42話. 悪魔の仮面──すり替えられた彼女と偽りの微笑み
\目覚めたら、いろいろ大変だった件/
え?何?寝てただけなんですけど?──って顔して起きたレオン様。けどそこは病室、横にはぐったりリンダ先生、前には水持ってきたあたし。そして始まる後悔と記憶と魂のミステリー。
目覚めた男と、目覚めすぎた真実、今ここに──!
──ハッと、レオン様が目を覚ました。しかしその瞳はまだ焦点が定まらず、現実と悪夢の境がつかめていない様子だった。しばらくして周囲を見回し、自分が小さな病室のベッドに横たわっていることに気づく。足はマットからはみ出し、身動きひとつでギシリと音がする。隣の椅子には、ぐったりと体を預けたリンダが眠っていた。
そのとき──
「あっ、起きた!」
水差しを持って戻ったあたしに、レオン様の視線がゆっくりと向けられる。そして、かすれるように名前を呼んだ。
「……アリアナ……」
差し出した水をすべて飲み干した彼は、ようやく正気を取り戻したように深く息をつく。
「私としたことが……執行官に操られていたとは……。そして……王女を……悔やんでも悔やみきれぬ……」
その声には深い後悔と苦悩が滲んでいた。そこへ、ジョン様が姿を現した。
「レオン、あの執行官なる人物は、ただの魔導師ではない。彼は〝特等魔物〟と呼ばれ、神級の魔導を扱う存在……操られていたのは、僕も同じだ」
「……ジョン……。しかし、あぁ……取り返しのつかないことを……私は……」
後悔の言葉に、レオン様の声が震える。その手が膝の上で、ぎゅっと握られる。あたしは黙ってレオン様の手を取った。少しだけ戸惑いの色を浮かべる彼の掌に、自分のブローチをそっと握らせる。
「……これは、王女殿下が遺したもの。ずっとあたしを導いてくれた。今度はあなたにも……」
その瞬間、レオン様の瞳が大きく見開かれる。あたしの顔を、まるで別の誰かを見るようにじっと見つめて──
「……セリーナ?……まさか?」
かすれた声でそう呟いた。ブローチの魔力が一瞬、彼の記憶を刺激したのかもしれない。いや、ほんの一瞬でも、彼の中で王女の姿とあたしが重なったのだ。
それでも──あたしは、あたしだ。アリアナとして、今を生きる。
ブローチをそっと手から外すと微笑んで頷いた。
そして──
ジョン様は静かにレオン様の肩に手を添える。
「アリアナの中にはセリーナ王女の魂が宿っている。肉体はもう失われてしまったが……彼女は今も、我々と共に生きている」
「……信じがたいが……たしかに王女の面影が見えた」
「レオン……皆で力を合わせて、執行官を排除しよう。あの男を葬れば、全ての歯車は戻る。──それが、セリーナ王女への償いだ」
レオン様は黙って頷いたあと、しっかりとした声で答える。
「……分かった。全力で奴を倒す。──まずは、何をすればいい?」
「マインドコントロールされている魔導師たちの解呪だ。リンダが回復し次第、ガレスとソフィアを連れてくる」
「うむ……。だが、一つだけ確認させろ。──エリザベスはどうする?あれは公爵令嬢であり……お前の婚約者だ」
その問いに、ジョン様の表情がわずかに陰った。だがすぐに、決意を込めた声で答える。
「……国王陛下にすべてを報告し、彼女の討伐許可を得るつもりだ」
「彼女もまた、マインドコントロールされている可能性は?」
レオン様の問いに、ジョン様はほんの一瞬だけ沈黙し──ふと、あたしの方へ視線を向けた。
「あ、えーと……」
やばっ。こっちに振られても、うまく説明できる気がしない。リンダから聞いた内容を思い出そうとするけど、正直あんまり理解できてない!
「リ、リンダ先生いわく……その……」
「──彼女は人型魔獣です。本物のエリザベス様は、すでにすり替えられていました。おそらく……亡くなられているかと」
ぐったりと椅子に沈んでいたリンダが、まるで夢うつつのように、しかしはっきりとした声で言った。意識は朦朧としているはずなのに、その一言だけは異様に明瞭だった。
「な、なんだと……!?」
レオン様が息を呑む。その場の空気が、ピリッと張り詰めた。そして、ジョン様が語り出す。
「──エリザベス・ラングレーは、幼い頃から王宮で共に育った幼馴染だ。僕と、そしてセリーナと、まるで兄妹のように暮らしていた。あのころの彼女は……とても素直で、どこか儚げで、でも優しかった」
ジョン様の瞳は、遠い記憶を辿るように宙をさまよう。
「セリーナに呼ばれて、僕らは舞踏館でふざけながら踊った。絵を描くのが好きで、何でもかんでもスケッチ帳に描いては笑ってた。山荘では三人で苺を摘んで……転んで泣くエリザベスの手を、セリーナが取って──あの頃の彼女は、間違いなく人間だった」
そこまで語ってから、ジョン様は声を低く落とした。
「だが……ある時から、彼女は〝変わりすぎた〟。昔は魔力の扱いが不得手だったのに、突然、誰よりも強くなった。誰にも教わっていないはずの魔導式を使いこなし、まるで別人のように、迷いもなく冷酷に──」
一拍置いて、ジョン様は語気を強めた。
「そして決定的だったのは──ある夜、彼女が誰もいないと思っていた廊下の窓に映った〝顔〟だ。……あれは、見てはいけないものだった。光のない深淵みたいな目。皮膚が貼りついたような無表情の笑み。頬が引きつり、歯をむき出しにして笑っているのに──全身から、殺意だけが滲んでいた」
ジョン様はその時の光景を思い出すかのように、静かに息を呑んだ。
「……目が合った瞬間、背筋が凍った。〝殺される〟って、本能が叫んだ。あれはもう、化け物だ。次の瞬間には、いつもの穏やかな微笑みに戻っていたが……もう遅かった。人間の顔なんかじゃない。獲物を狩る獣──それも、知性のある魔物の顔だった」
あたしも思わず息をのんだ。
「さらに、話していてもときどき感じていた。〝人のふりをしている〟ような違和感。まるで、記憶や感情をどこかから借りて、機械的になぞっているような……。昔のエリザベスなら、自分の描いた下手な似顔絵を見られて照れるような子だったのに。今の彼女にはそういう揺らぎが一切ない。完璧すぎて、逆に不自然だった」
ジョン様は拳を握りしめ、吐き捨てるように言った。
「──彼女はエリザベスじゃない。随分前から、誰にも気づかれないほど巧妙に……。奴らは、セリーナ王女だけじゃない。僕たちの、かけがえのない思い出まで奪ったんだ」
しんと静まり返った病室の中で、誰もが言葉を失っていた。
奪われた日々。塗り替えられた記憶。偽りの顔。でも、それでも終わりじゃない。取り戻すための戦いが、これから始まる──。
\誰だよエリザベスすり替えたの!? 出てこい、執行官/
はい、というわけで。今回の衝撃展開まとめ:
・レオン様、正気に戻る(よかった)
・ジョン様、婚約者が魔物と判明
・リンダ先生、寝ながら情報ぶっこんでくる(職人芸)
次回、たぶん全員もっと大変になります。お楽しみに☆




