第4話 再生数の匂い
翌朝、レイが目を覚ますと、視界の端の表示は満タンに戻っていた。
【録画可能時間:30分】
「……やっぱり、朝になれば戻るんだな」
その確認だけで、少し気が楽になる。
昨日のように使い切っても、翌日また挑める。
この力は、無限ではないが、思っていたよりずっと扱いやすかった。
ただし、強くなるには条件がある。
安全な場所では意味がない。
失敗して、死んで、戻って、覚える。
その積み重ねでしか、前には進めない。
「今日は、少し派手にいくか」
レイはそう呟いて、街の広場へ向かった。
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広場には、冒険者や商人、荷運びの人間たちが行き交っている。
そこにはひときわ目立つ掲示板があり、依頼書が何枚も貼られていた。
その前で、レイは足を止める。
昨日までなら、絶対に選ばなかった依頼がある。
「……魔物の巣の調査、か」
危険度は高い。
だが、報酬もそれなりにいい。
何より、“見せ場”がある。
視界の端では、コメントがざわついていた。
『お、今日は強気』
『そこ行くのか』
『バズりそうな依頼だな』
『でも死ぬなよ』
「バズるって何だよ……」
レイは小さく苦笑した。
とはいえ、彼にもわかる。
地味な薬草採取だけでは、視聴者は増えにくい。
昨日のように、少し危ない場所で試行錯誤するほうが、見ている側には面白いのだ。
「録画開始」
【録画中】
【残り時間:29分58秒】
街道を外れて少し進むと、森の空気が濃くなる。
木々の間に、ぬかるみが増え、風が重くなっていく。
やがて、黒い穴のようなものが見えた。
魔物の巣だ。
「……本当にあるんだな」
レイは一度だけ深呼吸した。
中へ入ると、臭いがきつい。
湿った土と、獣の臭気が混ざっている。
足音を立てないように慎重に進むと、すぐに物音がした。
「来たか……」
小型の魔物が二体。
昨日の坑道よりは弱い。
だが、巣の中では数が問題になる。
「一回見よう」
わざと枝を鳴らすと、魔物が振り向いた。
一体目が飛びかかる。
二体目が回り込む。
「っ……」
レイは一体目を棒で押し返すが、二体目に足を払われて転ぶ。
そのまま爪が肩を裂く。
痛い。
浅いが、十分だ。
「録画再生」
【再生を開始します】
世界が戻る。
今の動きで分かったことが一つある。
この魔物たちは、真正面から来る相手には強いが、横の連携はそこまで上手くない。
「……なら、狭い場所に誘うか」
今度は、魔物のいる広間に入る前に、あえて通路で待つ。
一体ずつしか来られない位置まで下がったところで、石を投げる。
一体目が来る。
棒で受ける。
二体目は、すぐ後ろで詰まっている。
「今だ」
レイは一体目を崩し、そのまま後続の魔物の足元へ滑り込んだ。
連携の強さを、位置取りで潰す。
「よし……!」
一体ずつ処理すれば、怖くない。
怖くないなら、死なない。
死なないなら、録画時間を無駄にしない。
視界の端に表示が出る。
【初見位置情報を記録しました】
「位置情報……?」
どうやら、失敗と再生を繰り返すほど、地形の把握が細かくなるらしい。
ただの巻き戻しではなく、少しずつ“覚えていく”感覚がある。
レイはその事実に小さく息を吐いた。
便利だ。
だが、だからこそ慎重でなければならない。
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巣の奥へ進むと、空気が一変した。
「……いるな」
黒ずんだ毛皮。
目だけが妙に光る、ひと回り大きな魔物。
ここで巣を作っている個体だろう。
「さっきまでのとは違う」
レイは棒を握り直した。
視界の端には、コメントがいつもより多く流れている。
『ボスっぽい』
『ここが見せ場か』
『一回死んで覚えるのかな』
『でも録画時間まだあるぞ』
「……見せ場、ね」
言い方は妙だが、間違ってはいない。
ここを抜ければ、依頼は終わる。
そして、少しは“配信”として映えるだろう。
「録画開始」
【録画中】
【残り時間:17分41秒】
魔物が踏み込んでくる。
速い。
重い。
レイは横へ逃げるが、相手はすぐに方向を変えた。
体がでかいのに、動きは鋭い。
「くっ……!」
振り下ろされた爪が、地面を抉る。
その風圧で足が止まり、次の踏み込みを食らう。
「っ、やば……」
胸元に激痛が走った。
息が詰まる。
視界が揺れる。
「録画再生!」
【再生を開始します】
戻る。
今度は、まだ最初の踏み込みの前だ。
「……なるほど、最初の一歩が速いのか」
見えた。
一度死にかけると、相手の“癖”が鮮明になる。
レイは今度、真正面から逃げずに、斜め後ろへ下がった。
すると、魔物の爪が空を切る。
その一瞬で、レイは足元へ回り込む。
「今だ!」
棒を肩へ打ち込む。
だが、浅い。
魔物が振り返り、体当たりのようにぶつかってきた。
「うぐっ……!」
吹き飛ばされ、背中を壁に打つ。
痛みが全身に広がる。
「再生……!」
【再生を開始します】
戻る。
今度は、壁際に追い込まれる前だ。
「……だいぶ分かってきたぞ」
レイは息を整えた。
さっきまでの失敗は、無駄ではない。
魔物の攻撃は力任せに見えて、踏み込みの角度に癖がある。
その癖さえ見えれば、対処できる。
今度は相手が飛び込んだ瞬間、わずかに身体をずらす。
魔物の前足が地面を踏み外した。
体勢が崩れる。
「そこだ!」
レイは一気に踏み込み、首筋へ棒を打ち込んだ。
一度。
二度。
三度。
魔物が崩れる。
大きな体が、地面に沈んだ。
「……はぁっ」
勝った。
それだけで、息が震えるほど疲れている。
だが視界の端に流れた表示は、思ったよりも明るかった。
【討伐成功】
【視聴者数が増加しました】
【コメント活性化中】
『今の良かった』
『ちゃんと攻略してる』
『派手じゃないけど、見応えある』
『この主人公、地味に強い』
「地味に、は余計だろ……」
レイは苦笑した。
とはいえ、少しだけうれしい。
派手な一撃で勝つタイプではないが、工夫して勝つのも悪くない。
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巣を出ると、空はもう夕方だった。
「……今日はここまでか」
録画可能時間はまだ少し残っている。
だが、無理に使っても得るものは少ない。
今日は“倒せた”ことが重要だった。
その帰り道、レイは森の入口で立ち止まった。
人がいる。
見覚えのある装備。
勇者パーティーの紋章。
「レイ・アルド」
低い声で、男が呼んだ。
昨日と同じ、伝令役だ。
だが、今日は一人ではない。
少し後ろに、武装した護衛らしき男が二人いる。
「ガルド様が、お前を呼んでいる」
またか、、レイは足を止めた。
「戻る気はあるか、と聞かれている」
「ない」
迷いはなかった。
伝令役の男は、少しだけ目を細める。
「……お前、そんなに簡単に切り捨てられる立場だと思っていないのか」
「切り捨てたのは、そっちだろ」
レイがそう返すと、空気が少し張り詰めた。
護衛の一人が、わずかに手を剣へ伸ばす。
だが、伝令役がそれを止めた。
「いい。今日はそれで十分だ」
男はレイをじっと見たあと、静かに言う。
「ただの記録役が、ここまでやるとはな。……次に会うとき、お前はもう“ただの記録役”では済まないかもしれん」
それだけ言って、彼らは去っていった。
レイはその背中を見送りながら、胸の奥に小さな火が灯るのを感じた。
見返したい。
そんな感情は、まだはっきりと形になっていない。
でも確かに、自分は今、追い出された場所の外で立っている。
「……やっと、始まったな」
夜風が頬をなでる。
コメントは最後まで流れ続けていた。
『次で元パーティーとぶつかるのか?』
『ここから面白くなる』
『配信としてちゃんと成立してる』
『この作品、追うわ』
レイはまだ知らない。
この小さな勝利が、やがて大きな騒ぎの始まりになることを。
ただひとつ分かっていたのは、
明日また録画時間が満タンになれば、さらに先へ進めるということだった。




