後編 獣人アイドルグループは、輝きたい!
ライブハウス『ジャックの壺』
音楽をこよなく愛した異邦人が開いたライブハウスで、名前には「大当たり」という意味があるらしい。
控室は、本番前の独特の熱気に満ちていた。壁には前世の誰かが持ち込んだらしい「蛍光灯」がぶら下がり、白く冷たい光で鏡を照らしている。この技術が広まった時、蝋燭職人やランプ職人たちが一斉に失業したという話だが、それもどうでもいい話だ。――世界は、常に誰かの都合で変わっていく。
「ふふ、ミミちゃん、緊張してる?」
ミルクが、震えるミミの手をそっと包み込んだ。いつも元気にピンッとしている兎の耳が、心なしかへにょっとしている。十四歳。最年少。ステージに立つたび、彼女は世界の重さを少しずつ学んできた。
「う、うん……ちょっと」
「大丈夫よ~。ミミちゃんはいつも通り、ぴょんぴょんすればいいの!」
ミルクは、ミミの柔らかな髪を撫でた。ミルクはこうするのが好きで、ミミはこうされるのが好きだった。
「尊い……」とスタッフの誰かが言った。
「それ、アイドルとしてどうなんですか……」
「あらあら、可愛ければ全部正義よ~?」
ミルクはそう言って、うふふ、と笑う。その笑顔には不思議な説得力があった。彼女自身も、この世界の理不尽さを知っている。牛の獣人として生まれ、酪農家の娘として育ち家業を継ぐはずだった。だが、彼女は歌うことを望んだ、歌う事を選んだ。搾乳機のリズムより、拍手の音が好きだったから。
あぁ、賢明な読者諸君には必要ないだろうけれど、万が一の誤解のないように言っておこう。ちゃんと「牛」という動物から、牛乳は作られる。
「ビャクちゃん、今日のセトリ確認した?」
「ああ」
「変更されたのは出番の順番だけ、セトリは変更ないよね?」
「そうだぞ」
「さすがビャクちゃん、頼りになる~」
「こら抱き着くな。衣装が乱れる」
ビャクヤはスズの問いに淀みなく答える。タブレットを確認するまでもない、全て頭に入っている。彼女はそういう娘だ。ステージの構成、照明のタイミング、メンバーの立ち位置、観客の動線、果ては非常口の位置まで。全てを把握した上で、彼女は歌う。ハイイロオオカミの本能――群れを守るという本能が、彼女をこのグループの支柱にしている。
「ミネちゃんは?」
「……」
ミネルヴァは答えなかった。窓辺に立ったまま、外を見ている。今夜は満月に近い。フクロウの獣人にとって、月は特別な意味を持つ。遠い祖先が月の光で獲物を探した記憶が、血の中に残っている。彼女の大きな瞳が月光を反射して琥珀色に輝いた。
「ミネちゃん?」
「……月」
「月がどうしたの?」
「月は鏡。私は月。みんなは太陽。スズ、輝いて。もっと輝ける、スズなら」
「え、えーと、うん! 輝くよー!」
スズは元気よく頷いた。ミネルヴァはあまり喋らない、喋っても言葉は短い。そして時々長い。長い時は、たいてい難解だ。異邦の者が言うには「中二的」らしい。
だがその短さの中にも長さの中にも、彼女なりの全てが詰まっている。ファンはそれを知っている。勿論メンバーも。ミネルヴァの一言一言が、彼女とっては詩なのだ。
あとでミネルヴァ語録に追加しよう、そうしたら、ファンの人たちが解読して意味を教えてくれるから。スズはそう思った。
スタッフさんが「ビースターズ、出番です」と告げる。
「よーし、みんな!」
スズが両手を叩いた。センターの声。グループの顔。彼女はいつも、みんなを引っ張る役を引き受ける。ヤマネコの獣人として、しなやかで自由で、そして誰よりもこのステージを愛している。
「行こう。私たちのステージだ」
扉が開く。光が溢れる。歓声が、波のように押し寄せる。
ステージに立つ五人の姿は、この世界の混沌そのものだった。獣人、人間、異邦の魂、在来の民。かつては互いに理解し合えなかった者たちが、今、同じ音楽に合わせて踊っている。異邦の者が持ち込んだ「アイドル」という概念は、この世界の文化と出会い、殴り合い、友情が芽生え、合体し、全く新しい、よくわからない何かを生み出した。それは、もはや誰のものでもない。彼女たちのものだ。
「みんなー! ビースターズだよー!」
スズの声が響く。観客が沸く。ペンライトが揺れる。この世界の技術で作られた、異邦の者たちが「ケミカルライト」と呼んだそれ。色とりどりの光が、暗闇の中で花のように咲く。
一曲目、「咲きほこれ!」アイドルを花にたとえた、異邦人が作詞作曲した曲だ。軽快に走るシンセサイザーに、鈴の鳴るような、と評された声が乗る。
「花の命は短いけれど、乙女の命は短くないぞっ!」
歌う、踊る、楽しい! スズは純粋だ。キラキラとしたステージに憧れて、歌と踊りの世界に飛び込んできた少女。見て、私を見て、私の歌を聞いて! そうしたら私は、もっと輝ける! そんな気持ちを隠そうとしない。その純粋な真っすぐさが良い。彼女を推すファンはそう語る。
「咲きほこるよ、だから見ててね! 咲きほこるよ、何回だって!」
「ずっとずっとずっと、わ・た・し・のっ、ターンっ!」
くるりっ、とスズが回る、耳につけていたリボンが外れてしまうほどの、めいいっぱいのダンス。
あぁ、一曲目から、あんなに飛ばして……まぁ、わかってた事だけど。と、ビャクヤは想う。だからこその――
二曲目、「夢で逢えたら」。この世界の在来の作詞家と、異邦の者の作曲。いわゆる遠距離恋愛の歌だが、暗い歌ではなく、もう少しライトでメロディアスな曲。バラードというほどではないが、進行は控えめだ。
アルペジオのパートでビャクヤが一歩前に出る。この曲には彼女のパートがある。低く、静かで、それでいて芯のある声。ハイイロオオカミの遠吠えのような、孤独と強さを同時に湛えた歌声。
「もっと、もっと、きっと……夜が明ける前に、君の名前を呼ぶよ」
ビャクヤはさりげなく、自然に、ステージに落ちていた、スズのリボンを拾う。
自分が人気者になる必要はない。ビースターズが人気になればいい。……そんな彼女を推すファンは、多い。
次の曲がはじまるまでの僅かな合間。ビャクヤはそっと、スズの耳に、拾ったリボンを戻す。
てぇてぇ……と、観客の誰かが言った。
三曲目、最後の曲が始まる。「ハイアーハイアー」疾走するドラムから始まる、とにかく元気で勢いのある曲だ。彼女たちのデビュー曲でもあり、サビで「ハイアー!ハイアー!」とファンが右手を振り上げるのが定番になっている、代表曲でもある。作詞者作曲者、ともに不明。
スズとビャクヤがメインで歌うパートに、ミルクがハーモニーを重ねる。牛の獣人の、温かくて広い声。包み込むような母のような、それでいてどこか切ない声。
「あなたが泣かないように、私は歌うよ、いつだって、どこだって」
ミミが跳ねる。兎の獣人の、軽やかなぴょんぴょん。重力を忘れたような、それでいて確かなリズム。
「ここにいるよ、ひとりじゃないよ、わたしも、あなたも、みんないるよ!」
ミネルヴァが静かに歌う。フクロウの獣人の、夜の囁きのような声。
「……見てる。ずっと、見てる。一緒に行こうよ、あの高みまで」
そして、スズが全てをまとめる。ヤマネコの獣人のしなやかで、力強くて、どこまでも、どこまでも自由な歌声。
「私たちは、ここにいる! みんなも、ここに居る! だから――」
五つの声が重なる。五つの魂が重なる。獣人も、人間も、異邦も在来も、関係ない。この瞬間彼女たちは一つの生き物になる。音楽という名の、一つの命になる。
「ハイアー! ハイアー! 届くよ、きっと!」
「ハイアー! ハイアー! 飛ぼうよ!高く!」
「ハイアー! ハイアー!」
「ハイアー! ハイアー!」
そして……曲が終わる。拍手。笑顔。歓声。ビースターズ! ビースターズ! ……拍手が鳴り止まない。
「……ありがとう、みんな」
ビャクヤが、珍しく、マイクを通して呟いた。観客がさらに沸く。彼女はすぐに顔を背けたが、その耳は嬉しそうに震えていた。
舞台袖で、ヨウコ・タマモが腕を組んで、その光景を見ていた。狐のマネージャー。自称二十二歳。彼女の尻尾は、感動でふわっふわと揺れている。仕事だからではない。彼女は、本当にこのグループが好きなのだ。
「……やっぱり、うちの子たちは最高ね」
ヨウコは震える声でそう呟いて、ハンカチを取り出し、そっと上品で優雅な動作で、鼻血をぬぐう。そして、彼女はスマートフォンを取り出した。異邦の者が持ち込んだ「SNS」なるものに、今日のライブの写真を投稿する。瞬く間に「いいね」が集まる。この世界の人間も、獣人も異邦の者も、みんなが彼女たちを応援している。
コメント欄には、こんな言葉が並んでいた。
『ビースターズ最高!』
『スズちゃん可愛い!』
『ビャクヤ様の歌声に泣いた』
『ミルク姉の包容力よ』
『ミミちゃんの跳躍力は反則』
『ミネルヴァ語録更新待ってます』
『異世界転移したけど、異世界アイドルが最高すぎて帰る気なくした』
最後のコメントを見て、ヨウコは苦笑した。異邦の者たちはいつもこうだ。勝手に落胆して、勝手に開き直って、勝手に……この世界を愛していく。でも、それは悪いことではない。むしろ――
「社長、見てますか」
彼女は、事務所の方向を見た。社長は今頃、妻からのLINEに震えているだろう。だが、その合間にきっと彼は思っているはずだ。この仕事をしていて良かった、と。
ライブが終わる。楽屋に戻る。汗と達成感と、差し入れのドーナツの香り。
五人の少女たちは、また日常に戻っていく。明日はまた別のステージがある。別の夢がある。別の話がある。別の笑顔がある。
でも。今は。――
「ねぇ、みんな! みんな大好き!」
「あらあら、私もみんなの事、大好きよ~」
「私も! 私もみんな大好きです!」
「……好き」
「う」
「ビャクちゃん?」
「大好きだぞ」
スズはにんまりと笑った。そっぽを向いたビャクヤは尻尾を抱えて、毛づくろいする……ふりをしている。
犬の系統の獣人は、感情がストレートに尻尾に出てしまうからだ。……ほら、尻尾の根元がびくびくしてる。ホントは振りたいくせに。
ミルクが、ミミにタオルを渡している。ミネルヴァはまた窓辺に立って、月を見ている。ヨウコがドーナツを頬張りながら、次の仕事のスケジュールを確認している。
はちゃめちゃで、訳の分からない世界。
めちゃくちゃな、訳の分からない文化。
わちゃわちゃの、訳の分からない文明。
でも、確かにここにある、確かな何か。
それは、夢かもしれない。友情かもしれない。あるいは――愛かもしれない。
『ビースターズ』 ……彼女たちの物語は、まだまだ続く。
彼女たちのステージは、これからだ。
感想おねがいします。




