037ベートーヴェン『交響曲第九番《シンフォニー》』『LIVEコンサート』『生命』
ケルビムの翼に抱かれた私――は、1stインパクトの後で、2ndインパクトの数年前にリンクされていた。
私は八角形/楕円の建物/施設の中にいて、白と黒の洋服を着ていた。周りの人々も同じカラーリングをしていた。
別大陸から招聘された指揮者によって、フルオーケストラはベートーヴェン作曲『第九交響曲』を奏でていた。
五千〜一万人の人々が白と黒のフォーマルな装いで着席して、演奏を聴いていた。
昨日はゲネプロ(通しリハ)が無事に済んでいた――。
今はLIVEコンサート当日だった。
演奏のみの第一楽章から第三楽章を聴き終え、第四楽章に入った。
近年、第九はフルトヴェングラー指揮バイロイト祝祭管弦楽団(1951)そしてカラヤン指揮の生涯最後とされるベルリンフィルハーモニー第九演奏(1986)バーンスタイン指揮は歌詞のFreude『喜び』をFreiheit『自由』に換えて歌われた(1989)ベルリンの壁崩壊記念ライブの一年後に天に召された――。
1998年に長野県で開催された冬季オリンピック開会式のフィナーレは『第九交響曲』で飾られた。長野を中心にベルリン、中国、シドニー、ニューヨーク、ケープタウンで同時に第4楽章歓喜の歌を合唱する史上初のプロジェクトが催された。
当日は小澤征爾氏が長野県で指揮し、映像と音声を衛生中継で五大陸に送った。千名が合唱するステージになった。
シラーの詩『自由賛歌』がフランス革命の直後ラ・マルセイエーズのメロディーでドイツの学生に歌われていたそうだ。書き直された『歓喜に寄せて』をベートーヴェンが19世紀前半に歌詞利用したとされている。
歌唱パートは、ソプラノ/アルト/テノール/バリトン各ソリスト。
ソプラノ/アルト/テノール/バスの四部合唱団で構成され、色々な組み合わせで歌われるのだ。
――第四楽章の何かが始まりそうで衝撃的なフレーズ演奏と同時に、五千〜一万人が一斉に立ち上がる。
バリトンソロは高らかに謳う。
私たちオール第九合唱団も謳う歌う唄うウタウ。
私が初めての第九LIVEコンサートでは――途中で声があまりでなくなった。がんばりすぎたのだ。
初めてか2回目かのLIVEコンサートで、オーケストラ演奏と確か女性の流れるような指揮と一緒に歌っている時――
私の瞳に涙が溢れた――。
歌ってる最中、母親や父親、家族、友人、色々なつながりの人――順に顔が浮かんでくる……。何人も何人も。
これは『感謝』だ。
歌いながら一人ひとりに感謝してるのだ。
そして『生きている』ことを知った。
私は生きていたのだ。
当たり前のようだが――私は今、生きていることを感じた。
涙が出る。
それでも歓喜を歌うのだ。
生きているよろこびを――。
世界は美しく、時に美しくもなく、素晴らしかった。
音楽の素晴らしさを改めて、そして今までにない喜/歓びを知った。
感じた。
その後、第九をきっかけにつながった、リンクされたご縁により、バッハとモーツァルトのレクイエムを歌った合唱団LIVEコンサートで、音楽に満足することになり、音楽活動を終えた。
まるでその演奏会――LIVEは――魔法と神がかっていた――。
この話はまた機会がある時に。
その後、再活動が始まることになる――。
ふと周囲を感じると《クラン》メンたちが微咲んですぐそばにいた。私――は後ろから、横から、上から、下から、前から、過去から、未来から、今至るところから優しく抱きしめられている――。
O Freunde, nicht diese Töne !
sondern laßt uns angenehmere anstimmen,
und freudenvollere.
球体ホログラムによって第九の歌詞はアレンジ、⇆SSSポテンシャルなエクスファミリア風に意訳されてゆく――。




