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街を一望できる小高い丘があるのだが、その緑地帯は哲学の森公園と呼ばれ、市民の憩いの場となっていた。
この日も家族連れやカップルで賑わっており、ベンチで昼ごはんを食べるサトリとマイミィも、傍から見れば初々しい恋人同士に見えただろう。
「意外と料理が上手いんだな」
「は? 意外じゃないんだけど」
こういうところがサトリはアホだった。
「お弁当のアスパラって美味いよな」
「ね」
※
それから二人は富彦の遊び場でもある自宅近くの研究所へ向かった。セキュリティ・レベルが1なので、関係者以外でもパスがあれば出入りが自由だった。
映像チームの制作スタジオでもあり、ミュージックビデオなどの撮影や編集としても利用されていた。
映像実験を行う機材を揃えた研究所は別にあるが、第一ビルでも生配信ができるくらいの環境は整っていた。
「ちょうど完成したところだ」
編集室に行くと富彦がいて、ディレクターさんに挨拶をしつつ、二人は勧められた椅子に座って、四人で一緒に試写を行った。
「五秒間だから短いよ」
映像には黒いローブを纏ったオールドスタイルの死神が映っており、女子生徒の腕を掴んで連れ去って行く姿がリアルに表現されていた。
「四代目とも話しましたが──」
富彦のことだ。担当Dが説明する。
「──亡くなられた方の実写映像を加工するということで、腕以外の部分をトリミングしました。加工そのものに反対する者もいましたが、四代目の『公益性が高い』という言葉を信じて、私が責任を持つことにしました」
重ねてお礼の言葉を述べるサトリだった。
「日曜日だし、短くてもいいから、今日中に動画を撮影して配信しようよ」
富彦の提案を受け、撮影スタジオに移動して、動画を撮ることになった。貸衣装もあるということで、マイミィはビジネススーツに着替えて撮影に臨んだ。
「オッケー」
専門のスタッフさんらに見守られながらの本番だったということもあり、マイミィは適度に緊張していたが、それが緊迫した雰囲気を生み出し最高の完パケ映像となった
「最後の方で関係者に感謝していたけど、『ボディガードでもあるボーイフレンド』って、サトリのことだよね?」
本番が終わった直後に、隣で一緒に観ていた富彦が尋ねた。
「あぁ、流れでそうなった」
「どんな流れだよ」
「いま思うと、言いくるめられたような気もする」
「僕たちは彼女に巻き込まれたのだろうか?」
「ニューメディアにスターが誕生したのは確かだな」
「配信中に殺されるとか、嫌だからね」
「デスノートと同じ展開にはさせないよ」
「約束できる?」
「誓う」
「友達の言葉だ。信じるよ」
何の保証もないが、富彦にはそれだけで充分だった。
※
翌日の放課後、D4の仮想探偵事務所に六人が集まった。この日はアームチェアをレンに譲り、マイミィと天使の向かいの席に、サトリと仁太が並んで座った。
二つの動画をモニターで鑑賞し終わった後、第二回・疑似捜査会議を開くのだった。議事の進行はサトリが務める。
「想像以上の反響だ」
仁太が紹介する。
「二本とも再生数が伸びている。SNSでも呟いてる人が出てきた。当然ながら批判もあるが、警察関係者とも話し合っているというのは良かった。一緒に捜査しているわけじゃないが、身内なのは嘘じゃないからな」
続けて天使動画の反響も紹介する。
「心配なのは天使の方だ。リアル路線なだけに、批判も現実的だ。言葉に気をつけて、だいぶ濁してはいたが、過去の自殺事件に関わっていたというのが、死者の尊厳を傷つけているように受け取る人もいて、つくづく報道は難しいって思ったよ」
オールドメディアを茶化していた以前の仁太は、どこかに行ってしまったようだ。しかしサトリは違っていた。
「そもそも名前を出していないから問題はない。犯人グループが自供したメールもあり、裏取りは充分だ。実名報道したいくらいなのに、なぜか加害者側に味方する奴らがいるんだよな」
富彦が感想を言う。
「旭川の事件も異常だった。被害者は無茶苦茶にされたのに、加害者は学校や警察や地元の議員やメディアが一生懸命になって守ろうとするんだ。あれは気持ち悪いよ」
それを受けて、サトリがコメントする。
「だからといって正義を暴走させるわけにはいかない。それだと死神と一緒になっちゃうからな」
仁太がサトリに確認を求める。
「事件に関わったのは残り六人で間違いないのか?」
「うん」
「そのうちの一人がウチの中等部にいるんだよな?」
「あぁ」
「そいつらが死神の獲物ってことだろう?」
「おそらく」
「これから六人も死ぬのかよ」
重たい雰囲気の中、富彦はあっけらかんとしていた。
「死神の犯行ならば、止める術はないよね」
「探偵Lですら止めることはできなかったからな」
仁太の軽口はすぐに復活した。
レンが相手をする。
「六人だっけ? 正直、オレはそいつらがどうなろうと知ったことではないが、警察官を志す以上は、殺人は認められない。キラを悪だと断罪したLのようにな」
仁太が唸る。
「しかしこの事件は、おれたちにとっても厄介だぞ? 明誠中の方に子役の女の子がいるんだろう? テレビで見掛けなくなったというが、大スクープだよ。なんでどこも報道しないんだろうな? ネタを売る奴がいなかったってことか?」
レンが諌める。
「バカな真似はやめろよ?」
「売るわけないだろう」
「関わるなと言ってるんだ」
「今さらかよ」
「捜査権がないことを忘れるな」
「被害者は無念だろうな」
「事件にすらなってない」
「お前は冷たいよ」
「法とはそういうものだ」
「警察は何もしてくれませんでした」
そう言って、仁太がレンを睨む。
「あれは、お前のことだな」
「法を越えない立派な警察官だ」
「それじゃあ、救えない」
「だったら法を変えろって話だ」
そこでサトリが間に入る。
「仁太、ごめん。これはレンの方が正しいよ。刑事ドラマみたいに法を越えると、結局責任を取らされるのは現場の警察官ということになる。そうならないためにも法律の方を変えてくれた方が現場は助かるって話だ」
仁太が考える。
「ヒーローなら法を破ってでも、っていう風潮、どっから来てるんだろうな? こういうのもテレビや映画、小説やマンガが悪いんじゃないのか? けしからんな」
そう言って、しれっと責任転嫁するのだった。
サトリが会議をまとめる。
「現場の警察官は大変だ。知り合った本庁の刑事さんも出来る範囲で頑張ってくれている。その証拠に、今度の週末だけどDB事件の関係者に会いに行くかもしれないんだ」
レンが驚く。
「関係者が実在したのか?」
「都市伝説や陰謀論じゃなかった」
「そういうことになるな」
「元警備局長の警視総監だ」
現場から見たら雲の上の存在である。
「会えるのか?」
「向こうからも『会いたい』って返事がきた」
「それはすごいな」
「父親のおかげだよ」
「会いに行くんだよな?」
「迷ってる」
「なぜ?」
「まだ父さんに話してないんだ」
「行かなきゃバカだ」
警察官になりたいレンにとっても高みの存在だ。
「ハハッ」
仁太がサトリのファザコンを揶揄う。
「警視総監より父親の機嫌を損ねないか心配してるよ」
「あたりめぇだろ」
仲間に笑われたサトリが話を変える。
「今後の予定だけど、次回のマイミィ動画でDB事件について話そう。天使動画は例の子役が絡むと面倒なことになりそうだし、一年前の自殺事件を深堀するのは控えておこう。具体的に語るには自供メールだけじゃ弱いし、もう少し決定的な証拠が必要だ」
そこで正面に座るマイミィと天使に話し掛ける。
「二人とも今日は何も喋ってないけど、それでいい?」
二人とも無言で頷くのだった。
「よし、じゃあ解散だ」
全員が帰る中、最後に残ったのはマイミィだった。帰り支度をしない彼女を気に掛けて、サトリが心配そうに尋ねる。
「具合でも悪いのか?」
そこでマイミィが「ぶはっ」って息を吐き出した。
「息がつまるかと思った」
「大丈夫か?」
「大丈夫じゃない」
こういうところで無理して嘘をつかないのがマイミィだ。
「今日は一日中、サトリくんとの関係を訊かれて疲れちゃったよ」
「俺も訊かれた」
「話したことない人からも話し掛けられた」
「仁太が面白がってみんなに言いふらしたんだ」
仁太のゴシップ好きは今に始まったことではなかった。
「最初は『ボーイフレンド』って答えてたけど、途中から面倒臭くなって『付き合ってる』って言っちゃった」
悪びれた様子はなく、清々したという感じだ。
「めんどくさくなるなよ」
「何回も同じ説明をするのがつらくて」
「だったら『付き合ってない』が正解だ」
「それだと関係ないみたいじゃん」
「関係はないだろう?」
「関係なくはないよ」
「日本語って難しいな」
マイミィが思い出す。
「むかし留学生の女の子に話を聞いたことがあるんだけど、彼女は話してもいない相手に告白する意味が解らないって言ってたよ。『好きです。付き合ってください』って、なんでもっとコミュニケーションを取らないのって」
捕捉説明する。
「それは相手のことを考えてないからダメなんだって。一方的に縛りつけられるみたいでイヤみたい。もっと色んな人と話をして、そこで相手とじっくり話し合ってから恋人関係になるか決めるんだって」
恋愛論を語る。
「その子が語る日本と母国の違いだから言ってることが正しいか分からないけど、ワタシもそっちの方が性格に合ってると思った。色んな人を知った方がいいし、自分を色んな人に知ってもらった方が絶対にいい」
天使とは真逆のタイプだ。
「だからって遊び回るわけじゃないんだよ? 大事なのは相手としっかり話し合うこと。最良のパートナーって話し合いができるかどうかだと思う」
結論を言う。
「つまり他人から見た付き合ってる事実なんかどうでもよくて、二人で話し合うことが大切なの。さらに重要なのが、そこから最終的に自分で決めること」
自分絶対主義のマイミィらしい考え方だった。
「大人だ」
それがサトリの感想だった。
「ね」
留学生の考え方に感化されても、そこから母国である日本の悪口を言って盛り上がる展開にならないのが、二人の知的レベルの高さや精神性の素晴らしさを物語っていた。
「だから『付き合ってる』って言っても問題ないでしょう?」
「確かに。付き合うとは何か? それも哲学的な話になるからな」
「話し相手が必要なら、いつでも付き合ってあげるよ」
「それも『付き合う』っていうんだな」
「日本語って難しいね」
「な」
そこでサトリの背筋に怖気が走る。
「悪魔!」




