第四十七話 信貴山の梟雄(きょうゆう)
天正五年十月初め
甲賀の館、秋の夜長を照らす灯明の下で、十三歳の万福丸は一枚の書状を睨みつけていた。大和の地から届いた、織田軍による信貴山城包囲の報である。
「時任。大和の松永弾正(久秀)という男、知ってるか」
(――松永久秀か。一言で言えば、戦国最凶の爆弾男だ。将軍を殺し、主君を裏切り、東大寺の大仏を焼いた……という悪名で知られているが、実際は裏の政治を知り尽くした稀代の謀略家であり、当代随一の茶人でもある。だが、間もなく死ぬ)
「死ぬだと? 織田の軍勢に討たれるのか」
(いや、自害だ。信長は、久秀が持つ天下の名物茶器『平蜘蛛』を差し出せば命を助けると条件を出したが、久秀はそれを拒絶。平蜘蛛を叩き割り、火薬に火を放って城と共に爆死したと言われている。まさに、派手すぎる幕引きだな)
万福丸は扇子を弄び、不敵な笑みを浮かべた。
「……面白い。気に入ったぞ。その男、わしが拾おうではないか」
(――待て! 正気か、万福丸! 相手は信長を二度も裏切った男だぞ。毒を食らわば皿までと言うが、松永は皿どころか食卓ごとひっくり返してくる毒蛇だ。家臣になどすれば、いつ背中から刺されるか分かったもんじゃない!)
「わかっておる。だが時任よ、今のわしらには、まともな『軍師』がおらぬ。高虎は武勇と義理に厚いが、泥を泳ぐ策謀はまだ若い。佐助は忍びの技には長けているが、天下の盤面をかき回すほどの政には通じておらぬ」
(それはそうだが……よりによって松永か?)
「名門・六角を傀儡に据え、織田を相手に停戦交渉を仕掛ける今のわしらには、松永のような『悪党の知恵』が不可欠よ。それより、時任。お主が言う『爆死』とやら……甲賀の技で、その死を偽装できぬか?」
時任は絶句した。万福丸のポジティブという名の図太さは、時として時任の計算を遥かに超えてくる。
(……やれやれ。分かったよ。死を偽装するなら、俺の知識にある『粉塵爆発』を使え。小麦粉や炭の粉を密閉空間で散布して着火すれば、通常の火薬を凌ぐ閃光と衝撃が出る。織田の連中には、松永が粉々に吹き飛んだように見えるはずだ)
万福丸は即座に立ち上がり、廊下へ声をかけた。
「冴衣! おるか!」
闇の中から、愛用の短筒を弄びながら、鵜飼冴衣が音もなく姿を現した。
「呼んだかい、万福丸。佐助じゃなくて、あたしをご指名とは珍しいじゃないか」
「冴衣。貴様に大役を命ずる。大和、信貴山城へ潜入し、松永弾正を救い出せ。あの食えない爺さんを相手にするには、佐助の生真面目さよりも、貴様のそのふてぶてしい性格が合うと思うてな。」
「へえ、あの食えない爺さんをねぇ。……けど、城の周りは織田の兵で隙間もない。強行突破は無理だよ」
「案ずるな。堺の津田宗及を通じて、信長に茶器の『目利き』と称して入城の許可を取り付ける商人がおる。その護衛として紛れ込め。名物『平蜘蛛』を諦めきれぬ信長なら、茶人の出入りだけは許可するはずじゃ」
万福丸の策を聞き、冴衣は口角を吊り上げた。
「なるほど。商人のフリして潜り込み、爺さんの目の前でドカンと一発、派手に打ち上げるわけだ。……面白そうじゃないか」
「頼んだぞ、冴衣。松永弾正……その老いた梟雄に伝えてやれ。信長の作った退屈な世で野垂れ死ぬか、それともわしの下で、誰も見たことのない『極上の茶番』を演じてみるか、選べとな」
万福丸の瞳に宿る、圧倒的な覇気。時任は、この十三歳の王が描き出す「あり得ない歴史」の続きを、見届けずにはいられなかった。
【更新報告】
本日もご一読ありがとうございます。
万福丸の物語は、ここからさらに加速してまいります。
「明日もまた読みたい」と思っていただけましたら、ブックマークと⭐️評価をいただけますと幸いです。
皆様の反応ひとつひとつが、完結まで筆を走らせる最大の原動力となっております。
今後とも、万福丸の覇道を見守っていただければ幸いです。




