第3話 制約
レイは、朝起きてすぐに視界の端を確認した。
【録画可能時間:30分】
「……本当に戻ってるな」
昨日の夜、ほとんど残っていなかった表示が、朝にはきっちり満タンになっている。
それだけで、昨日までの“死に戻り”が夢ではなかったと実感できた。
だが、安心はできない。
使い切れば、その日はもう終わりだ。
どれだけ強くても、無限ではない。
「今日は、無駄に使わない」
レイは独りごちて、街の外れにある坑道跡へ向かった。
昨日倒した魔物の痕跡がまだ残っている場所だ。
初心者には危険だが、今のレイにとってはちょうどいい。
能力を試すには、少しだけ歯ごたえがある相手が必要だった。
坑道の入口は、相変わらず薄暗い。
湿った空気がひんやりとして、足音がよく響く。
「録画開始」
表示が出る。
【録画中】
【残り時間:29分58秒】
「よし……」
レイは慎重に歩き出した。
昨日までと違うのは、ただ進むだけではなく、使うタイミングを考えていることだった。
むやみに再生すれば、その日が終わる。
だが、ここぞという場面で使えれば、命は拾える。
しばらく進むと、前方の暗がりから低いうなり声が聞こえた。
「……来たな」
小型の魔物が二体。
昨日より少しだけ動きが速い。
体つきも硬そうだ。
「まずは一回、見せてもらうか」
レイはあえて石を転がした。
一体が反応して飛び出す。
それに合わせてもう一体が回り込む。
単純だが、嫌らしい連携だ。
「っ……」
レイは棒を振るって一体目をいなしたが、二体目の爪が肩をかすめた。
浅い。
しかし痛い。
「録画再生」
【再生を開始します】
世界が戻る。
数秒前、まだ相手が飛び出す前の位置だ。
「……ふう」
レイは一度息を整えた。
ここで大事なのは、ただ戻ることじゃない。
何が起きたら危ないかを覚えることだ。
再び同じ場所を進む。
今度は、石を転がす位置を少し変える。
一体目の反応を見てから、二体目が回り込む前に横へ下がる。
「そう来るなら……!」
今度は回り込ませない。
相手の連携を崩すように、狭い通路へ誘導する。
一体ずつしか来られない。
なら、数の意味がない。
レイは棒を叩きつけ、まず一体を倒した。
もう一体は焦って飛びかかる。
だがその動きは単調だ。
「見えた」
横へずれる。
魔物の勢いが空を切る。
その隙に、レイは背後から一撃を入れた。
二体目も崩れ落ちる。
「……勝った」
短い勝利だった。
だが、前よりずっと手応えがある。
視界の端では、コメントが流れ続けていた。
『だいぶ慣れてきたな』
『これ、考えて使ってるのがいい』
『1日制限あるなら熱い』
『無双じゃなくて成長って感じだ』
レイはその文字を見ながら、少しだけ頷いた。
無制限の力ではない。
だからこそ、判断が必要になる。
どこで使うか。
どこで温存するか。
そして、今日はもうここまでで十分か。
「……まだいける、か?」
そう呟いて、坑道の奥を見た。
昨日より奥。
昨日より危険。
だが、録画時間はまだ十分ある。
進む価値はある。
問題は、使い切った後にどうするかだ。
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坑道の奥で待っていたのは、昨日より大きな魔物だった。
黒い皮膚。
鈍い目。
太い腕。
「……でかいな」
レイは正直にそう思った。
普通に戦えば、まず勝てない。
しかも相手の動きは鈍そうでいて、踏み込みだけは異様に速い。
「録画開始」
表示が出る。
【録画中】
【残り時間:18分21秒】
「よし……一回は見れる」
レイはわざと石を投げ、相手の動きを引き出した。
魔物が踏み込む。
重い一撃。
地面が揺れる。
「っ!」
かろうじて避けたが、風圧だけで体勢を崩された。
次の一撃は避けきれない。
そう判断したレイは、迷わず叫ぶ。
「録画再生!」
【再生を開始します】
戻る。
今度は、攻撃の前。
相手の重心の乗せ方が見えている。
「……なるほど、踏み込む前に右肩が下がるのか」
一度見れば、わずかな癖でも分かる。
それが“やり直し”の強みだった。
レイは息を整え、次の動きを待つ。
魔物が踏み込む。
今度は、半歩だけ外へ逃げる。
大振りの腕が空を切る。
「今だ!」
レイは相手の脇へ回り込み、脚を狙って棒を振り下ろした。
一撃では崩れない。
なら、続けるだけだ。
二度。
三度。
四度。
魔物がよろめく。
「っ、まだ……!」
踏み込み直しの瞬間、レイはさらに深く入り、首筋へ一撃を叩き込んだ。
巨体が、ようやく地面に沈む。
「……はぁっ」
勝った。
だが、膝が少し震える。
視界の端に表示が出る。
【録画可能時間:10分04秒】
「……思ったより減ってるな」
一度の失敗は短く見えても、積み重なると大きい。
これが1日の制限か。
使いすぎれば、その日の後半は何もできない。
レイは坑道の奥を見た。
まだ進める。
だが、ここから先は危険だ。
今日の残り時間でどこまで行けるか、考えなければならない。
その時だった。
坑道の入り口の方から、靴音がした。
「……誰だ?」
振り向くと、そこに立っていたのは勇者パーティーの使いだった。
昨日と同じ、硬い表情の男だ。
「レイ・アルド。ガルド様が、お前の件を知りたがっている」
男は坑道の中の魔物の死骸を見て、目を細めた。
「お前、本当に一人でやっているのか」
レイは答えなかった。
「戻る気はあるか、と聞いている」
「ない」
即答だった。
男は少しだけ眉を上げる。
「……そうか。なら、伝えておく」
そう言って男は一歩引いた。
だが去る前に、こんな言葉を落とした。
「ただの記録係が、ここまでやるとは思わなかった」
レイはその言葉を聞いて、少しだけ息を吐いた。
昔なら、そこで心が揺れただろう。
だが今は違う。
自分には、戻れる力がある。
そして、その力をどう使うかを選べる。
「……今日は、もう十分だな」
坑道の奥を見る。
録画時間はまだ残っている。
だが、最悪の事態を考えると無理は禁物だ。
レイは踵を返し、ゆっくりと坑道を出た。
視界の端では、コメントが静かに増えていく。
『ちゃんと制限を意識してるの好き』
『この主人公、派手じゃないけど面白い』
『毎日伸びるタイプだな』
『続き見たい』
レイはまだ知らない。
この“毎日満タンに戻る録画魔法”が、ただの便利な補助ではなく、やがて世界を巻き込む武器になることを。
今はただ、明日また満タンになった力で、次の一歩を試すだけだった。




