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「なにが悪魔よ」

「サトリくんをたぶらかさないで」


 本棚の裏に隠れていた天使が姿を現したのだった。


「悪魔はそっちでしょ、盗み聞きなんかして」

「守護するのが天使のつとめです」


 頭の上にある天使の輪は健在だ。


「LJKなんだから天使ごっこはやめなよ」

「この世に悪魔がいる限り、天界に帰るわけにはいきません」

「幼稚園の頃からおんなじこと言ってる」

「神さま、この者をお救いくださいませ」

「ハイハイ」


 サトリはアームチェアに移動して、天使に座っていたソファ席を譲った。


「ありがとうございます」

「もう、話すことはないよ」


 彼女の正面に座るマイミィは帰りたがっていた。


「貴女になくても、わたしにはあるんです」

「今日は疲れたから手短てみじかにね」

「素直に謝るならば許して差し上げます」

「ワタシが誰に謝るの?」

「嘘をついてしまった自身の御心みこころに」

「意味がわかんない」


 天使が説く。


「ボーイフレンドがボディガードになったという話は動画で拝見しました。しかし学校へ来てみると、お友達から恋人へと話が変わっていたではありませんか。おかしいと思いましたが、そのデマを流したのは貴女だったんですね。嘘はよくありません」


 悪魔、ではなくマイミィの反論。


「ねぇ、ちゃんと話を聞いてた? ワタシを悪魔だと決めつけてるから、話の中身が理解できなくなってるじゃん。サトリくんとの関係は二人で話し合って決めるから、ノリコには関係ないの」


 そこで天使が少年を見つめる。


「わたしのお友達になっていただけませんか?」

「ちょっと待ってよ」


 マイミィが呆れている。


「またワタシの真似する」

「サトリくんとの関係は、貴女に関係ありません」

「それもワタシの真似だから」

「神さまのおみちびきです」

「そんなわけないじゃん」


 サトリが早めに割って入る。


「お導きかどうかは知らないけど、俺も友達になるのが必然のように思える。今回の事件の犯人は『デスノート』を模倣しているんだ。そいつに勝つにはジャンプの方程式、努力と友情は欠かせない。それが勝利の絶対条件だ。だからみんなで友達同士になろう」


 マイミィと天使が顔を見合わせる。


「ノリコがいいなら、友達になってあげるよ」

「それが神さまのお導きならば」


 マイミィは納得していなかった。


「そういうことじゃないんだけどな」

「わたしのボーイフレンドだから、お忘れなく」

「もう、ほんとイヤ」


 マイミィが子供の頃から未来予想して恐れていた三角関係が、ここに始まるのだった。そんなことも知らずにサトリが『デスノート』を語る。


「夜神月の敗因は、友達がいなかったから。そして、勝ち切れなかったLも孤独だった。いや、どちらも孤高の存在だ。でも勝ったのはニアメロだった。そういう意味でも『デスノート』は、やっぱり究極のジャンプマンガだと思う」


 そこで現実に話を戻す。


「今回の犯人に友達がいれば勝てる気がしない。だけど孤独ならば勝機はある。今はまだ、どこにいて何をしているのか分からないけど。必ず捕まえてみせるよ」


      ※


 時は流れて週末の夜、サトリは死神ヨミと待ち合わせをして、前回と同じように自宅地下のシアタールームへと招き入れるのだった。


「今晩は遅くなるって聞いたけど、鍵を掛けるとかえって怪しまれるし、母が入ってくるかもしれないから、念のため立ったまま話をしよう」


 今宵の音楽はチャイコフスキーの『四季』が選曲された。

 音楽を聴きながらサトリが説明する。


「一月から十二月まで描かれているけど、七月の『刈り入れの歌』は『死神の歌』とも呼ばれている。麦の穂を刈る時に鎌を使うから。それが神話においても死神の由来だとされているんだ」


 それを死神少女に向かって話すのだった。


「死神は大地から芽吹いた生命を奪う存在なんだけど、その死は誰かの命になる。死神の役割って、そういう汚れ役なんだ。でも農家の人、畜産や漁業、運搬する人や料理する人、そういう命に関わる仕事をしている人が最も尊い人たちだと思う」


 神話における死神は豊穣ほうじょうの神、地母神じぼしんが由来でもある。


「誰にとっても死は怖いだろうから、死神に恐ろしい印象を抱くのは仕方がない。それでも天からの使い、つまり天使と同一視する見方をする外国生まれの宗教もあって、信仰していなくても、それはそれで素晴らしいなって思うんだ」


 これはサトリ一人で考えたことではなく、D4の仲間内でデスノートについて雑談した時に得た知見だった。


「私のこと、励まそうとしてくれてるの?」


 死神少女がかすかにみをたたえた。それは恐ろしいものでも、不気味でもなく、とても愛らしいものであった。


「それもある」


 サトリが照れ笑いを浮かべた後、苦悩する。


「それもあるけど、色々考えて、やっと矛盾に対する答えを見つけることができたんだ」


 少年が探偵のように説明する。


「死神が人を殺すのは公職みたいなものだから犯罪にはならない。それでどうやって罪に問うのか? それが俺たちの抱えている矛盾だ」


 彼に役者経験はないが、身振り手振りが加わってしまうのは、無意識のうちに癖として身に着いてしまったからだ。


「しかし犯罪というのはあばいてみないと実態は掴めない。裏で人間が死神を操ってるるかもしれないだろう? その場合は殺人教唆だ。それすら現行法では裁けないけど、そこで諦めたらダメなんだよ」


 警察官を夢見る少年が訴える。


「死神を対象とした対テロ法を作るには、立法府を動かすしかない。法案を成立させるには賛成する議員の頭数が必要になるが、その為には世論の形成も不可欠だ。だけど、それ以前に罪を犯した死神を生け捕りにする必要があるんだよ。それが法制化へのスタート地点になる」


 サトリにとってはリアルな問題だった。


「殺人を立証できない? どうせ不起訴になる? 逮捕すらできない? そもそも人間は死神を裁けない? だからといって逮捕まで諦めてしまっては、死神のテロから住民の命を守ることさえできなくなるんだ。現場の警察官に求められるのは、不審な死があれば捜査をして逮捕すること、それだけさ」


 そこで自分の問題に話を戻す。


「現状だと裁判所から逮捕状すら発行されないが、自分の命を守るためにも、大切な人の命を守るためにも、俺が死神を捕まえる。立法府を動かすための政治問題や、世論形成に必要なメディア対策は、捕まえてから考えるとするよ」


 矛盾を解消した少年が決意する。


「警察官になるまでは探偵だけど、やることは変わらない」


 ヨミが心境を語る。


「死神の存在はまぼろしのように思われていたけど、科学の進歩と共に存在の立証が可能ではないかと感じ始めています。同じ時代を生きている死神ならば、同じことを感じていたとしてもおかしくはありません」


 未来を憂う。


「存在が暴かれたら、死神を殺す死神が現れるかもしれないんです。大規模なテロを起こす人や、大量殺戮に加担する人だって現れるかもしれないんです。自分の命を守るためにも、新しい法律が必要な時代を迎えたのかもしれません」


 皮肉な話ではあるが、新時代の扉を開けたのは、模倣事件の元となった『デスノート』で間違いなかった。


「協力します。自分を守る法律を作るためにも」


 サトリが安堵あんどする。


「そうしてくれると俺も助かる。いや、みんな助かる。死神の力を自発的に行使してくれないと、俺が俺を殺人教唆で捕まえないといけなくなるから。現行法では捕まらないけど、気持ちの方がえられそうにない」


 死神少女の顔に決意がみなぎる。


「普通の人間ならば、倫理観が吹っ飛んでしまうような科学的な検証実験になるでしょう。その責任を負えるのは私たち死神だけです。ここからは私が一人で決めます」


 責任の所在をハッキリとさせたが、それが天使にも見え、悪魔にも見える、それこそが死神の本質であると思うサトリであった。

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