第1話 追放された録画魔法士
「レイ、お前はもう必要ない」
その一言で、夜営の空気が凍った。
焚き火の赤い揺らめきの向こうで、勇者ガルドが腕を組んでいる。隣には聖女ミリア、少し離れて槍使いのザーク。三人とも、レイを見ていなかった。見ているのは、彼の背後にある荷袋と、明日の魔王討伐へ続く地図だけだ。
「……急に、何を言ってるんですか」
レイの声は、自分でも驚くほど弱々しかった。
「急じゃない」
ガルドは冷たく言い切る。
「お前の役目は記録役として終わった。戦えない、支えにもならない。録画魔法なんて、戦場じゃただの荷物だ」
レイは息を止めた。
録画魔法。
それが、彼の持つ唯一のスキルだった。
戦闘では何の役にも立たない。
危険を察知する索敵魔法でもない。
傷を癒やす回復魔法でもない。
ただ周囲の様子を“記録”し、あとから見返せるだけ。
それ以上でも、それ以下でもない。少なくとも、レイはずっとそう思っていた。
「でも、俺は……」
「もういい」
ミリアが視線を逸らしたまま言う。
「足手まといを連れて行く余裕はないの。あなたも、自分の力が何なのか、もう分かってるでしょう」
分かっている。
だからこそ、何も言い返せなかった。
ザークが鼻で笑う。
「悪いな、レイ。お前は優秀だったよ。記録係としてはな」
その言葉が、最後の一撃だった。
レイは唇を噛みしめ、震える手で荷物を持ち上げる。
反論したところで、結果は変わらない。ここで食い下がれば、追放では済まず、もっと惨めな目に遭うだけだ。
「……わかりました」
それだけ言って、彼は焚き火の明かりの外へ歩き出した。
背中に、誰かが言った気がした。
「せいぜい生き延びろ」
だが振り返らなかった。
振り返れば、きっと泣いてしまうから。
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街外れの古い空き家は、雨漏りこそしないものの、床は軋み、壁には隙間が空いていた。
それでも、今のレイには十分だった。
荷物を下ろし、床に座る。
「……はは」
乾いた笑いが漏れた。
勇者パーティーの一員だった。
魔王討伐の最前線にいた。
それなのに今は、追放されて、たった一人で廃屋暮らしだ。
「結局、俺は……何もできなかったな」
録画魔法は便利だった。
敵の行動を見返して戦略を立てるには役立ったし、仲間に戦場の様子を伝えるのにも使えた。だが、それだけだ。
それだけで、強敵を倒せるほど世界は甘くなかった。
空腹が胃を刺す。
疲労が一気に押し寄せてくる。
レイは天井を見上げた。
そのときだった。
『接続を確認しました』
「……え?」
耳の奥で、機械みたいな声が響いた。
レイは反射的に起き上がる。
だが、誰もいない。
空き家の中は静まり返っている。
風の音だけが、壁の隙間を抜けていく。
『配信を開始します』
「配信……?」
意味がわからなかった。
次の瞬間、レイの視界の端に、見慣れない半透明の文字が浮かび上がる。
【REPLAY LIVE】
【視聴者数:1】
「……なに、これ」
思わず呟くと、さらに文字が増えた。
『見える?』
『お、配信始まった』
『追放ものか』
『録画魔法って珍しいな』
レイは息を呑んだ。
「誰だ……?」
周囲を見回しても、もちろん誰もいない。
それでも、視界の端には文字が流れ続けている。
まるで、見知らぬ誰かが彼を覗き込みながら、好き勝手に話しているみたいだった。
『とりあえず森行け』
『最初の依頼で化けるやつだこれ』
『でも初心者だと死ぬぞ』
「ちょ、待て……」
レイは混乱したまま、朝まで一睡もできなかった。
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翌朝、掲示板に貼られていた依頼の中で、目についたのはひとつだった。
「薬草採取……」
報酬は少ない。
だが、今の彼には、これでもありがたかった。
「これくらいなら……大丈夫、だよな」
半信半疑のまま、レイは街の外れにある森へ向かった。
森の空気は冷たく、朝露が草葉に光っている。
危険らしい危険は見えない。
けれどレイは、昨日のことを思い出して慎重に足を進めた。
「……録画開始」
呟いた瞬間、視界の端に表示が出た。
【録画中】
【残り時間:30分】
「やっぱり、何も変わらないよな」
そう呟いた、次の瞬間だった。
ガサッ。
茂みが揺れた。
「っ!」
飛び出してきたのは、牙をむいた小型の魔物――フォレストウルフだった。
「うわ、ちょっ……!」
レイは後ずさる。
だが足元が悪い。
枝に足を取られ、転びそうになる。
狼が飛びかかる。
「――ッ!」
咄嗟に身をひねって避けた。だが、もう一匹が横から迫っている。
逃げ道がない。
視界が白く染まる。
噛まれる。
そう思った、その瞬間だった。
【再生を開始します】
世界が、反転した。
---
レイは、数歩前に立っていた。
「……え?」
さっきまで襲われていた場所の、ほんの少し手前。
茂みは静かで、狼の気配もない。
胸が大きく脈打ち、喉が乾く。
「なにが……起きた……?」
手を見た。足を見た。
痛みはない。傷もない。
夢じゃない。
今、確かに何かが起きた。
そして視界の端に、新しい表示が流れる。
【録画を再生しました】
【残り時間:29分44秒】
「……録画、再生?」
レイは唖然とした。
録画した映像を見返しただけのはずだ。
なのに、現実そのものが“戻って”いる。
『うおお』
『初見で気づいた?』
『それ、やり直しじゃん』
『録画魔法、当たりだろ』
吹き出しの数が一気に増えた。
レイは、ようやく理解し始める。
自分の魔法は、ただ記録するだけのものじゃない。
記録した“直前の状態”へ、世界そのものを再現している。
つまりこれは――
「……やり直せる、のか?」
声が震えた。
信じられなかった。
けれど、目の前の現実がそれを否定しない。
レイはゆっくりと息を吸った。
そして、狼の茂みに向かって、今度は石を拾う。
「だったら……何度でも、やればいい」
石を投げる。
狼が反応する。
位置をずらす。
斜面へ追い込む。
一歩ずつ、少しずつ、死なない形を探る。
失敗しても戻れる。
なら、何度でも試せる。
数度の再生と失敗の果てに、レイはついにフォレストウルフを追い払った。
荒い息を吐きながら、彼は膝をつく。
「……勝った」
たったそれだけなのに、涙が出そうだった。
『おお』
『こいつ、伸びる』
『面白いじゃん』
『次も見たい』
レイは、まだ自分がとんでもないものを手に入れたことを、完全には理解していなかった。
ただひとつだけ分かったのは――
昨日までの自分は、もう終わったということだ。
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夕方、薬草採取の依頼を終えて町へ戻ったレイは、掲示板の前で見覚えのある顔を見つけた。
勇者パーティーの槍使い、ザークだ。
「おい、レイ」
ザークは、レイの持つ納品書を見て、わずかに目を細めた。
「まさか本当に、一人で依頼を終えたのか?」
レイは答えない。
ただ、静かに彼を見返す。
ザークの口元に、薄い笑みが浮かんだ。
「……面白いことになってきたな」
そう言い残して、彼は去っていった。
レイはその背中を見送りながら、胸の奥で確かに何かが動き出すのを感じていた。
追放された男の物語は、ここから始まる。
失敗を積み重ね、やり直しを武器に変え、やがて世界を揺るがす配信者へ――。




