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戦国昆虫戦記【泥中羽化】~名は「まんぷく」知識の代償は「はらぺこ」~  作者: つんしー
第六章 甲賀胎動編 〜集う異能と包囲の網〜

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第五十六話 摂津からの帰化

天正六年十二月


摂津、有岡城。

荒木村重の謀反に激怒した織田信長は、城を幾重にも包囲し、逃げ出そうとする女子供すら容赦なく処刑するという苛烈な見せしめを行っていた。


戦火に焼かれ、信長の恐怖に追われた民たちは、行き場を失い、雪混じりの山中へと逃れ込んだ。彼らが目指したのは、古来より「自治」を貫き、信長の支配が完全には及んでいないとされる、東の山――甲賀であった。


「殿、山越えをしてきた難民の数が、今朝だけで三百を超えました。これ以上は里の食い扶持が持ちませぬ! このままでは飢え死にする者が続出しますぞ!」

道実が、悲鳴を上げるように報告する。


その背後では、汚れた衣を纏い、飢えと寒さに震える難民たちが、甲賀の入り口でうめき声を上げていた。

「……受け入れろ。一人残らずだ」

満福は、冷徹に眼前の惨状を見つめて言い放った。


「しかし殿! 疫病が広まるだけでなく、食料が底を突きます!」


「案ずるな、道実。満腹にならずとも、死なねばよいのだ。そのための策は、すでにわしの頭にある」


(おい満福、慈悲のつもりなら止めておけ。これだけの人間が密集すれば、凄まじい下痢や、体中に斑点が出る熱病で全滅するぞ。わしの時代でも、難民が集まる場所での疫病封じは至難の業だったんだ。それに、ただ食わせるだけじゃ資源の無駄だ。効率よく力をつけさせろ。乾燥させた蚕の蛹やコオロギを粉末にして粥に混ぜるんだ。要は、それが奴らの『血肉の素』になる。見た目は悪いが、精がつくことにかけては肉や魚にも引けを取らない。飢えた難民なら喜んで食うはずだ)


(……虫を食わせるのか。相変わらずお主の知恵は薄気味が悪いが、背に腹は代えられぬな)


「道実、倉庫にある乾燥させたコオロギと蚕の蛹をすべて出せ。あれを粉にして粥の嵩増しに使え。精がつく薬と思えば、難民共も文句は言うまい。それと、獣の干し肉もだ。一切れも無駄にせず、全員の力に変えろ」


時任が語るのは、病を「汚れ」として制御し、限られた糧を「血肉」として最大化する、生物学に基づいた生存戦略であった。数千人の体調を管理し、有用な人材を選別するための組織的な構想。


「それと、すべての難民を三つの班に分けよ。即戦力の職人と兵、健強な農夫、そしてそれ以外だ。佐助、お主は里の入り口に『清め所』を作れ。衣を煮、身体を洗わせ、わしが渡す薬を飲ませる。薬はヨモギやドクダミ、ゲンノショウコを煎じたものを使え。不審な者や病の兆しある者を検分する『清め役』を置け。一人でも逃した者は、甲賀の土となれ」


「……は。直ちに。不審な動きをする者は、選別の最中に仕留めます。疫病を招き入れるくらいなら、門の前で骸を積み上げる方が、里のためでございますから」

佐助は冷淡に言い捨てると、その足取りには迷いがない。彼は即座に六助と数人の忍びを呼び集め、里の境界に杭を打ち込み、難民を物理的に分断する「清め所」の設営へと動き出した。


「……はい! わかりました、材料を揃えましょう」

道実もまた、胃を押さえながらも、主君のあまりに冷酷で組織的な指示に奔走し始めた。


その選別の最中、難民に紛れて高山右近親子が現れた。史実における右近は、単なる「キリシタン大名」という枠を超え、軍事・政治・文化のあらゆる面で同時代の人々から高く評価された「超一級の知識人」である。

しかし、満福は冷徹であった。甲賀にはすでに「禁教令」が出ており、彼らが信仰を捨てぬと知るや、即座に里から追い出させた。


(キリスト教に染まった男を叔母上の近くに置くなど、正気の沙汰ではない。万が一にも叔母上があの教えに触れ、「一夫一妻」などという窮屈な教義を盾にし始めてみろ。わしは一生、叔母上とお照に遊ばれるではないか! ……まあ、お照との縁談そのものが破綻になるというなら、禁教令など今すぐ取り消してやっても良いのだがな)


(……おい。天下を揺るがす戦の最中に、歴史に名を残す人物を『自分がおもちゃにされたくない』なんて私的な理由で切り捨てる奴があるか。信仰の自由とか、政治的判断とか、もう少しマシな葛藤はできないのかよ。……お前のその、どこまでも自分本位な生存本能には、もう呆れて物も言えんよ)


これこそが満福の本音であった。信仰への関心など微塵もなく、ただ己を永久に縛りかねない火種を遠ざけるためだけに、彼は有能な将を平然と切り捨てたのだ。


一方で、有岡城から流れてきた鉄砲・火薬の職人集団に対しては、冴衣率いる鵜飼一族に組み込むことを即断した。これにより、甲賀の軍事生産力は飛躍的に高まることとなる。


数日後、甲賀の入り口には奇妙な光景が広がっていた。

織田に追われて死を覚悟していた難民たちは、甲賀の忍びたちによって徹底的に「洗浄」され、熱い粥と高栄養の団子を与えられた。そして、体力が回復した者から順に、満福が用意した「甲賀屯田兵」としての役割を割り振られていった。


「……これで、甲賀の人口は三割増える。信長が土地を壊せば壊すほど、わしは強くなる」

高台から、新たに里に加わった民たちを見下ろし、満福は不敵に笑った。

その横で、最近ではすっかり「清め役」の手伝いを楽しんでいる六助が、煮沸された清潔な布を誇らしげに掲げている。


(……本当にお前は、食えない奴だな。信長の破壊を利用して、自分だけが肥大化する寄生生物そのものだ)


(……褒め言葉として受け取っておこう。時任、お主の知恵は実に使い勝手がいい)


信長が摂津を焦土に変える中、十四歳の満福は、その炎の中から「甲賀の未来」という実りだけを、冷酷に、確実に摘み取っていた。


この物語も一歩ずつ高みへ登っております。

少しでも面白いと思って下さったら、ブクマと画面下の【☆☆☆☆☆】を塗り潰していただければ、これ以上の励みはございません。

どうか宜しくお願いします。

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