第5話 向こう側で伸びる
レイは、朝から少しだけ嫌な予感がしていた。
理由は単純だ。
昨日までより、森の空気が静かすぎる。
そして、視界の端に流れるコメントが、妙に熱を帯びているからだ。
『今日の依頼、当たりっぽい』
『レイ、ちょっと有名になってきた』
『死に戻りの見せ方うまいんだよな』
『今回バズるぞ』
「……バズるって、何なんだよ」
レイは小さく呟いた。
相変わらず、意味のわからない言葉は多い。
だが、向こう側の視聴者が自分の動きを追っていることだけは、もうはっきり分かっていた。
今日は、街の外れにある古い遺跡の調査依頼だ。
崩れかけた石造りの建物で、足場は悪く、罠も残っている。
危険はあるが、昨日までのレイなら避けたかもしれない。
今は違う。
「録画開始」
【録画中】
【残り時間:30分】
遺跡の中は薄暗く、湿った空気がこもっていた。
足音がやけに響く。
壁には古い模様が刻まれているが、かなり崩れていて、読み取れない。
レイは慎重に進んだ。
すると、足元で小さく何かが鳴る。
カチリ。
「っ!」
とっさに跳んだ瞬間、床が沈んだ。
その直後、天井の隙間から細い石片が落ちてくる。
もし一歩遅れていたら、肩か頭を打っていた。
『おっ』
『罠きた』
『反応早い』
『今のは死ねたぞ』
レイは息をつく。
「……危ないな」
罠を越えた先で、広間に出た。
そこには丸い体の小型魔物が、五体ほど群れていた。
動きは鈍い。だが、数は多い。
「五体か……」
昨日までのレイなら、数が多いだけで面倒に感じただろう。
だが、今は少し違う。
ここでどう動くかで、見られ方が変わる。
それが分かるようになっていた。
『来た来た』
『ここからが本番』
『一回ミスって修正するやつだ』
『レイの得意な場面』
「得意とか言うな……」
そう返しつつ、レイはあえて中央へ踏み込んだ。
魔物たちの注意を引くためだ。
一体が飛びかかる。
レイはそれを受け流すが、次の一体が背後へ回り込む。
さらにもう一体が、足元を狙ってくる。
「っ、くそ……!」
数の圧が厄介だ。
無理に押し切れば、どこかで捕まる。
レイは一度、棒で魔物を押し返したが、そのまま壁際へ追い込まれた。
爪が肩をかすめる。
浅い。
でも、ここで続けて食らうのはまずい。
「録画再生」
【再生を開始します】
世界が戻る。
数秒前、魔物たちがまだ広間の中央にいる位置だ。
「……なるほど」
レイは肩を回した。
この相手は、数はいるが連携が甘い。
なら、同時に相手をする必要はない。
一体ずつ切り離せばいい。
今度は、広間の奥へは入らない。
手前の通路に一体だけ誘い込む。
『お、分断』
『わかってる』
『初見でこれできるのえらい』
『見ごたえ出てきた』
「見ごたえって……」
レイは少しだけ苦笑した。
一体目が通路へ来る。
狭い場所では、数の意味は薄い。
レイは魔物の突進をかわし、棒を叩き込んだ。
倒れる。
続けて二体目。
三体目も、通路の詰まりを利用して崩す。
だが、最後の一体だけは想定より速かった。
「っ――」
爪が迫る。
避けきれない。
レイは反射で叫ぶ。
「録画再生!」
【再生を開始します】
戻る。
今度は、最後の一体を最初に引き出す。
『おお』
『順番変えた』
『ここで修正するの気持ちいい』
『見てる側、めっちゃ楽しい』
魔物は単純だが、順番を変えるだけで危険度が大きく変わる。
最後の一体を最初に処理し、残りを順番に崩す。
そうすれば、事故は減る。
レイは狭い通路へ誘い込み、確実に仕留めた。
五体目が倒れた瞬間、視界の端に文字が浮かぶ。
【討伐成功】
【視聴者数:大幅増加】
【注目度が上昇しました】
「……また増えた」
レイは少し呆れたように呟いた。
だが、コメント欄はそれどころではない。
『この回いい』
『失敗からの修正が上手い』
『見てて気持ちいい』
『レイ、完全に配信向き』
「配信向き……」
その言葉が、なんとなく胸に残った。
最初は偶然だった。
ただ死に戻っているだけで、見せるつもりなんてなかった。
けれど今は違う。
どう動けば面白いか。
どう動けば危険か。
どう動けば、次の一手が映えるか。
レイは、少しずつ考えるようになっていた。
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遺跡の外へ出ると、空はもう傾いていた。
レイは報酬を受け取りながら、ふと気づく。
今日は、依頼主の態度も少し違った。
「最近、あんたの話をよく聞くよ」
男はそう言って、封筒を渡してきた。
「危ない仕事でも、うまく片づけるってな。……あんた、ただの新人じゃないだろ」
レイは受け取った封筒を見下ろした。
現実では、まだ大きな変化はない。
ただの冒険者として、少し名前が広まっただけだ。
だが、向こう側では違う。
視聴者数が増え、熱量が上がり、
彼の戦いは“見るもの”として成立し始めている。
『現地でもじわじわ広まってる』
『でも本命は向こうの反応だな』
『次の回で一気に来そう』
『レイ、もう配信者だよ』
「……変な感じだな」
レイはそう呟いて、空を見上げた。
見られている。
それが、少しだけ重くて、少しだけ心地よい。
その日から、レイは“ただ生き延びる”だけではなく、
どう見られるか まで考えて動くようになる。
異世界の視聴者は、その変化にさらに熱狂していった。




