儂、身を任せてみる
「ぷぎゃっ!?」
「うぎゃっ!?」
という野太い男達の声が何度か響いた後、小鉄から聞こえてくるのは風を切る音と、木々のざわめきだけとなった。
恐る恐る、ホタルは膝の上にいるプニを見る。
愛らしい子犬は、十連ガチャ十回チャレンジ爆死後のゲーマーのような顔で画面を見つめていた。
「プ……プニさんや、これ……どういうことだと思う?」
「どーもこーも、追いかけていた盗賊を踏み倒して、森の中駆け回ってんだろ。両手に小麦の袋ぶら下げてよぉ」
「こっ……小麦……ひょっとしたら、途中で落としてるかもしれんなぁ……」
「……ん……んんっ……」
ベッドから愛らしい寝ぼけ声がした。
ホタルとプニは揃って秒で口を真一文字にする。
小さな寝息が聞こえてきたことに安堵して、お爺ちゃんと子犬は小声で会話を続ける。
「……で、これからどうするかのぅ……」
「小鉄を回収しねぇとなぁ」
「小鉄ってなぁに?」
「小鉄というのは、儂の……ふっ…………ふっ、ふ……ふぇぇぇぇぇ?」
情けない声を漏らし、ぎくしゃくとホタルはベッドを見る。
そこには、半分瞼を開けたリュエルが――
「リュ、リュリュリュリュ、リュエル……さん? 起きちゃった……?」
「ホタルさんも起きちゃったの……? じゃあ、一緒に寝よう……」
「え? おや? ふええええ~~~~??」
リュエルに強く引っ張られ、ホタルは仰向けでベッドに横たわるしかなかった。
「肩が出てると風邪引いちゃうよ……ん……ほら……かけて……」
目をしぱしぱさせながら、それでも甲斐甲斐しく、リュエルはホタルに毛布をかける。
かけ終えると、毛布の中に潜り込み、ホタルのがっしりとした腕に寄り添うよう側臥になった。
「リュ、リュエルさん、儂、その……」
「……くう……くう……」
「嘘……もう寝ちゃったのぉ~……? ど、どうしよう……いいのかのぅ……」
「困ってるなら、ベッドから出りゃいいだろうが」
「そ、それが……腕をぎゅうっと掴まれてるから……」
「言い訳すんな。さっさと出ろ。俺が寝れねえだろうが」
「プニ……リュエルさんと寝る気か!?」
「当然だっての。いつもそうしてんだし。だけど、男と寝るのは御免だ。だから、ホタルはさっさと出て、小鉄をなんとかして来い」
「…………」
「おい、何を黙ってやがる。さっさと出ろ。実力行使するぞ……ん? お? おお? むっ、ぐ、おおっ!?」
ホタルは右掌でプニの躰を掬い、右脇の下に押し込んだ。
「秘技! 儂が真ん中で川の字寝床!」
「てめえ、何しやがる!? 俺は男と寝るなんざ……お、おっ、おお……!? んん、ふあ、ん、んん~~……ああん……」
ホタルはプニの背中を優しくゆっくりと撫でだした。それだけで、プニの躰は自由が利かなくなる。瞼がとろとろと落ちていく。
「プニプニプーニの子守唄~。聞けばいつしか眠くなる~」
「くっ……! 全国の子供らにトラウマ植え付けたアレの替え歌だと……!? ひ、低い良い声で歌いやがって……てめえ、何を……」
「何って、みんなで眠るんじゃ」
「そっ……そんな……俺はい、いやだ……男と寝るのは御免だっつってんだろ……くっ……うう……というか……! 小鉄はどうするん、だ……よぉぉ~……ふぁぁぁ~……」
ホタルはゆっくり一度瞬きしてから静かに言った。
「眠ってすべてを忘れたい」
「それ……ただの現実逃避じゃねえか……! うう……駄目だ……抗えねえ……く……くう……くう……」
「はあ……リュエルさんもプニも体温が高いのぅ……あったかくて……いい塩梅じゃあ……ふあ……ん……んん……んむぅ……くう……くう……くう……」
そして、夜が明けた。(ターラーラーラーラッラッラーン)
「ふっ、ふぇぇぇぇぇぇぇ!?!?!?」
「ふっ、ふぇぇぇぇぇぇぇ??????」
愛らしい高い声に続き、低いが高い声が轟いた。
声につられ、同じような声を上げたホタルは慌てて目を開けた。
「あっ、あああああああああ」
狼狽えに狼狽えた声が左隣からぷるぷると聞こえる。ホタルはそちらを向いた。
そこには真っ赤な顔をしたリュエルが。
「おお、おはよう、リュエルさん」
「おっ、おは、おは、は、は、あっ、あのっ、あのっ、どっ、どうして、そのっ、あのっ、あっ、あっ、あ~~~~~!! あたしがホタルさんの腕にしがみついてたから……?」
「気にせんでええ。不安だったのじゃろう?」
「それは、うん……でも、じいじと間違えちゃったんだと思う……ごめんね」
「リュエルさんはお祖父さんと寝てたのか」
「うん……あっ、普段はそんなことしなかったよ? だけど、その……病気が進んじゃった時にね……あたしの不安がわかったのか、一緒に寝ようって言ってくれて……」
そこでリュエルの言葉は止まった。
「無理に話させてしまったのぅ。すまんな、リュエルさん」
「うっ、ううん。ごめんね、まだそんなに時間が経ってないから……それでね、ホタルさん……窓の外のあれ……何かわかる?」
「窓の外?」
リュエルが指さす窓の向こうにホタルは目を移す。
そこには――ホタルと目が合うと、両手を上げ、バレリーナのようにくるくると回り始めた小鉄が――
小鉄は何度か回転すると、ぴたりと止まり、窓にしなだれかかった。
「んっん~~~~~~~ん!? こっ、この動き……デジャブを感じるが……んんんん??」
ホタルの右隣でヘソ天で寝ていたプニは、のっこのっこと揺れて腹這いになると、渋い声で言った。
「こいつ、『開けてさんちゃん』やってるんじゃねえか?」
「なんと!? ひょう○ん族!? 教えてもいないのにか!? 賢いのぉ!」
「感心するとこ、そこかよ」
「プニ……? 喋れるの……?」
驚きで震える少女の呟きに、プニだけでなくホタルもピシリと固まった。
子犬と爺は、窓の向こうの小鉄からリュエルへ、ぎくしゃくと目線を移す。
少女は声色と同じような表情でプニを見つめていた。
「こ、これは、そ、そのっ、そのっ、あのっ、そのぉぉぉぉ~~~……わっ、儂が魔法でプニを話せるようにしたんじゃ! この世界のことを色々と知りたかったからの!」
「そっ、そうそう! 俺、魔王なんかじゃねえぞ!? 可愛い子犬だワン!」
ホタルとプニの必死の弁明に、リュエルは未だ驚きの表情のままだ。
「ホタルさん……魔法が使えるんだ……」
「そそそそそ、そうみたいじゃ! 儂もよくわからんけど、そうみたいなんじゃー!!」
「じゃあ、窓の外のこれって、新種の魔物じゃなくて……」
「そっ、それも儂が魔法で作ったんじゃ! 小鉄という名前での! ほっ、ほら、ずっと歩いてると、足腰が疲れるじゃろ? そんなときの乗り物として……」
「腕があるけど……」
「そっ、それは、その……その、そのっ……そのぉぉぉぉぉ!! お…………おっ……おおおお、お姫様だっこもできるようにしたんじゃ!」
「すごい! 素敵な魔法ね、ホタルさん!」
「そうじゃろ~~~?」
「それじゃあ、あの子……小鉄だったっけ? 中に入れてあげないと」
そう言うと、リュエルは起き上がり、ごめんねと言いながらホタルの足元をまたいでベッドから下りた。
「えっ!? なんで中に入れてやるんじゃ、リュエルさん」
「だって、あの子、魔法『生物』なんでしょ? ずっと外だと可哀想だよ。牛だって夜は牛舎に入るんだから、あの子も中に入れてあげないと」
「あっ、いや、その、まっ、待って……待って~~~~~!!」
ホタルが止めるより早く、リュエルはスリッパを履いて、パタパタと玄関へ向かう。
「おい……小鉄の奴、さっきくるくる回ってた時、手にアレはなかったけど……」
「ひょっとしたら、森にお置いてきた……で、あって欲しいが……」
遠のいていったスリッパの音が近づいてくる。
「……あの……ホタルさん……小鉄……何か持ってるけど……」
「キャイン!」
ホタルはぎゅっと目を閉じ、高い声で鳴いた。
「お前が犬のような声を上げてどーすんだよ。おら、見に行くぞ。覚悟を決めやがれ」
「いやじゃ~~……いやじゃあああ、見とうない、見とうない」
「いいから、起きろ!」
プニの肉球キックを何度も喰らって、しぶしぶ、ホタルは起き上がった。
ずるずるとスリッパを引き摺る音をたて、玄関に立つ。
開いた扉からは爽やかな朝の光が入り込んでいた。
逆光に小鉄のシルエット。
そこに立つ小鉄の両腕には……小麦の袋があった。
「ああんああんああああああん」
「苦悶の顔で、奇妙な歌、歌ってる場合じゃねえっての。どーすんだ、これ」
しばらく直立していたホタルだが、ゆっくりと小鉄に近づき、中に入るよう促すと、静かに扉を閉めて言った。
「パンを作る」




