儂、敵状を探る
画面に映し出された漆黒の山影を、ホタルは胡乱げな目で見つめる。
「これが鉱山か。真っ暗じゃのう。本当にここに盗賊がいるのか?」
「いるっての。小鉄、山裾に沿って走るんだ」
小鉄はプニの命令どおり、山裾に沿って駆ける。
やがて、深黒の中にぽつんと針で開けた穴のような光が見えた。
それがじわじわと大きくなっていく。
それは鬱蒼と茂る木々や山裾のうねりで死角になっていた洞窟の入り口だった。
「おお、ここが入り口か。小鉄や。そっと中を覗いておくれ。見つからんように注意するんじゃぞ」
疾走から一転、映る風景が緩やかに流れ、ぴたりと止まる。
「じわじわとカメラが下がってくな。洞窟にいてもおかしくはない動物……鼠のようなものにでも変形したのか?」
「そのとおりじゃ。今、どんなものに変形したか表示できるようにした。画面の右角に小さな白いシルエットがあるじゃろ? それが今の小鉄の姿じゃ。鼠っぽいものになっとるのぅ」
「色んな角度から見えた方がいい。小鉄、蜥蜴になってみな」
画面の右角の白いシルエットが変化する。蜥蜴の形になった。
「よーし、これで色んな角度で見たいとこが見れる。まずはゆっくり中に侵入しろ」
プニの言葉に従って、小鉄はそろりそろりと洞窟の中に這って入り込んだ。
どん、と大映しになったのは、黒い物体。
「これはなんじゃ? ひょっとして靴かの? 小鉄や、壁に上るんじゃ」
画像がするするすると上っていく。
下を向いた。
入り口から少し奥まったところに、見張りの男達の姿があった。
ホタルの言ったとおり、さっき見えた黒い物体はその男達の靴だった。
「この雰囲気……リュエルさんを襲った男達と近しいな。ということは、本当に鉱山は盗賊に占拠されているということかの? しかし、ここからどう調べれば……」
「それなんだけどよぉ。こっからしばらく、俺に任せちゃくんねえか?」
「プニに? そりゃかまわんが、手懸かりでもあるのか?」
「おめえ……死んで記憶をあっちに落としてきたのか? 俺はあっちでどんな仕事してたか忘れたのかよ」
「えーっと……確か、トレジャーハンターと……え、まさか……本当にトレジャーハンターだったのか!?」
「なんで俺がお前に嘘つかなきゃなんねえんだよ。ガチでトレジャーハンターだったっての。俺、ヨット持ってたろ? 海底も探索することがあったからだ」
「おお……儂はお前さんは自衛隊のちょっと言えないとこ部隊所属で、トレジャーハンターというのは儂を欺く仮の姿かと……」
「お前なあ、俺みたいなのが自衛隊なんかで大人しくしてられるわけねえだろ。てなわけでよ。こういうお宝のにおいがするとこは、血が騒ぐんだよ。どこに何がありそうか鼻も利くだろうしよ」
「今は犬だから、余計にのぅ」
「んなこた、どうでもいいっての。つか、俺様、魔王だっての。よーし、小鉄。そのまま天井を伝って奥へ進め」
プニの命に従い、小鉄は鉱山の中を歩き回る。
「あちこちに道が分かれては、行き止まりの空洞がある……まるで蟻の巣のようじゃのう」
ホタルの呟きを聞きながら、プニは目をキラキラさせて、唇を片端をニヒルに上げた。
「この山で採れる宝石は、地下じゃなく、山全体で採れるみたいだな。行き止まりの空洞があちこちにあるのは採掘しまくった跡だ。坑道が崩れねえよう、魔法をかけた梁で支えてるみたいだな。あちこちにある松明にも長持ちさせる魔法がかかってる」
「む~ん……あちこち見て回っておるが、映ってるのは盗賊ばかりで、町人らしい者達がおらんのぅ……」
「慌てるんじゃねえよ。目星はついてる。小鉄がそっちに行くよう導いてるから、そろそろ……おっ、きたきた。小鉄。右側の大きな穴に入れ」
プニの命令に従い、小鉄は大きな穴に入る。
そこは細長く天井の高い場所だった。
壁に沿って、螺旋状に上り坂が続いている。
「まるで、塔の中のようじゃの」
「小鉄、上へ向かえ」
小鉄が螺旋の坂を上っていくと、上部からざくりざくりと音が聞こえだした。
「これは土を掘る音かの?」
「ああ、そうだ」
上っていけばいくほど、音は大きくなる。
それは、坂の終わりにぽっかりと開く穴の向こうから聞こえていた。
「おっと、穴のそばに見張りがいる。小鉄、見つからないように中へ入れ」
坂道を上っていた小鉄は壁を垂直に上る。見張りの視界に入らないよう壁や天井を大回りして、穴の中に入った。
「おお……」
映像に、ホタルは驚愕と悲痛の混ざった声を漏らす。
穴の向こうは、螺旋の坂のあった場所とは違い、ぽっかりと大きく広がった空洞だった。
ざくり ざくり ざくり
ざくり ざくり
その中は土を掘る音が不規則に重なって響いている。
土を掘っているのはツルハシを持つ男達だった。
盗賊達とは雰囲気がまったく違う。
いかにも純朴そうな農夫。
気の良さそうな商店の主。
一途に職務を遂行していそうな役人。
おっとりとしていそうな裕福な紳士。
全員、土に汚れ、疲れきった顔で生気なくツルハシを振るっている。
「あ~……この人数……町の規模から察すると、男全員、ここで強制労働されられてるみたいだな」
「なんということじゃ……皆、二徹した同人作家のような顔をしているではないか……こんなに疲れ切って……」
「その例え、どうよ」
「なあ、プニや。盗賊らをサクッと倒せんのか? 魔王なんだし」
「あんな雑魚ども、倒すのは容易いぜ。だけど、俺様は魔王だ。俺が鉱山で力を振るうと、鉱山だけじゃなく、ここら一帯、ぜーんぶ灰になるぞ。森も動物も人もな」
「そうじゃったー! それは困る。とても困る」
「だろ? 倒すのは容易いんだよ。助けるとか守って倒すのは難しいな。力があるってのはそういうことなんだよ」
「そうか……では、プニじゃなく、儂でも助けることができる隙がどこかにないかのぅ……」
「全裸で奇声上げて鉱山中走り回ったらワンチャンあるんじゃねえか? なんだ、その顔。中坊ん頃、金欠なのに焼きそばパン買ってこいってカツアゲされてた時、そんな顔してたなぁ。わかったわかった。この俺様が、喧嘩が無理なお前さんでもなんとかできるヒントがねえか、探してやるよ。小鉄、そこから出るんだ」
プニの指示に従った小鉄はそこから出て、螺旋の坂を下っていく。
「鉱山の中全体がどうなってるか、もっと知らんとなぁ。小鉄、もーちょっと中を探るぞ」
螺旋の坂を下りきった小鉄は、迷路のような坑道のあちこちを移動する。
「どこも結構な数の盗賊がいるのぅ……あ!!」
と、ホタルは叫んで、慌ててリュエルを見た。
リュエルの眉がぴくりと動いたが、目を醒ますことなく眠り続けている。
「なんだ? 何が映ってんだ? ああ、こいつらか。リュエルに絡んでた盗賊だな。穴の前に立ってるってことは、ここの見張りをしてるのか? ここに何があるか確認するか。小鉄」
盗賊に気づかれることなく、小鉄はするりと中に潜り込んだ。
まず目についたのは、大きな米袋ほどのサイズの麻袋だ。いくつもいくつも重ねて並べられている。
そこから少し離れたところには、天井の梁からぶら下がった肉塊がいくつも見えた。
「食料庫か。この袋……小麦ばっかだ。米がねえ」
「どうしてなんじゃろう?」
「炊くのが面倒だからじゃねえか? パンなら、こねて、棒に巻き付けて焚き火で焼くことができるからな」
袋を見ていたホタルの目が何かを捉えた。
「……小鉄、小麦袋の刻印を大映しにしてくれんかの?」
大映しにされた刻印を見て、ホタルは息を呑む。
『オーユゥテ牧場』と書かれていた。
リュエルに連れて行かれ、夕食をごちそうになった牧場の名前だ。
「オーユゥテ牧場? どういうことだ?」
ホタルはオーユゥテ牧場での会話を反芻する。
――白飯はおかわりが無理なんだ。まあ、肉も野菜もそこまで腹一杯になってもらえる量でもないかもしれないけど。
――食糧事情が不安定なのかい?
――不安定っていうか……まあ、色々あってね。
――だったら、ここは出た方がいいわ、ホタルさん。
――えっ……なんでじゃ?
二人は……あの時、困ったように笑って答えなかった。
そして、パン屋であるリュエルの店が薄く汚れていた……しばらく営業していた気配がなかったこと。
店主である祖父が亡くなったことだけが理由ではなく、材料である小麦を奪われたせいだとしたら――
「この小麦……もしかして、オーユゥテ牧場から強奪したのか? だとしたら、色々と辻褄が合う。こいつらのせいでリュエルさん達は腹一杯食べられんのか? あんな暗い顔をしているのか……? なっ、なななっ、なんという……!!」
怒りに震えるホタルに呼応するかのように、小鉄の目線が上がっていく。
「お、おい、ホタル。待て、小鉄の様子がおかしいぞ」
プニが制止する間に、画面には薄灰のスケルトンと鈍色の歯車で象られた人の手が映る。
その手が……小麦の入った大袋を掴んだ。
ホタルは慌てて画面の右角に映る小さな白いシルエットを確認した。
小鉄は今、ベニヤ板に屈強な四肢がついたような姿に変形している。
「なんじゃ、こりゃあ!?!?!?」
「ちょっ、まっ!? 小鉄、何してやがる! しかも手にした小麦の袋、一つじゃねぇ! 二つだ! 両脇に抱えてるのか!? おい、ホタル! 小鉄を止めろ! 見張りに見つかるぞ!」
「そ、そうじゃのっ! やめんか、小鉄! 小麦を離して蜥蜴に戻るんじゃ! 小鉄……おーい、小鉄さん……? 小鉄……小鉄~~……! いけない! 怒りに我を忘れてる!」
「なんだとー!?」
制御不能となった小鉄は、両脇に小麦の袋を抱えたまま移動を開始した。そのまま歩いて食料庫を出る。
訝しげな顔をして振り向く盗賊の顔が映った。
「なんだ、てっ……へ? な、なんだ、これ……なんだかよくかわかんねえ物に手と足が生えてるぞ!?」
「つーか、小麦! こいつ、小麦の袋、二つも両脇に抱えてやがる! てか、脇どこだ!? 顔どころか上半身もねぇし! なんなんだ、これ!?」
見張りの盗賊達は驚愕と恐れでじりじりと後退る。
合わせて、小鉄もじりじりと前進する。
「う、うわっ、わっ、わ~~~~~!!」
盗賊は悲鳴を上げて駆けだした。
それを小鉄は追いかける。両脇に小麦を抱えたまま。
「なっ、なんだ、なんだ、なんだ、これ~~!」
「おう、何を騒いで……う、うわぁぁぁぁ!? なんだ、この小麦泥棒!?」
「うわあああ、こっち来るな、怖い、なんか怖い!」
「なんだぁ? ひっ、うわっ、なんだぁ!?」
「ひいいいい!?」
仲間の悲鳴を聞いて、あちこちの穴や坑道から盗賊が飛び出してくる。
飛び出してきては、同じように悲鳴を上げて逃走する。
それを追い立てる小鉄――両脇に小麦の袋を抱えて――
阿鼻叫喚の映像を前に、プニは両手の肉球で、ホタルは右手で、顔を覆って項垂れた。




