹に、その表情は冴えない。


「でも、そこまでが限界だ。国政に参加しなければ、根本的な部分で地域の安全は守れない。それはアユミや、オレ自身の命を守れないということなんだ」


 そこで理想ではなく、現実を語る。


「しかしオレの一票が何になるというのだろう。犯罪の認知件数は確かに数十年前に比べれば減っている。しかし罪を犯した者が、果たして厳罰化や法改正を訴える候補者に投票するだろうか? 自分の首を絞めてまで更生するヤツらじゃないんだ」


 続ける。


「教室はその国の社会の縮図でもある。校長が加害生徒を必死で庇い、マスコミも加害者に配慮して、被害者は学校から去り、死んでしまえばプライバシーや人権なんて無いものとされる。加害者天国で育った子供が投票権を得ても、世の中を変えられるはずがないんだ」


 怒(いか)っているはずだが、表情は冷淡であった。


「他人(ひと)の不幸でメシを食っている人間は、もっと大きな不幸を望むだろう。不幸がなければ、新しく作り、メシのタネを増やすんだ。国や他人(ひと)が不幸になればなるほど、目に見えて幸せになるヤツが多すぎる」


 レンの諦観は辞書にある意味通りではなく、諦めた気持ちそのものであった。


「国民の生命と財産を守るなんて、飛沫政党の無名な政治家しか言わないし、そんな候補者を落選させるのが日本の有権者だ。もう、答えは出ている。誰も他人の安全など気にしてなくて、不幸で金が稼げればそれでいいんだよ」


 アユミが尋ねる。


「お兄さまは、今でも警察官になりたいと思っているの?」

「いや」


 否定が早い。


「父親のファイルが警察庁にあるなら採用はされない。いいさ、オレはアユミだけを守ることができれば、それで充分だ。無様に母親を殺された父親みたいにはならないよ」


 両親の記憶がないアユミにとって、兄だけが大切な存在であった。


      ※


 翌日の放課後、いつものメンバーで話し合いを行うために仮想探偵事務所に集まったのだが、富彦と仁太が遅れているため、残りの四人で雑談をしていた。


 その内容は、マイミィの「自分の一票には意味があるのか?」という素朴な疑問から始まった。それにサトリが答える。


「意味はある。大ありだ。無党派層が選挙に行かなければ組織票を持つ既存の政党が有利になってしまうからなんだ。結果だけを見て、自分の一票があっても意味がないと結論付けるのは短絡的な考え方だ」


 レンも同意する。


「サトリの言う通りだ。『投票に意味がない』などと公に発信すること自体、組織票を持つ政党へのアシスト行為になるのだから、『選挙に行くように』と訴えている人たちを絶対に冷笑してはいけないし、自虐もマイナスにしか働かない」


 マイミィが弁解する。


「ワタシは別にそういう意味で疑問を呈したわけじゃないよ。選挙結果に一喜一憂したり、自分の思い通りの結果にならないからといって有権者をバカにするくらいなら、ボランティアでも何でもいいから、実際に選挙運動すればいいのにって思っただけ。SNSで呼び掛けたくらいで全力を出した気になるなって思うの」


 天使が男二人に説明する。


「夏芽さんは口だけじゃなく、本当に選挙運動すると思いますよ。被選挙権を得たら立候補だってしちゃいます。昔から、そういう人なんです」


 そこでマイミィが将来の夢を語り、サトリが党議拘束があるから政党選びが重要だとレクチャーし、そんなことは知っているとマイミィが激怒し、どんなに優れた政治家も党議拘束の前では無力になるとサトリが力説し、だから知ってるとマイミィが激怒するのだった。

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