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サトリが天川刑事の運転する車の後部座席に乗り込むなり、助手席の秋津刑事が待ってましたと言わんばかりにニヤけ顔で振り返るのだった。
「ねぇ、二人はどんな関係なの?」
「やめなさいよ、未成年にセクハラするの」
天川が窘めつつ、車を走らせる。
「オレとサトリ君はマブダチなんで」
「うわっ、私たち世代でも使わない古い言葉」
「昔のマンガのセリフとか好きなんスよね」
そこで天川が思い出す。
「マンガじゃないけど、デスノートのアニメを観たよ、途中までだけど」
「ご感想は?」
天川が不機嫌になる。
「レイ・ペンバーがかわいそすぎるでしょ。あと南空ナオミ。あんな殺され方ってある? ひどすぎるよ。なんであんなことしてんのに主人公のキラが人気なの? 頭がおかしいんじゃないの? 理解できないわ。そこで観るのヤメちゃった」
秋津がウケる。
「そこら辺、最高なのに」
「はぁ?」
「緊張感のある頭脳性を描いた最高の描写ですよ」
「サイコーじゃなくて、サイコの間違いじゃないの」
「上手いっ!」
「嬉しくない」
サトリが解説する。
「俺はキラを絶対に認めませんけど、映画では一事不再理となって裁けなくなった無敵の犯罪者を処刑したので、ダーク・ヒーローとして信奉する気持ちも解ります。その場合、凶悪犯を野に放った法には欠陥があり、警察は無能な敵という構図になるので」
天川は納得しない。
「ウチの子がキラだったらビンタしてお終いよ」
秋津がウケる。
「ハハッ。ライト君のお母さんが先輩なら、隠していたデスノートが見つかって、一話で終わってたかもしれないな」
ネタにされて面白くない天川であった。
※
車中では真面目な話に変わっていた。議題は、死神による犯行を科学的に説明できるか否か、について。切り出したサトリの質問に天川が答える。
「よく聞く話だけど、性病に感染すると、病原体が次の宿主を探して、人間にアグレッシブなナンパ行動をさせるっていうのがある。自殺行動に走らせる病原体が存在するならば、感染させることで殺すことができるということよね。私に考えられる仮説は、それが限界かな」
秋津が感心する。
「なるほど。死神の正体はウイルスや細菌、寄生虫の可能性もあるわけか。おもしろいですね。だけどサトリ君は全く違うもことを考えているんだろう?」
サトリが頷く。
「はい。今夜の事件で判ったことがあります。以前から考えていたのですが、どうやら人によって死神の見え方が違うんじゃないかって、それがハッキリしました」
説明する。
「一人目の被害者は死神を死神と言った。これは動画にも残っています。二人目の被害者は、悪魔が覗いていると母親が聞きました。そして三人目の被害者は生配信の本番中に幽霊を見たんです。犯人は同一犯でも、姿や形はまるで違う」
解説する。
「なぜそのような違いが起こるかというと、死神に実体はなく、それぞれの脳が見せているにすぎないからだと考えられます。そんなことがあるのか?」
自問に対して自答する。
「人間というのは、いくら健康な身体であっても、脳からの指令がなければ手足を自由に動かすことができません。逆説的に言うと、脳に命令できれば死神を見せることも、声を聞かせることも、手足を動かすことも、触れた感覚を感じさせることだってできるんです」
暫定的結論。
「死神にはその力がある。鎌で首を刎ねられたら、脳が死んだと判断して勝手に心臓を止めてしまうんです。首を掴まれたと脳が判断したら息苦しくなるし、本人の意思とは関係なく、脳が勝手に生命活動を停止させちゃうんです」
不確定要素。
「ただ、なぜ死神だけが透明人間として自由に動き回れるのか、その方法や理屈は分かりません。行動範囲や、透明でいられる時間、他にも隠された特殊能力など、死神側の方は科学的に説明することができないんです」
秋津が総括する。
「つまり我々は死から逃れられないわけだ」
「はい。まさに人生そのものです」
「相手は神そのものでもあるな」
「人間は神を捕え、裁けるのか、という話ですね」
「オレたちが勝つ確率はゼロじゃないか」
「それでも父は勝ちました」
「……神殺しか」
天川が沈黙を破る。
「DB事件のリストだけど、一人だけ知ってる人がいる」
「本当ですか?」
秋津も知らなかった様子だ。
「新人の頃にお世話になった先輩」
「一課の先輩か」
「私から連絡してみようか?」
リストの所有者であるサトリに尋ねた。
「死神に狙われますよ?」
「復讐が目的なのかな?」
「おそらく」
「だったら報せてあげたい」
「死からは逃れられませんよ?」
天川が考える。
「それも人生。会うかどうか、彼女に決めてもらいましょう」
ということで週末に会う約束を取り付けた一行だが、それは後の話となる。
※
久能家では、就寝前のレンが自室の窓を開けて、夜風に当たりながらスマホで情報を追っていた。そこへパジャマ姿のアユミが怯えた顔をして部屋を訪れたのだった。
「まだ、気になるのか?」
「うん」
窓辺に立つ兄妹の頬色は、月光に照らされて蒼白く見えた。
「アユミは関係ないんだ」
「でも、お話しした日に亡くなるなんて」
「他人の死とは距離を置いた方がいい」
「はい」
兄の言葉に素直に従うアユミだった。
「ただ、オレにも心配事がある」
「共演されていた、お友達のこと?」
「いや」
「死神のこと?」
「違うよ、アユミのことだ」
言われた当人はピンときていない様子だ。
「生前の彼女は上級生のフロアまでアユミを探していたんだろう? 一緒に歩いている姿も目撃されているはずだ。親しいわけでもないのに付き合わされて、仲が良かったと誤解されないかって思ってさ」
アユミが兄の手を握る。
「あゆみのために、そんなことまで思ってくれるんだ」
「兄として当然のことだ」
「うれしい」
レンがハッキリと口にする。
「オレもアユミが感謝してくれて嬉しいよ。大切な人の命を守るというのは、常に命懸けなんだ。それを当然だと思ったり、理解できなかったり、茶化したり、笑ったり、そんな奴らは命の価値がまるで解っていない」
妹の目を見る。
「アユミはオレが守る。明日学校で何か言われたら、必ずオレに報告するんだ」
「良かった。亡くなった子に悪いから思わないようにしてたけど、学校に行くのが不安だったんだ」
「じゃあ、明日は一緒に学校に行こうか?」
「うん」
「それなら、もう寝ないと」
「はい」
そこでレンが言おうとしていたことを思い出す。
「さっきの話だけど、マイミィはオレの友達じゃない」
「そうなの?」
「なんで友達だと思ったんだ?」
「一緒にいたから」
「友達の定義が軽すぎないか?」
「異性と一緒にいるのが珍しいと思って」
「ただの知り合いだ」
「はい」
「おやすみ」
「おやすみなさい」
誤解が解けて納得するレンであった。
※
翌日の放課後、サトリは秋津刑事と情報交換を行うため、哲学の杜公園にある無料の駐車場に来ていた。彼の愛車はMAZDAのCX-5。駐車した車内でボトルタイプの缶コーヒーを飲みながら、助手席に座る高校生探偵に説明する。
「なんでもかんでも心不全。警察発表を疑う気持ちもわかるよ。だけど今回はオレもご遺体を確認してるわけでさ、警察不信は勘弁してほしいよ。それだけ信用を毀損してきたってことなんだろうけど」
昨夜の内に司法解剖が行われ、未明に心不全が死因だと発表されていた。それに対してネットの反応を紹介するサトリ。
「SNSも話題一色で、『日本の警察さん、とうとう自殺まで心不全にしてしまう』とか、『日本の警察は死因まで調べられなくなったのか』とか、『最近の警察なら、こんなもん』とか、『勘違いしてるけど、日本の警察が優秀だったことはない』とか、『本日も通常営業です』とか、警察批判が多いですね」
続ける。
「しかしデスボードの存在を知る人の反応は違います。『やっぱり本物だった』とか、『キラは実在した』とか、『普通に事件だろ』とか、『十五年前のDB事件も本当だったんじゃないか?』とか、陰謀論だと考えていた人たちの反応にも変化が見られます」
続ける。
「それと早速ネット探偵も現れました。俺も危惧していましたが、『共演した女が○したんだろ』とか、『一人目から事件に絡んでるマイミィが○○だろ』とか、意味のない伏字で冤罪も発生しています」
続ける。
「天使動画を観ている人の反応は、さらに踏み込んでいます。どうやって調べたのか分かりませんが、『反社の薬物事件が絡んでるからテレビは取り上げなくなるよ』とか、『ジュニアアイドルの闇だから報道しない自由が発動されます』とか、一年前の自殺事件の関係者まで既に知ってる人がいますね」
続ける。
「未確認情報としては、芸能界だけではなく、政界やスポーツ界まで海外マフィアの合成麻薬に汚染されてるから、そのうち大変なことになるっていうコメントがありました。配信動画は削除済みなので目にした人は少ないんですが」
秋津が無念の表情を見せる。
「警部には報告してある。今はそれしか言えないよ」
サトリが疑問に思う。
「死神は薬物事件や児童買春の闇を暴くのが主目的なのか? ちょっと解らなくなってきました。そのために十二歳の子供を三人も殺すっていうのがしっくりこないからです。DB事件を掘り起こすための手段だとしても、子供の命を犠牲にするというのが、犯人像と合致しません」
秋津が問う。
「だとしたら推理が間違ってるんじゃないか?」
それは否定する。
「犯人は久能恋で間違いありません。フーダニットもハウダニットも解けているんです。どちらも証拠はなく、確率でいうと零か百ですが」
説明する。
「俺に対してバレバレのミスリードを仕掛けてきたのは、それ自体がミス・ディレクションではないかと思っています。ホワイダニットを解くことで、ホワットダニットが解明される。それくらい手の込んだことをしているような気がするんですよね。彼はミステリー小説の愛好家なので」
秋津がスマホの通知を確認して驚く。
「おいおい、その死神くんがマイミィの生配信に出演するらしいぞ?」
「聞いてないです」
と言いつつ、サトリもスマホを確認する。
「レンのヤツ、何を考えているんだろう?」




