第2話 戻れるなら、試せる
レイが次に目を覚ましたのは、あの古い空き家の床だった。
「……夢じゃ、ない」
喉の奥から漏れた声は、ひどく掠れていた。
腹は空いている。
頭は重い。
それなのに、目を閉じるとさっきまでの感覚が鮮明によみがえる。
牙が迫る音。
胸を裂く痛み。
息が止まる瞬間。
そして――ひっくり返る世界。
「俺、死んだ……」
口にした瞬間、背筋が冷えた。
信じたくなかった。
でも、嘘ではない。
レイは確かに死んで、確かに戻ってきた。
視界の端には、あの半透明の文字がまだ浮いている。
【REPLAY LIVE】
【視聴者数:83】
「増えてる……」
昨夜より、はっきり多い。
しかも、コメントは妙に活発だった。
『起きた!』
『昨日の死に戻りよかった』
『やっぱこの子、面白い』
『次はどう攻略するの?』
レイはしばらく黙って、それを見ていた。
誰かに見られている。
殺されるかもしれない場面を。
自分が死んだ瞬間を。
普通なら気味が悪いはずだった。
なのに、今のレイには、妙な実感があった。
――見られているから、ここで終われない。
「……まずいな」
それは恐怖より、妙な高揚に近かった。
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朝食代わりに、レイは昨日の残りの硬いパンをかじった。
味はしない。
だが、少しだけ落ち着く。
昨日の戦いを思い返す。
あの魔物に殺された直前、自分は「録画再生」と叫んだ。
すると、少し前に戻った。
つまり、この力は偶然じゃない。
自分の意思で発動できる。
「だったら、試すしかない」
レイは立ち上がった。
今日は森の浅い場所ではなく、少し危険な狩り場に行く。
昨日までなら絶対に選ばなかった場所だ。
だが今は違う。
死んでも戻れる。
なら、危険なだけ得だ。
「録画開始」
【録画中】
【残り時間:30分】
森に入ると、空気が変わった。
木々は密になり、足元には獣道が走っている。
しばらく進むと、低いうなり声が聞こえた。
「……来たか」
草むらから飛び出したのは、昨日より小型だが、動きの速い獣だった。
二体。
いや、三体。
「多いな……!」
一体目を避ける。
二体目が回り込む。
三体目が足元を狙う。
レイは慌てて石を投げるが、ほとんど効果がない。
「くそっ、無理だろこんなの……」
背中に爪がかすめた。
熱い痛み。
息が詰まる。
レイは歯を食いしばる。
「……録画再生」
【再生を開始します】
世界が戻る。
数秒前。
まだ三体の位置が崩れていない地点。
「はぁ……はぁ……」
呼吸が浅い。
手が震える。
だが、今はそれどころじゃない。
死ななくて済んだ。
そして、今の戦い方が悪かったのも分かった。
「一体ずつ、釣る……」
レイは石を拾い、手前の一体にだけ投げた。
反応した獣が前へ出る。
残り二体はまだ距離がある。
――これなら。
今度は逃げる。
木の陰を回り、見えにくい場所へ誘導する。
単純な力比べでは勝てない。
でも、相手が複数なら、位置取りで崩せる。
一体目が木の根に足を取られた。
そこへ棒を振り下ろす。
二体目が飛びかかる。
その瞬間、レイはわざと地面に転がって避けた。
だが、三体目が来る。
「っ……!」
再び爪が迫る。
レイは咄嗟に叫んだ。
「録画再生!」
【再生を開始します】
また戻る。
今度は、もっと早い。
まだ三体が揃う前だった。
「……なるほど」
レイはようやく理解し始めた。
この力は、“失敗した直後”なら何度でもやり直せる。
ただし、何も考えずに使えば、いくらでも死ねる。
だから必要なのは、回数じゃない。
観察だ。
失敗の蓄積だ。
「だったら……試す価値はある」
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その後、レイは何度も死にかけた。
一度目は背後から噛まれた。
二度目は崖際で足を滑らせた。
三度目は、魔物の突進を読めずに吹き飛ばされた。
そのたびに、レイは巻き戻った。
そして、そのたびに少しずつ分かっていく。
敵の癖。
風の流れ。
足場の悪い場所。
自分の間合い。
そして、死なないために必要な一歩の差。
コメント欄は、最初は興奮し、やがて妙に静かになった。
『これ、学習してる』
『死に戻り前提で強くなってる』
『一回一回の判断が鋭い』
『こいつ、伸びるぞ』
レイはその文字を横目に見ながら、息を整えた。
「……まだだ」
まだ完全には掴めていない。
だが、昨日とは違う。
昨日は、ただ死んで戻っただけ。
今日は、死を材料にしている。
---
昼過ぎ。
レイは森の奥で、ようやく目的の魔物を見つけた。
さっきまでの小型獣より一回り大きい、牙の太い魔物だ。
「よし……」
さっきまでの自分なら逃げた。
だが今は、逃げる理由がない。
試す理由しかない。
「録画開始」
【録画中】
【残り時間:17分12秒】
魔物が踏み込んでくる。
レイは半歩左へずれ、木の幹を盾にして攻撃を受け流した。
爪が木を裂く。
その瞬間、レイは背後へ回り込む。
「今だ!」
棒を振り下ろす。
だが浅い。
魔物は振り向きざまに肩を叩いてきた。
痛み。
視界が揺れる。
「……っ、再生!」
【再生を開始します】
戻る。
今度は、棒を振り下ろす前だ。
「なるほど、ここが甘いのか」
レイは短く息を吐いた。
棒の角度を変える。
踏み込みを深くする。
力ではなく、勢いを乗せる。
次は当たった。
今度は確実に、相手のバランスが崩れる。
「おおっ!」
一歩踏み込む。
二度目。
三度目。
魔物は倒れた。
レイはその場に膝をつき、荒い息を吐く。
「……勝った」
声は震えていたが、確かに笑っていた。
視界の端に文字が流れる。
【討伐成功】
【視聴者数が増加しました】
【再生安定性が向上しました】
「安定性……?」
レイが首を傾げた瞬間、もう一つの文字が浮かんだ。
【録画枠の拡張条件を確認】
【“死亡時の再生”により、記録精度が上がっています】
「……死ぬたびに、強くなるのか」
背筋がぞくりとした。
便利だ。
便利すぎる。
だが同時に、ぞっとする。
この力は、死を前提にしている。
『これは強い』
『でも怖い』
『死ねば死ぬほど最適化される系か』
『配信映えやばいな』
レイは画面を見つめた。
配信映え。
その言葉に、少し引っかかるものがある。
だが今は、それ以上に確かめたいことがあった。
「……まだ終わりじゃないよな」
森の出口付近で、見覚えのある人影が立っていた。
勇者パーティーの伝令だ。
昨日と同じ青年ではない。
今度は中年の男で、真剣な顔をしている。
「レイ・アルド」
男は低い声で言った。
「ガルド様が、お前の動向を確認しろと命じた。……一人であれを倒したのか」
レイは頷かなかった。
否定もしなかった。
「戻る気はあるか」
「ない」
即答だった。
男は眉をひそめる。
「お前の力、ただの記録魔法ではないだろう。……何を隠している」
レイは少しだけ黙って、それから言った。
「隠してるんじゃない。まだ、分かってないだけだ」
男はそれ以上は聞かず、去っていく。
レイはその背中を見送りながら、ゆっくりと立ち上がった。
死んで、戻って、勝った。
たったそれだけなのに、昨日までとは世界が違って見える。
「……よし」
レイは小さく呟く。
「次は、もっと楽に勝つ」
視界の端では、コメントが賑やかに流れ続けていた。
追放された録画魔法士の初日。
死を一度越えた男は、まだまだ伸びていく。




