前編 新人アイドルグループ、ビースターズです!
かつて、この世界に、異邦の魂が降り立った。
彼らはトラックに跳ねられたり、通り魔に刺されたり、過労で倒れたり、学校がテロリストに爆破されてクラスごと転移してきたり、はたまた、山で遭難して気が付いたら草原に立っていたり、本を読んでいたら次の瞬間には森の中に居たりと、実に様々な形でこの地に現れた。そして彼らは口々こう言ったのだ。
「えっ、何ここ、ファンタジー世界? 異世界転移?」
「ステータスオープン! あれ? ステータス画面は? 魔法は? 俺のチート能力は?」
「……スマホは圏外、目の前には熊……武器は、この木刀だけか……フッ」
「えぇ? これが私? 金髪縦ロールで鋭い目つき……あ、悪役令嬢転生!?」
「貧乏貴族の婚外子か……いいぜ、好き勝手にやったろうじゃん」
「えええ、ぼ、僕、女の子になってる!?」
「ふぅん……ま、ちょっと稼いで、そこそこ良い暮らしできればいいか。まずは定番、ガチャポンプとか銃とか調べてみよう」
そして異邦の者たちは、この世界が自分たちの知る「異世界」とは似ても似つかぬことに気づき、勝手に落胆し、勝手に開き直り、勝手にこの世界を変えていった。
彼らは持ち込んだ知識で文明をぐちゃぐちゃにした。文化をわちゃわちゃにした。うひゃうひゃの、どひゃどひゃにした。
結果として、この世界は――
「あら~、スズちゃん、今日の衣装のフリルちょっと多いんじゃない~?」
「えー、これくらいが可愛いんだよミルク姉!」
十六歳のヤマネコ獣人スズ・リンクスが、鏡の前でくるりと回る。花びらのように広がるスカート。耳の先につけたリボンが、ふわりと揺れた。
「多いというかぁ~……これはもう、ケーキのデコレーションじゃないかしら~? あらあら、そう考えるとおいしそう~」
十八歳の牛系獣人、ミルク・カーベルが大きな瞳をぱちぱちと瞬かせながら、穏やかに笑った。彼女の頭にはくるりと巻いた角が二本。それすらも可愛らしいアクセサリーに見えるのだから、アイドルという生き物は不思議である。
楽屋には、独特の匂いが満ちていた。化粧品と制汗スプレーと、差し入れのドーナツの甘い香り。壁には前世の誰かが持ち込んだらしい「エアコン」なる機械が取り付けられていて、快適な涼風を送っている。これも異邦の者がもたらした技術の一つだ。彼らは「これがないと夏を越せない」とベソをかきながら、この世界に空調を広めた。おかげでアイドルの衣装も、汗で台無しにならずに済む。
「ねぇねぇ、ビャクちゃんはどう思う? 可愛いよね?」
スズが、楽屋の隅でタブレット端末を操作している銀髪の少女に声をかけた。ビャクヤ・オオガミ。十六歳。ハイイロオオカミの獣人。切れ長の瞳と、すっと通った鼻筋……というか、マズル。全身を覆う体毛、今は見えていないが、足も完全に踵が浮いた、かなり獣寄りな獣人の少女だ。ビースターズのクールビューティー担当。異邦の者たちが持ち込んだ尺度で言うと、「ケモ度3」らしい。
スズはケモ度2、ミルクはケモ度1、と判定されている。だが、これは単なる区別であって、ケモ度による差別は一切ない。
みんな違って、みんな良い。過去のケモナー、ケモノハーレムの王を名乗った、ハジメ・スズキが残した言葉と言われている。事実、彼は嫁を全て平等に愛した。アラクネやラミア、マーメイドまで含めて。まぁ、そんなのはどうでも良い事なのだが。
「フリルは多い。だが、スズが着たいなら着ればいい。ファンはそれを望んでいる」
「ファンじゃなくて! ビャクちゃんはどう思うかって聞いてるの!」
「……可愛いぞ」
ビャクヤは顔も上げずにそう答えたが、その耳がほんの少しだけピクピクしていたことを、スズは見逃さなかった。ビャクヤはいつもこうだ。言葉は冷たく、そっけない。でもその実、誰よりもメンバーのことを見ている。このグループの実質的なリーダーは、間違いなく彼女だ。スズはにんまりと、満足そうな笑みを浮かべた。
「みなさーん! 私、お茶もらって持ってきましたー!」
元気な声とともに、楽屋の扉が勢いよく開いた。ミミ・イナバ。十四歳。ウサギの獣人。グループ最年少。ケモ度1。長い耳をぴょこぴょこと揺らしながら、彼女はトレイを両手で抱えて入ってきた。結露の汗をかくペッボトルが5本、重ねられた紙コップ。兎の足は速い。彼女はいつも、誰よりも早く動く。
「あらあら~、ミミちゃん、ありがとう。気が利くわぁ、いい子、いい子」
ミルクが優しく微笑んで、トレイを受け取り、テーブルに置く。そしてそのまま、ミミの柔らかな髪を撫でた。えへへ、と嬉しそうにはにかむミミ。その仕草はまるで母子のようだ。実際、ミルクはグループの精神的支柱である。十八歳。最年長。彼女がいるだけで、場の空気が柔らかくなる。牛の獣人である彼女は、その包容力で荒んだメンバーの心を癒す、ファンの心も勝手に癒える。アイドルグループに、癒し担当は必須だ。
「お茶……ありがと」
と、消え入りそうな声で言ったのは、ミネルヴァ・ウーラシュエット。十五歳。フクロウの獣人。ケモ度3。彼女は窓辺にちょこんと座って、普通の獣人よりずっと大きなその目で、じっと外を見ていた。夜の森を見通す、静謐な瞳で、彼女はいつもこの世界を、少しだけ違う視点から見ている。
「ミネちゃん、今日は何を見てたの?」
スズが尋ねると、ミネルヴァはゆっくりと振り返り首を九十度以上回転させた。――フクロウ獣人の首の可動域は、人間の常識を軽く超える。
「……雲」
「雲?」
「あの雲、羊」
「ああ、雲が羊に見えたのね!」
「もこもこ」
「うんうん!」
「あっち、ジンギスカン」
「……うん? うん!」
スズは、よく分からないまま頷いた。ミネルヴァの感性は独特だが、ファンもそれを分かっている。「ミネルヴァ語録」なるサイトは、とても閲覧数が多いという話だ。
インターネットなる技術も、異邦の者たちが持ち込んだ。当然、小さな国が一つ二つ滅ぶような大混乱が起こったらしいが、まぁ、それもどうでもいい話だ。要するに、ミネルヴァは少し変で、そして、それが愛されている。という事。
「みんなー、そろそろ集合して! リハーサル、始まるわよ!」
楽屋の扉が再び開き、今度は狐の獣人が顔を出した。ヨウコ・タマモ。自称二十二歳。マネージャー。ケモ度1。ピシッとしたビジネススーツを身にまとい、ふわふわの尻尾を揺らして、彼女は手を叩く。
彼女は、五人の少女たちを本気で可愛いと思っている。仕事だから、ではない。彼女は本当にこのグループが好きなのだ。
「今日は『セル・ペンティ』のライブがあるからね。同じ事務所のライバルとして、負けられないわよ!」
セル・ペンティ。十七歳。ラミア。あえてケモ度を言うなら、3。蛇の下半身を持つ彼女は、ダンスではなく圧倒的な歌唱力で勝負してくる。ビースターズとは、同事務所内のライバルであり同志でもある。アイドル業界は、狭いようで広い。異邦の者が持ち込んだ「芸能界」なる概念が、この世界の文化と混ざり合い混沌を極めている。だが、その混沌の中で彼女たちは輝こうとしていた。
「よーし、行くよ、みんな!」
スズが元気よく立ち上がる。センターとして。王道アイドルを目指す少女として。
「「「「「おー!」」」」」
五人の声が重なる。ミルクが微笑み、ビャクヤが頷き、ミミがピョンと跳ね、ミネルヴァが首を傾げ、スズが笑う。
訳の分からない世界。訳の分からない文化。訳の分からない文明。でも、そんな中で、彼女たちは確かに何かを掴もうとしていた。
それは、夢かもしれない。友情かもしれない。あるいは――
「スズ、スカート、めくれてる」
「えっ、あっ、ごめんビャクちゃん!」
「……別に」
ビャクヤはそう言ってそっとスカートの裾を直してやった。その手つきは、驚くほど優しかった。
ミルクがそれを見て、うふふ、と笑った。
ミミが「私は大丈夫ですか!?」と慌てた。
ミネルヴァは、そんな彼女たちをじっと見つめながら呟いた。
「家族」
その言葉を、誰も否定しない。だが彼女たちは家族ではない、アイドルグループだ。でも、確かにそこには妙に仲の良い、何かがあった。
花の香りがした。甘く濃厚な、上品な中に、少しだけ刺激的な、フローラルな香り。香りに包まれて少女達が楽屋を出ていく。
この訳の分からない世界で、彼女たちは、アイドルという夢を追いかけている。
所変わって、ここは芸能事務所の社長室。
五十四歳の人間(少なくとも外見上は)である社長は、妻からのLINEに必死に返信していた。元アイドルである彼の妻は、彼の頭が上がらない存在である。愛妻家にして恐妻家。彼の社会的立場は芸能事務所の社長だが、家庭内の地位は高くないようだ。
「アナタ、今日は早く帰れますか?」
「大丈夫だよ。もし何かあっても、すぐ連絡するから」
異邦の者が持ち込んだ「LINE」なる通信手段は、この世界でも急速に普及した。便利である。だが、恐妻家にとっては追跡の手段にもなり得る。文明の利器は、時に人を追い詰めるのだ。
「社長、ビースターズの出演時間、変更になったそうです」
オフィスの事務員が、パーティーションの向こうから、ひょこりと顔を出して言った。
「んん? 何かあったのかい?」
「何か、リハーサルを見たプロモーターさんが、彼女たちはもっと輝ける! とか言い出したらしくて」
「えぇ? いや、でも、良い事なのかな?」
「みたいですね。まぁ、大丈夫ですよ。あの子たちはどこでも輝けますから」
彼女は単なる事務員だが、その言葉には確信があった。社長も、その確信を信じた。
彼はちゃんとした大人である。ちゃんとした大人は、若者の可能性を信じるものだ。そう、たとえ妻に頭が上がらなくても。
「そうだな。彼女たちなら、大丈夫だ」
社長は、窓の外を見た。空には羊のような雲が浮かんでいた。
ミネルヴァが見たら、何と言うだろうか。
そんなことを考えながら彼は再び、妻からのLINEに震えた。
訳の分からない世界で。
訳の分からない文化と文明の中で。
それでも、彼女たちは今日も歌う。踊る。輝く。
それが、アイドルだから。
そして、それは、きっと素敵なこと。
『ビースターズ』――彼女たちの物語は、まだ始まったばかりだ。
後編執筆中です。書きあがり次第投稿予定。




